*生徒会に入りたい!
ウルリヒはウロウロとさまよっていた。手には大きな包みを持っていて、中には王城の料理人に作らせ届けさせたサンドイッチがたっぷりと詰まっている。
クリストフには『今回お姉さまはアンネリア様に会いに行くだけです、ウルリヒ様は来ないでください』と言われていたにも関わらず、前日からウキウキで準備をして、当然みんなでお昼を食べるつもりで多めに昼食を持ってきて、レンゲフェルト姉弟の姿を探していた。アンネリアに会うならば馬術部か、いや生徒会室か、食堂か…と、ウロウロとする王子。
デルパンは主のそんな姿に特に何を言うこともなく、ただ寡黙に付き従って歩く。
「おかしいなー。二人とも居ないぞ」
昼休みも半分を過ぎる頃、ウルリヒは下唇を歯で噛んだ。困ったなーと言いつつ、もうアンネリアを呼び出そうかと思い始める。(クリストフを呼び出す勇気はない)
そんな時。
「ウルリヒ様ぁ!」
鈴が鳴るような、高く響く声がした。
声の方向へとデルパンがサッと進み出るが、あいにくとこれは護衛行動ではない。声の主を出迎えるためだ。彼は「モモカ!」と嬉しそうな声でそちらへと駆け寄った。
「どうしたんだ?!」
「二人の姿が見えたから!よかったら一緒にお昼食べたいなって思って」
大きな体を丸めるようにして、モモカの顔を覗き込むデルパンはさながら大型犬である。見えないしっぽがブンブンと振られているのを、ウルリヒはげんなりした顔で見た。
えへへ、と照れたように笑うモモカが昼食らしき小さな包みを掲げて見せる。今はもう昼休みが始まって大分経つ頃合いだ。デルパンは「まだ食べてない…何かあったのか?」と気遣わし気に問いかけた。
「先生とお話ししてたの!そしたら時間経っちゃって。…でも、二人とこうやって会えたからラッキーだったかも」
「そうだったのか」
良いとも悪いとも言っていないのに、モモカはすっかり一緒に昼食をとる気でいるらしい。どうやら、デルパンも。
『勝手に二人でやってくれ』と、ウルリヒは自分の探し人達を見つけるべくキョロキョロとあたりを見回す作業に戻っていた。残念ながら影も形も見当たらないが。
「あの、私ウルリヒ様にお願いがあって…」
二人のことは完全に思考の外へと追い出していたのに、ウルリヒの思考は甘い声に引き戻される。ちらりと視線を向ければモモカが手を胸の前で握りしめて、こちらへとじりじりと近寄ってきている。
「私!せっかく生徒会に推薦してくれるマッコロ君とデルパン君のためにも、ウルリヒ様に自分の能力をアピールさせて欲しいんです!お願いします、私にチャンスを下さい!!」
ガバッと頭を下げた拍子に「きゃぁっ」と言いながら前につんのめる少女の体は、どうしてかウルリヒの腹に頭を沈めるようにぶつかった。「ぐふっ」とウルリヒの口からは咳に近いうめき声が出て、手から布包みが落ちる。
それでも一応レディの体に土がつかぬよう支えてやったのだから、彼もいっぱしの紳士と言えるだろう。
「ちょ…どいてくれ…」
「ごごご、ごめんなさいっ!」
咄嗟のウルリヒの紳士的行動により転倒を免れたモモカは、まるでウルリヒの腰に抱き着くような体勢だった。「ありがとうございます!」と言いながらも、ちらりと顔を上げるだけで体を離さず、なんとそのまま話し出す。
「あのっ!もっと親しくなって、私のこと知ってくれたら…きっと分かってもらえると思うんです。だから、だから…!一緒に…」
流石にレディが男に抱き着いたままというのは、どうしたってよろしくない。デルパンが慌てて、支えるようにモモカの体を起こしてやった。
しかしそうされながらも、モモカはウルリヒの服の裾を掴んで離さずにいる。じっとりウルリヒを見つめるモモカの視線は揺らがず、あまりに近距離で見つめてくる視線に居心地悪そうに視線を逸らしたウルリヒ。「先約がある」とだけ口にして、その場から離れようと足を動かした。その時。
