代わりのお茶会
シャルロッテの部屋に通された三人は、三者三様の有様だった。
ウロウロと部屋を漁るウルリヒに、それを追いかけてはベシッと手を叩き落として阻止するクリストフ。立ち尽くしたまま深く息を吸っては、何かを味わうアンネリア。
(私の周りって…個性的なのかも…)
シャルロッテは収拾のつかない状況に、頭を抱えた。
先日の学園行き失敗の埋め合わせでアンネリアを招待していたのだが、週末は生憎の雨。室内で客人をもてなすことになった。そうすると通常なら客間を使うのだが、なぜか当然の顔してやって来たウルリヒの「しゃるの部屋がいい~」の一言に、アンネリアも「わ、私も興味が…」と言いだした。
舌打ちするクリストフをよそに、当の本人はちょっと考えてから頷いてしまう。
「私の部屋なんかでいいの?ソファもあるし、そうしましょうか」
はぁーとため息をつくクリストフをよそに、アンネリアとウルリヒは「やったぁ!」と大喜びだ。そうして初めに通されていた場所からぞろぞろと、シャルロッテの部屋へと移動した。
部屋に着くなり、ウルリヒはうろちょろ探検をして「おっ、これは良い木を使ってるな」だの「この本読んだぞ!」だの「女の部屋はもっとゴテゴテと宝石が飾ってあるのではないのか?」と、言いたい放題しながら何でも触ろうとする。対するアンネリアは平静を装っているが目はせわしなく右へ左へと動いているし、「いい匂い…」と、たまにすぅぅっと息を深く吸う。そうしてふるるるっと首を振る姿に馬を思い出すのはどうしてだろうか。ポニーテールだからかもしれない。
クリストフはウルリヒを追いかけていたが、最後にクローゼットのドアを開けようとした彼の手をはたき落とした際に痺れを切らした。ぐいぐいとウルリヒの腕をひっぱり、アンネリアも途中で捕まえて、2人を並べてソファへと押し込んだ。
そうして自分はちゃっかり対面に、シャルロッテと並び腰を下ろす。
「お姉さま、はじめてください」
メイドのローズによりすっかり準備をされたティーセットを前に、シャルロッテは軽く頭を下げた。
「この間はごめんなさい、二人とも」
例のたちくらみにより(本当は攻略対象者を見た衝撃だったのだが)自宅に強制送還されて、予定していた昼休みに学園に居られなかったことだ。二人とも快く許してくれたが、ウルリヒが気になることを口にする。
「気にすんなー。あの日もあのピンク頭に絡まれたけど、アンネリアが助けてくれたんだ」
「ええっ!アンネリア様、大丈夫でしたか?」
絡まれたウルリヒではなく、わたわたとアンネリアを心配するシャルロッテ。その様子に笑みをこぼして「まったく」と、きっぱり言い切るアンネリアの瞳には喜びが滲んだ。友達に心配されるというのは、どこか良い心地のするものである。
「変に恨み買ったりとかしてませんか…?やってもないイジメをでっちあげてきたりとか、無意味にアンネリア様の前で転んで『あなたのせいよ!』って言ったりとか、そんな被害は…?」
「いやに具体的ですわね」
眼前で心配している友人に言う気はなかったが、『あの女ならいつかやりそうね』と、アンネリアは内心で思った。
「アンネリア様はよく仲裁をされてると伺いましたわ。だからその…逆恨みをされていないか心配で」
「されていたとしても、あの女に何かができるとは思いませんわ」
やってくるとしたら、彼女の周りに侍る男共である。
そしてそんじょそこらの男には、アンネリアは負ける気がしていなかった。
しかしシャルロッテは心配顔。
「クリス、それからウルリヒ様も…ちゃんと、アンネリア様を守ってくださいね」
言い含めるようなお願いに「分かってますよ」「分かった」と、二人とも素直に頷くが「でもさー」と、ウルリヒはちょっと拗ねたように口を尖らせた。
「しゃるはアンネリアの心配ばかりするけど、アンネリアはあのピンク頭に負けたことないぞ。いっつも勝つんだ」
「まあ!さすがアンネリア様」
