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第22話 鳴の初仕事

「学さん、なんでもいいので土日にできる仕事をいただけませんか?」


「あれ、いきなりどうしたの?」


 僕は今日、仕事が欲しいと事務所に直談判に来た。


「……学さんにこんなことをお話しするのも、あれなんですけど……衣織にクリスマスプレゼントを買うお金がなくて」


「あははは、そうかそうか、そういう事か、それなら出世払いで僕が立て替えてあげてもいいけど?」


「それはダメです、自分で稼いだお金でプレゼントしたいんです!」


「……うん、なかなか男気があるね、鳴くん。衣織のパパとして君の気持ちはとても嬉しいよ」


 学さんが何やら引き出しを漁りだした。


「はいこれ」


 デスクに置かれたのは超分厚い楽譜だった。


「こ……これは?」


「ロカビリーの譜面だよ」


「ロカビリー?」


「うん、ロカビリーはね、結構コアなファンがいて、ライブは中々の盛況っぷりなんだ」


「そうなんですね」


「でも、結構うちのライブに来る客はうるさくてね」


「うるさい?」


「完コピでないと、クレームが入るんだ」


 完コピとは元のアーティストの曲を完全にコピーすることだ。


「結構厳しいですね」


「最近の鳴くんはめっきりインスピレーション派だもんね」


 僕はフラメンコからギターを始めた。フラメンコギターは譜面を使わない口伝だ。コンテストのためにクラッシックも習い譜面も一応は読めるが、あまり得意ではない。


「とりあえず、次の土曜日にリハーサルがあるから、この譜面の曲全部弾けるようになって来て」


「え……」


「あれ? できないの? クリスマスまでの間で土日にできる仕事ってこれしかないよ?」


 う……うそだろ……100曲ぐらいは有りそうなんだけど。


「無理にとは言わないけど」


 土曜まで後3日……3日で100曲……やるしかないんだよな。


「や……やります」


「さすが、鳴くん」


 引き受けてしまった……仕事として引き受けてしまった。出来なかったじゃ済まされない。気合い入れていくしかない。


「えーとね、ツインギターでパート分けがあるんだよ。結構長めの休符も入るから、譜面をめくる余裕はあるから暗譜はしなくてもいいよ」


 暗譜とは譜面を丸暗記してしまうことだ。とてもじゃないけどこの曲数をこの短期間で暗譜するなんて僕には出来ない。


「仁なら1時間もあれば暗譜しちゃうけどね」


 まじか……。


「……そんなこと可能なんですか?」


「プロだからね。というか仁は天才だからね」


「……学さんもできるんですか?」


「もちろん!」


 ……父さんと学さんの異次元な話を聞いてしまった。


 あ……そう言えばパート分けがあるって言ってたな。


「あの、僕はどっちのパートを弾けるようになっていればいいですか?」


「うん? そんなの両方だよ」


 まじか……。


「ライブは何が起こるか分からないじゃん。お互いがお互いをカバーできるように、両方弾けるようになっておいてね」


 実質3日で200曲……父さんならそれを1時間で暗譜してしまう。


 プロって……やばい世界だな。


「どうしたの? 怖じ気づいちゃった?」


 正直めちゃくちゃビビってる。仕事として受けた以上、穴は開けられない。こんな短期間でこんなにも沢山の曲をさわった経験なんてない。


 でも……衣織の喜ぶ顔が見たい!


「大丈夫です! やります!」


「うん、いい返事だ」


 学さんから、ずっしりと重い譜面が手渡された。


「鳴くん、君のキャリアは嘘じゃないよ。自分を信じて頑張ってね」


「ありがとうございます」


 僕のキャリアってなんだろう?


 僕は事務所を後にして家に急いだ。


 こんなにもたくさんの曲を覚えるなんて初めてだ。1分1秒も無駄に出来ない。




 ——電車の中もらった譜面を確認した。


 ん?


 これって……楽譜の分厚さに覚悟した僕だけど、一曲一曲の音数はそんなに多くない。


 そうか……伴奏が中心だからか。


 間奏、いわゆるギターソロは結構ファジーに書かれていて、これを完コピするのは難しそうだけど、指に馴染みのあるフレーズが大半だ。


 学さんの言っていた通り、パートが分かれていて、常に弾いている訳じゃないから譜面をめくる余裕もある。


 これならなんとかなりそうだ。




 ——と思っていたのも束の間。僕は甘かった。


 実際にギターを弾いてみると思ったより入ってこなかった。


 こんなレベルの演奏で……とてもじゃないけど、お金なんてもらえない。




 ……でも後3日ある!


 男だったらやるしかないだろ!


 とは言え……やっぱり……この数はきつい。


 似たようなフレーズが多いのも、入ってこない要因のひとつだ。


 プロって……やっぱ厳しいな。


 早くもプロの洗礼を浴びた僕だった。


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