64.お姫様と空の色
<<由衣視点>>
目が覚めると。
見慣れた宮殿の天井が目に入ってきて。
帝国が魔法王国に仕掛けた戦争は。
――すべて終わっていた。
結局、乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』と同じ展開。
暗黒竜は、星乙女に倒されてしまった。
絶大な切り札を無くしてしまった帝国は、戦いを継続できなくて。
主人公にいる国、ファルシア王国に降伏。
あんなに頑張って準備したのに。
あともう少しだったのに。
……なんでよ!
……結局ゲームと一緒じゃない!
「……報告は以上よ。今は何も考えずに、ゆっくり休みなさい。皇帝陛下も心配されていたわ」
サキはベッドの横に座っていて。
影に飲まれて暴走した後の話をしてくれた。
私は、そのまま毛布を頭からかぶったまま、彼女の話を聞いている。
起きてからずっと、涙があふれ出て止まらないから。
結局……私は。
お姉ちゃんをゲームのシナリオから助けてあげることが出来なかった。
ごめんね……約束したのに。
「サキ……早く逃げた方がいいよ。帝国は負けたんでしょ。ファルシア王国に滅ぼされてしまう前に」
ゲームの通りだとしたら。
この後、アイゼンラット帝国では反皇帝のクーデターが起こる。
そして……。
混乱した国内を王国に占領されてしまうんだよね。
乙女ゲームのくせに……敵の運命って残酷だわ。
「はぁ、どこにも行かないわよ。アナタを残していくわけないでしょ?」
「でも……」
「でもじゃないわよ。何弱気になってるの。アナタらしくないわね!」
「だって!」
彼女は優しく微笑むと、ゆっくりと私の頭をなでてくれた。
なんだか少しだけ……気持ちが楽になる気がした。
サキってやっぱり、お姉ちゃんみたいだ。
「おー、姫さま、起きたんだねー。よかったよかった。皇帝さんが今後の話をしたいって言ってたよ」
赤髪の少女が、嬉しそうに私の顔をのぞき込む。
少しだけ吊り上がった目がにっと笑った。
「ちょっと、カレン! アリアちゃんは今起きたばかりなのよ!」
「それはそうだけなんだけど。うふふ。バッチリオシャレしていこうよ! 私も協力するし!」
カレンは意味ありげに口元を押させながらにやけている。
なんだろう。
カレンはにっこり微笑むと、サキの耳元で何かをささやいている。
「……それ本当でしょうね?」
「ホントホント。私も驚いたんだから!」
話を聞いたサキが、ビックリした表情で私を見つめている。
もとから妖艶な感じの美人なんだけど。
なんだか……瞳が怪しく輝いている気がする。
「うふふ、アナタがいやなら断ってもいいのよ? とにかく今は準備をしないと!」
……断る?
……何をよ?
「私もっとお付きの魔人を連れてくるね!」
「お願いするわ! さぁ。さっさと起きて可愛く仕上げるわよ!」
鏡に映る私は。
彼女たちの手によって、どんどん可愛らしくコーディネートされていった。
**********
「お父様。失礼いたします」
皇帝であるお父様は、いつもの玉座の間ではなくて。
何故か応接室にいた。
「おお、きたか。ファルシアの王よ、私の娘、アリアだ」
お父様は、ソファーに座っている男性に大きくお辞儀をする。
私も、お父様に合わせてお辞儀をした。
……ちょっと待ってよ。
今何って言ったの?
ファルシアの……王?
「以前お会いしましたね。アリアさん。クリール・グランドールです」
この声……間違いないわ。
怖くて……頭をあげることができない。
「あはは、楽にしてよ。あんまり堅苦しいのは得意じゃないんだ」
応接間に明るい声が響く。
「かたじけない。ファルシア王よ」
「あはは、いいってば。アリアさんも楽にしていいよ」
声につられて頭をあげると。
人懐っこい笑顔をした金髪の男の人がたっている。
ゲームの中のシュトレ王子にそっくり。
なんで……。
なんで敵国の王様が、こんなところに来てるのよ!
――やっぱり帝国を滅ぼしに?