キラキラとした目でシャルロッテに見つめられ、ニマニマとゆるむ口元を手で隠すアンネリア。「そ、そうでもありませんのよ!私は侯爵令嬢ですもの、当然ですわっ」と、照れ隠しの早口で捲し立てる。
アンネリアは緩む頬を抑えながら、ちらっと横に座るウルリヒを見た。
「でも、デルパン様の態度は心配ですわ…差し出がましいことを申しますけれど。ウルリヒ様はあれでよろしいの?」
「いや、よろしくない…が、こんな入学してすぐに交代要員も居ない。見える護衛が居ないと学園には通えないから、しばらくはあのままだ」
ため息をつくウルリヒはテーブルからクッキーをつまんで、行儀悪くぽいっと上に投げて噛みつくように食べた。アンネリアの前でも大分心を許したその態度に、シャルロッテは僅かに目を見張る。
「ウルリヒ様の護衛って、デルパン様だけですの?」
実際は隠れた護衛が他にもいるのだけれど、目に見える形の護衛というのも必要なもの、らしい。アンネリアの問いにはウルリヒは答えなかった。
ボリボリと二枚目のクッキーをかみ砕き「アンネリアは辛くないのか?」と問いかけることで、この話を終わらせる。
「まったく辛くありませんわ。私、これでもメンタル強い方でしてよ」
オーホッホッホッと高笑いするアンネリアをつま先から頭までジロジロと見たウルリヒは「見たまんまだぞ」と、失礼なことをのたまった。更にそれをクリストフが正面で小さく笑うのを見て、アンネリアの頭には青筋が浮かぶ。
しかしアンネリアの口撃が炸裂する前に、シャルロッテが柔らかい口調でウルリヒをたしなめた。
「ウルリヒ様、アンネリア様は淑女の鑑なのよ?まさに高位貴族のご令嬢といった、堂々たるお姿…私も憧れているの。素敵でしょう?」
シャルロッテの一言で機嫌を急上昇させたアンネリアは「まあ!私もシャルロッテ様のこと大好きでしてよ!」と、ウルリヒなどポイッと意識の外に追い出した。
◇
しばらく四人は菓子をつまみ、和やかに談笑していた。最中、シャルロッテは機会をうかがうようにしておずおずと口を開く。
「それで、私また学園に行きたいのですけれど…」
その話題にすばやく反応したのは、当然クリストフだった。ふるふると首を横に振り、さらに両指でばってんを作ってまで拒否を示す。
「また倒れたらどうするんですか、ダメです」
「ちょっと立ちくらみしただけよ」
「もっと時間を置いてからにしましょうね〜、お姉さま」
「クリスは過保護すぎるわ!」
「他の家でもこんなものですよ?」
シャルロッテを言いくるめる気満々のクリストフだが、流石のシャルロッテも「嘘よ!」とちょっぴり大きな声を出した。
このままだと、またシャルロッテの外出が遠のいてしまう。哀れみを覚えたアンネリアは「でも、シャルロッテ様をご心配されるクリストフ様のお気持ちは分かりますわぁ」と、まずは共感から懐柔にかかる。
「ですから、次回は私も最初からご一緒します、そうしたら転んでもホラ、両側に人が居たら安心でしょう?」
「それいいわね!」
ぱぁぁっと顔を明るくしたシャルロッテがうんうん!と頷くが、クリストフは無反応。
「しゃるが来るなら、私も一緒がいい~」
「ウルリヒ様が居るとオマケが付いて来るのでご遠慮ください」
ウルリヒの声にはすばやく拒否を示したクリストフ。どうやら、アンネリアは許容範囲でもウルリヒはダメらしい。「ぐぬぬ…部屋の外で待たせる…!」「もしくは撒いてくる…!」と、彼は粘った。
シャルロッテはのんきに「じゃあ、学園でもみんなでお茶したいですね!」と、笑顔を浮かべている。
「ね、クリス!お友達と学園でお茶、してみたいわ。ねっ?」
「………はぁ」
シャルロッテが無理にはしゃいで押し切ろうとしているのだと、クリストフには分かる。分かるのだが…純粋な笑顔じゃなくたって、シャルロッテには勝てないのだった。
「何かあったらすぐ帰りますからね」
仏頂面で、しかたなしに許可を出すことになった。




