お昼休みにごきげんよう1
「モモカの髪はいつもサラサラだな」
「ほんと?マッコロ君に褒められると嬉しいな~!」
「……いい、匂いもする」
「えっ?…えっと、汗臭くないなら、よ、よかったよぉ〜」
「モモカさんは制服の着こなしも見事です、素敵ですよ」
「はわわ!先生にそう言って頂けると、自信になります〜!」
やいのやいの、騒がしい集団だ。青、赤、金色の頭髪をした男達が競って、ピンク頭の少女から関心を引こうと躍起になっている。
「みんなでお昼休みにおしゃべりできて、嬉しいですっ!」
可憐な笑顔に惚けた男たちは「お腹すいちゃいました…えへへっ」と言う少女に「すぐ食べよう」「ここに座りましょうね」「……俺の、やる」と、手早くその場をランチにふさわしく整えてみせた。
男たちを統制する彼女の手腕は中々のものである。
「モモカさん、髪の毛をかけておかないと…口に入っちゃいますよ」
そっとピンクの髪をモモカの耳にかけてやるのは、金髪のチャラ教師だ。そのまま頭を包むようにして、まるでキスをしそうな距離感まで一気に近づいて…!!
シャルロッテは思わず手で顔を隠して、その様子をピッと開いた指の間から盗み見ていた。
「きょ、教師があんな…!」
思わず耳が赤くなるのを感じる。
すると横からアンネリアが扇でシャルロッテの視界を遮った。
「見たらシャルロッテ様が汚れますわ」
「わ、私来年成人なのよ…!平気よこのくらいっ!」
一つにくくられた茶色の髪を揺らして頭を横に振るアンネリアは、扇を退けてはくれない。困ったように横のクリストフを見るも、同じく首を振られてしまう。
「そうですよお姉さま。公衆の面前であのような乱痴気騒ぎ…見てはいけません」
「めっですよ、めっ!」と、まるで小さい子どものように言い聞かせられて、シャルロッテは一時あちらを見るのをやめた。むくれつつクリストフの方へと体の向きを変えれば、正解とばかりにニッコリ笑ってくれる。
(ずるいわクリスは。笑えば私が言うことを聞くと思ってるのよ…)
実際、シャルロッテはクリストフの笑顔に弱い。
アンネリアもようやっと扇を退けてくれて、視界の端にチラリと例の集団が見えた。
「近いですよ!」「……やめてください」と、男二人がギャーギャーと騒いでいるようだ。どうやらキスはしなかったらしい。
シャルロッテの学園再訪は、そう間を空けずに実現していた。
昼休みにリトライということに相成って、今度はウルリヒにもきちんと伝えて、四人で馬術部の部室で待ち合わせをしていた。
アンネリアが(金にものをいわせて)建てさせたという新しい馬術部の部室は広くて綺麗だ。ガーデンテラスまで付いていて、ちょっとした貴族の別荘のよう。
シャルロッテは学園の様子が見たいので「食堂がいいわ…」と主張したが、どうしてもクリストフは人が多いところには連れて行ってくれない。
折衷案でまずは馬術部のテラスからスタートして、徐々に校舎に近づいて行くことで話がまとまったのだ。
「お姉さまは、あんなゴ…、あんな人たちは見ないでください」
「なんでこんなところに来てるのかしらぁ、私がちょっと追い払ってきましょうか?」
「アンネリア様が行くとまた厄介ごとになりますよ」
「そうかもしれませんけれど…」
立ち上がりかけたアンネリアを制したクリストフは、手早くテーブルの上にランチ用のバゲットサンドを並べた。
今日は普通にランチタイムを楽しむ予定だったのだが、どうしてかモモカたちがやってきて…シートを広げてピクニックを始めてしまったのだ。ギリギリこちらが見えるか見えないか、という位置。どうやらこちらには気が付いていないのは幸いだが、気になってしまって落ち着かない。
(かなり逆ハーレム進行してるし…)