足ががくがくと震えているのがわかる。
どうしよう……。助けてお姉ちゃん!
「お久しぶりですね、アリア様」
ふと、ファルシアの王様の横にいた青年が目に入る。
茶色い髪に茶色い目。
ゲームとそっくりなイケメンは、素敵な笑顔で話しかけてきた。
ファルシア王国の第二王子。
ゲームでも攻略対象だったガトー・グランドール。
「さて、せっかくだし、二人で庭園でも散歩してきたらどうだろう?」
「アリア、是非そうさせてもらいなさい」
「もし、もしアリア様がよろしければ」
ガトー王子はやさしく手を差し出してくる。
私は、そっと彼の手を取った。
その笑顔が……誰かに似ている気がして。
気がついたら。
いつのまにか体の震えがとまっていた。
**********
私たちは、宮殿の中にある庭園の中を歩いていた。
気のせいだと良いんだけど。
これってまるで……前世のお見合いみたいよね?
まぁ……そんなわけないか。
「あの……」
「うん?」
「いえ……」
だとしたら……。これはどういう状況なのかしら。
なんで私たちは庭園を歩かないといけないんだろう。
「ねぇ、私たちって負けたのよね? これからこの国を亡ぼす予定なの?」
「あはは。まさか、そんなことしないさ」
ちょっと笑いすぎじゃない、この人!
涙まで流してるんですけど!
ゲームと全然キャラが違うじゃない!!
「ごめんごめん、いきなりストレートな質問だったからさ。そうだよね、アリア様も転生者だったよね」
「そういえば……アナタも転生者なのよね」
「うん、そうだよ。アリア様は、前世ではクレナちゃんの妹だったんだよね」
私はゆっくりと頷いた。
「アリアでいいわよ。どうせ負けた国だし。私も敬語を使ってないし」
「そっか。じゃあ、アリアちゃんでいい?」
「好きに呼べばいいわよ」
私たちは、庭園にあるベンチに座った。
優しい風が頬をなでていく。
……間が持たないわ。
……何を話せばいいのよ。
思い切って、隣を向くと。
ガトー王子は遠い目で空を眺めていた。
「みんなはさ、この世界の夜空が好きだっていうんだけど、なんでかな。僕は昼間の空の方が好きなんだ」
「昼間の空?」
「ほら、こうして空を見上げてると……なんだか幸せな気持ちにならない?」
空の青い風景と……王子の表情が。
なんだか風景画のように美しくて……。
思わず目を奪われる。
ずっと昔……前世でこんなことがあった。
あの時と同じように、彼の隣に座って見る空は……なんだかいつもより澄んだ青色に見えて。
「アナタ……前世の私の知り合いと似てるわ……」
「そうなの?」
「……うん」
そんなはずないけど。
あるわけないけど。
私は思わず、彼の名前を口に出していた。
「谷口くん……」
「え……」
空を見上げていたガトー王子の顔が固まる。
「……なんで、僕の前世の名前を?」
……。
…………。
うそ……いまこの人……なんて言ったの?
ほら、でも、谷口なんて名前、たくさんいるし。
でも……。
でも……。
動揺する胸がドキドキ大きな音を立てている。
「もしかして、吉永さん?」
彼の言葉に、心臓が止まりそうになった。
「さすがに違うよね。ゴメン、忘れて」
「私立月ヶ岡の、吉永由衣です!」
これで違ったら、はずかしいけど。
二度と後悔したくないから。
「そうか、君があの時の……。ひょっとして、クレナちゃんって吉永朱里先輩?」
「……そうだけど」
うそ。
ホントに……ホントに谷口くんなの?
「なんだ……そうだったのか。それで……うん、納得した」
王子はぼそっと小さな声でつぶやく。
「……ねぇ、何か言うことないの?」
「うん?」
「お弁当の約束! 忘れてないんだからね!」
私は真っ赤な頬を隠すように、両手で顔を覆う。
「ああ、そうだったね。今度一緒に食べようよ」
指の隙間から見えたのは。
――彼の優しい笑顔と。
――どこまでも広がる澄んだ青空だった。