「あら、お邪魔だったかしら?」
こちらへと歩いてきたアンネリアが「ごきげんよう」と三人に丁寧に挨拶をして、ウルリヒに顔を向けた。ウルリヒはパッと服の裾を取り返して、包みを拾い上げてアンネリアへと駆け寄る。ぼそりと「助かった…」と言って、アンネリアに手を差し出し、少し日に焼けたその手に紳士のキスを送る。内心では天の助け!とばかりの心情で、挨拶が終わってもアンネリアの手をぎゅっと握って離さないウルリヒ。
「よく来てくれた」
「お邪魔じゃないなら、よかったですわ」
そう言いながらも「失礼致します」と、やんわりと己の手を取り返すアンネリア。しかしいつものような勢いはなく、どことなくしょんぼりした気配で佇む姿を見て、ウルリヒはハッとする。
「アンネリアもしかして…」
「ええ、そうなのです」
アンネリアは、ウルリヒにレンゲフェルト姉弟が帰宅したことを伝えようとして、彼を探してやって来たのだ。クリストフは来るなと言ってもウルリヒが来ることを見通して、アンネリアへの伝言に合わせて『ウルリヒにも一応知らせてください』とお願いをしていた。
アンネリア自身も先ほどその知らせを受け取って肩を落としたので、雰囲気がにじみ出ていたのだろう。ウルリヒは全て悟って「はぁ~…」と、残念そうにため息をつく。
アンネリアはもう少し詳しく説明しようかと「ちょっと…二人で話せます?」と、デルパンとモモカを眺めながらウルリヒに問うた。この二人が居るところではシャルロッテの名前は出したくない、そんな共通認識のある二人は頷き合うが、それにモモカがムッと顔をしかめる。
「……お二人って、婚約してるわけではないんですよね?」
「ああ」
デルパンに問いかける高く響く声がして、肯定を得たモモカは前に進み出る。
「じゃあ、ウルリヒ様が誰とお昼を食べようと…平民と食べようと、アンネリア様には関係ありませんよね?」
まるで独り言のようだが攻撃的なモモカのセリフに、アンネリアがピクリと眉を上げた。
『この娘、マッコロが居ないとしゃべるのね…』と、内心で呆れた彼女は扇で口元をゆったりと隠す。肩をすくめて「ええ。関係ありませんわね」と応じてやった。
「っ、それなら、今は私たちとお話ししてたので、また今度にしてくださいませんか!」
「二人で話さないといけないことがあるのよ」
「そんなワガママを言って、ウルリヒ様を困らせないであげてくださいっ…」
鼻を赤くしながら可愛い顔で睨むモモカと、目だけ出して優艶と微笑むアンネリア。
「何を勘違いされているのか知りませんけれど、私はウルリヒ様に一つ報告することがあるだけ。ランチは別に…」
「いや、私は今日アンネリアと生徒会室で食べる」
ゆっくりとした口調のアンネリアを、まさかのウルリヒが早口で遮った。大きな包みをちょいと持ち上げて「これ一人で食べきれないから、アンネリアが付き合え」と言って歩き出す。
「あ、デルパンはドアの前で待機な」
一瞬立ちどまったウルリヒは冷たい目で背後の護衛を振り返り、アンネリアにエスコートをするため腕を差し出した。アンネリアはチラリとモモカに視線をやるも、すぐにウルリヒの腕を取り歩き出す。ちょっとショックを受けたデルパンもフラフラとその後ろを歩くが、モモカはその場に立ち尽くしていた。
まるで犬が飼い主と引き離される時のように、何度も何度も後ろを振り返りながら、デルパンは心配そうにモモカを見つめていた。モモカはそれに健気にも、涙を堪えて小さく手を振る。
視界の端にちらりとその光景を収めたアンネリアは『理解したくない世界がここにあるわね』と、ふたりの世界を冷ややかに見ていた。




