学園祭1
「ねえ、変なところない?」
「いつにも増してお美しいですわ~!」
くるりと回って見せれば、一生懸命に拍手をして「天使ですっ」「完璧ですわ~!」と、ローズがシャルロッテをほめちぎる。後ろに立っているリリーも拍手してくれているので、きっと大丈夫なのだろうと身支度を終わりにした。
今日は学園にいくのだが、シャルロッテはいつもの制服ではなくデイドレスを着ている。今日はライラックの総レースのロングドレスで、せっかくなのでエマに貰ったものを選んだ。なぜなら。
「じゃあ、お義父様とお義母様に『準備ができました』と、伝えてきてくれる?」
「はいっ!すぐに!」
今日はエマとシラー、シャルロッテの三名で学園に行くからだ。
ローズの背中を見送りながら、ウルリヒに貰った学園祭の招待状を取り出して眺めるシャルロッテ。生徒会役員の特権らしく、招待状には学園内でお金として使えるチケットが入っている。
「ご両親には渡さないでよろしいのですか?」と聞けば「警備の関係と、外国からの使者がくるんでダメって〜」とのこと。王様とは忙しい仕事らしい。シャルロッテは在り難く頂戴することにした。
(それに、王様が学園祭来てたら他の人びっくりしちゃうわよね。平民の生徒もいるし)
別にシャルロッテは平民を差別的な目で見るつもりはないが、この社会の仕組みとして、平民が間近で王を見ることなど然う然うない。貴族であるシャルロッテだって見たことないのだから。
「ウルリヒ様とクリスからの招待状で、我が家にはチケットが四枚も。家族みんなで行けてよかったわ」
学園祭は人気イベントなので、生徒一人につき二人までしか招待できない。このチケット、売ればかなりの値段で引き取り手がつくらしいが…ウルリヒはポイッとシャルロッテに譲ってくれた。
小さなバッグに招待状をしまい込みながら、壁際に佇むリリーへとちょいちょいと手招きをすれば、ソファーの近くまで来てくれた。
「二枚だったら困っちゃってたわよね」
いざとなれば出入り自由の特権を使う気でいたが、学園祭となると他家からも見られて目立つだろう。
「その場合、お嬢様と護衛の二人で、ということになったかと思われます」
「お義母様と二人では行かせてくれたりは…しないわよね」
誰よりも今日を楽しみにしていたのは、実はエマだった。
クリストフから手紙を貰った日にはすぐシラーへと早馬を出して予定を押さえ、シャルロッテにもまるで花が飛び散っていそうな『クリスが学園祭に誘ってくれたの!シャルも行けるって聞いたわ、家族三人で絶対行きましょう。今から楽しみでたまらないわ!』という手紙が届いたほど。
「エマ様が護衛無しで行動することはありません。お嬢様もですけど」
「そうよねぇ」
本当に、家族全員行けてよかったなと思う。
あんなに楽しみにしているエマが行けないのは可哀想だ。
「ああでも、今回は護衛がリリーじゃなくてさみしいわ」
困ったように笑って「お三方の護衛となりますと、やはりハイジ様が適任です」と返されてしまった。ハイジに不満があるわけではないが、いつも一緒に居てくれるリリーが離れるのは寂しいのだ。
「ハイジってあんなヒョロヒョロしてるのに、ホントに強いの?」
リリーはニッコリ笑って「安心してお過ごしいただけますよ」と保証してくれた。シャルロッテは鍛錬などを見る機会もあるのだが、ハイジの強さをイマイチ実感できていない。
「どのくらい?」
「そうですねぇ。ゴリラ五匹分くらいですかね」
「五人も?!」
この“ゴリラ”はきっと、ウルリヒにいつもくっついていた護衛の人のことを指している、と思う。よもや本当のゴリラではあるまい。まさかそんなに強いとは思わず笑ってしまうが、まあリリーがそう言うのなら強いのだろう。ちょうど笑い終えたあたりでコンコンとドアがノックされて、ローズが急いだ様子で戻って来た。
「お嬢様、馬車へと移動をお願いしますわ~!」
「はぁい」
ソファから立ち上がって、リリーの肩をポンとたたく。
「それじゃ、行ってくるわね」
「お帰りをお待ちしています」