「もしかしてですけど…、デルパンがウルリヒ様を追いかけた結果、ここまでたどり着いたのかもしれませんね」
小声でつぶやかれたクリストフの推理は、実はおおむね正解であった。
護衛であるデルパンを、シャルロッテに会う昼の間だけ撒こうとしたウルリヒ。デルパンから逃げつつ目的地である馬術部へと向かっていたところ、思ったより撒くのに手間取ってしまった。そうしてデルパンは流れでここら辺にたどり着いて、何かを嗅ぎつけたモモカがそこへやって来て、マッコロ、教師も火に寄る虫の如く集まって…と、逆ハーレムとも言える状態がそこに完成したのだった。
シャルロッテはクリストフの推理に同意を示して、キョロキョロと周囲を見回した。
「あ、そうね。ウルリヒ様、来るって言ってたわね…ここら辺には、まだ来てないみたいだけど」
「たぶんあの集団を避けて、どこかに隠れているのではないかと思うのですが」
それらしい姿は見当たらない。
待っているといつになるか分からないので、とりあえず三人で食事を始めてしまうことにした。シャルロッテは背をむけるように座らされてしまったので、キャイキャイと騒がしい集団の声だけ聞きながらサンドイッチを食べる。今日のランチは公爵家から持ってきたもので、アンネリアが「これ美味しいですわぁ」と嬉しそうにパクパクと口に運ぶ。代わりに紅茶は馬術部のもの(つまりマルカス侯爵家提供のもの)を頂いていた。
しばらくすると、どうやら向こうは食事が終わったらしい。
デザートにモモカが手作りのクッキーを振舞っている。
「モモカの手作りクッキー、本当に美味しいな」
「……毎日食べたい」
「モモカさんは勉強だけではなく、料理も素晴らしいですね」
手放しで口々に褒められるのに「ありがとう!」とお礼を言うが、モモカの声は少し影を落としてこう続けた。
「あ、でも…貴族の人は、あんまりそんな安っぽいもの食べないよね」
「どうした?」
「ううん、なんでもないの」
思わせぶりなところで話を切ったモモカは「ほら、もっとクッキー食べてね!」と、わざと明るい声を出している。それを心配した男三人は、口々に「どうした」「何があった」と彼女を問い詰める。
「何でも相談してくれ、必ず力になる」
真摯なマッコロの言葉に、モモカは決心したように顔を上げた。うるうると瞳が滲み、唇をきゅっと噛み締める。
「その…最近、寮の女の子達と上手くいってなくて」
彼女がためらいがちに口にした悩みは、アンネリアの眉毛をぴくりと動かした。
「このクッキーもね、焼いてみたんだけど…食べてもらえなくて」
「なんだとっ!」
「……クソ女共め」
食べてもらえなかった理由は語られていないというのに、勝手に「モモカが平民だからって差別しやがって」「……俺たちが守ってやる」と盛り上がっているマッコロとデルパン。アンネリアの眉はヒクヒクッと痙攣している。
金髪の教師は黙ってそれを聞いていたが、モモカの手をそっと握って問うた。
「モモカ、つらくないかい…?」
「みんなが居るから平気だよ!いつもありがとっ」
健気に笑うモモカに、胸を撃ち抜かれた様子の男三人。
そんなハートの流れ弾に当たって、げんなりした顔をする男女がこちらにも三人。
(なんか…ヒロインちゃんこんなだっけ…?)
あまりの逆ハーレムっぷりに、シャルロッテの心の中で疑念が湧き上がった。しかしそれが膨らむ前に、わなわなと怒りに震えるアンネリアの声で思考が霧散する。
「そんな…寮での皆さまは、とても理性的で、決して差別など…!」
立ち上がって拳を震わせ、今にも文句を叫び出しそうなアンネリア。シャルロッテは「分かってる、みんな分かってるわ」と、そっとその手を引いた。