今回はお義母様が居るので、護衛の隊形がいつもと違う。リリーは屋敷で留守番だ。
◇
「三人でお出かけなんて初めてじゃない?とっても楽しみにしてたの!」
るんるん、と嬉しそうなエマに寄り添うシラーの瞳は甘やかに蕩けて「そうだな、私も楽しみだったよ」と言ってはいるが、視線はがっちりエマに固定されていてブレない。
(馬車の中でイチャイチャされたら流石に気まずいな~)
両親の仲が良いのは大変よろしいことだが、視線のやり場に困って空を眺めるシャルロッテ。それを察してかどうかわからないが、エマはするりとシラーの腕を外すとシャルロッテの腕にぎゅっと抱き着いて馬車まで引っ張り、女二人並んで腰かけた。
むっとした顔で対面に座ったシラーに、エマは「シャルの隣は譲りませんわよ~」と、朗らかに笑っている。
(違うよお義母様…それはあなたの隣に座りたかった男の「ムッ」ですよ…)
流石のシラーも義娘に「どけ」と言うつもりはないようなので、とりあえず行きはエマの隣を享受することにした。帰りは目の前のぶすくれた公爵様に譲ってやってもいい。
「クリスったら、最近全然帰ってないんでしょう?」
「ええ、学園祭の準備頑張ってましたからね」
あれからクリストフは学園祭の準備で忙しくなって、週末に帰ってこない日が増えた。
アンネリア様通信によると、生徒会のメンバーの入れ替えは難しいらしく(前任者の指名制というところがネックらしい)、とりあえず学園祭までは現状維持になりそうとのこと。
「なんだか厄介な生徒が居て、そのせいで仕事が増えてるって聞いたわ…。とんでもないわね」
「お義母様もご存じなのですか」
「シラーがちゃぁんとクリスとシャルのこと、全部教えてくれるのよ」
パチン、とウインクをするエマを微笑ましい顔で見守るシラー。いつもの鉄壁の無表情はどこへやら、エマの前では常にデレデレしているこの義父が、ちらりとシャルロッテにアイコンタクトをした。
『余計なことは言わないように』
鋭い眼光から、色々と報告していないんだろうなと察するシャルロッテ。
例えば、シャルロッテが学園に行って絡まれたこととか。
(余計なことは言わないでおこう)
「そうなんですね!私もクリスが心配なんですけど『大丈夫です』の一点張りで…」
実際にあの事件の後は、何を聞いても『大丈夫です』を繰り返すクリストフだったが、あまりに気になるのでしつこく問い詰めた。すると言いたくなさそうにしながらも渋々教えてくれたのだ。
『デルパンはドア前待機、マッコロには別室での仕事を振ってます。ピンクの暴走を止めることはありますが、今のところ大丈夫です』
どうやらそのせいでウルリヒとほぼ二人だけで、生徒会の仕事をしている状態らしい。雑用をマッコロに振ってはいるが、学園祭の運営はとにかく書類の量が多くて大変とのこと。忙しくてたまらない時はアンネリアにお手伝いを頼んでいるそうだ。
「クリスってば、頑固なところは父親に似たのねきっと」
呆れたようなエマの声に、シラーが嬉しそうに軽口をたたく。
「シャルロッテに情けない所を見せたくないんだろう」
「恰好つけたいお年頃なのかしら」
「私もいつだって、エマには格好良く見られたいからね。あいつの気持ちが分かるような気がするよ」
「もうっ!」
隙あらば甘い言葉でエマを口説くシラーに、頬を染めて抗議する「もうっ」の少女めいた可愛らしさといったら!シャルロッテも思わず生ぬるい視線を送ってしまうほどだ。
娘にそんな目で見られていることに気が付かぬエマは、ぷいっとシラーから視線を外して「今日は、私がシャルをエスコートしますから!」と宣言。自分も立派に母親なのだ!と主張する感じで、それがもう可愛いのだが。
シラーは本気か?と言いたげな微妙な顔をしていたが、エマのすることに口を出す気はないらしく。どうやってか事前に手に入れたらしい学園祭のしおりとマップを広げながら「シャルは何が食べたい?」「あら、こっちの展示も面白そうね」と、計画を立てるエマを自由にさせていた。




