62.お嬢様と今そこにある未来
黒髪の少女……中学生の頃の私は。
大きな瞳にいっぱい涙をためて、女神さまに願い事を伝えた。
「朱里さん。この世界のことが……そんなに……いいえ。違いますね」
女神さまがあらためて、少女を優しく抱きしめる。
彼女が呪文のようなものを唱えると、二人の上に大きなハートの光が生まれた。
「愛しい人との約束なのですね。貴女のその恋する力……お借りしました」
ハートの中に黒髪の女の子が浮かんでいる。
え……。
なんで……私が二人いるのさ?!
「女神さま……これって?」
「貴女の中の王子を想う気持ちを、本体から分離させました」
ハートの中で膝を抱えている少女は、いつの間にか中学の制服を着ていて。
ふわふわと宙に浮かんでいる。
「貴女の本体は、このまま元の世界に返します。……本当に良いんですね?」
女神さまの言葉に。
黒髪の少女はゆっくりと頷いた。
少女を包むキラキラと輝くハートの光は、ゆっくりと空に向かって上がっていく。
「バイバイ、私。いつかまた……」
彼女は、だんだん空に上がっていく光が見えなくなるまで。
手を振って見送っていた。
**********
「さて。星乙女の力は、本体の子が持っていますので、今の貴女には星から得られる魔力がありません」
「……そう……ですか」
少女は悲しそうにうつむく。
「ですので、私の力を貴女にお貸ししますね。そうですね、期限はこの世界が滅びるか……救う時まででいかがですか?」
女神さまの言葉に。
少女はびっくりして口元を両手で押さえている。
瞳からまた、涙が零れ落ちた。
「ありがとうございます!」
「あと一つだけプレゼント。今の貴女には肉体がありません。ですので、これを」
女神さまが何か呪文を唱えると、黒髪の少女に角と羽根が生えてきた。
……知ってる!
……知ってるよ!
だってその姿は、私がずっと見てきた……かみたちゃんだから。
「女神さま……これは?」
「うふふ、上手くいきましたね。貴女に仮の肉体を与えました。元が竜なので丈夫だと思いますよ」
女神さまの光の輝きが強くなってくる。
眩しくて……目を開けていられない。
「さようなら、朱里さん。私は次の世界に向かいますけど、いつでも貴女の幸せを祈っていますよ……」
「ありがとうございます、女神さま! 今度こそ必ず世界を……」
次の瞬間。
金色の輝きの消滅にあわせたように、女神さまの姿はみえなくなって。
どこまでも続く白い空間に。
――黒髪の少女だけが立っていた。
**********
「なるほど、こんな結末だったんだね」
隣で一緒に見ていたマロン王子が、納得したような表情で頷いている。
「マロン王子は、ご存じじゃなかったんですか?」
「うーん、話には聞いてたんだけどね。見たのは初めてなんだよ」
……えーと、あれ?
この空間はマロン王子が見せてくれたんじゃないの?
じゃあ今のって一体……。
疑問が顔に出ていたみたいで。
マロン王子が笑いながら両手を広げる。
「残念だけど、僕にそんな力はないかな。ここはね、君の記憶が作り出した世界なんだよ」
私の記憶?
だけど、今みたばかりの話が本当なら。
「元の世界に戻った私に、この世界の記憶は残ってないはずですよね?」
「うん、正確には君たちが作り出した世界、かな?」
「……私たち?」
「別れてもさ、やっぱりどこかでつながってるんだよ、君たちの記憶って」
わかったような。
わからないような。
あーでも、初代星乙女の時の記憶って。
まるでテレビや小説をみているみたいなんだよね。
自分の記憶なのに、自分じゃないような。
これって、かみたちゃん側の記憶ってことなのかな?
「……でも、マロン様はなんでそんなことを知っているのですか?」
「僕が寿命で死ぬ寸前にさ、女神さまが教えてくれたんだよ」
「……教えてくれた?」
「君がこの世界で死んだ後の話と……未来について……ね」
青く澄んだ瞳が優しく笑う。
「ずっと君に会いたかった……会いたかったんだよ……」
彼は優しく私を抱きしめると。
ゆっくり顔が近づいてくる。
一瞬胸の奥がズキンと痛くなった。
……でも。
……でも。
ちょっと待って!
確かに、王子の想い人は……私だと思うんだけど。
思うんだけど。
でも、私やっぱり覚えてないし。
王子への想いはかみたちゃんと分離してるから!!
私は慌てて、顔の前に両手を差しだした。
「……あはは、そうか、君は僕の子孫の婚約者だもんね」
「……ごめんなさい」
マロン王子の気持ちは痛いほどわかるんだけど。
でも、それは私じゃないから。
「実はさ、僕も一つだけお願いを女神様にしていたんだ」
「お願い……ですか?」
「いつの日か生まれ変わって、今度こそ君と一緒にこの世界を歩みたいって」
――え?
マロン王子がイタズラっぽい表情で笑う。
「一つ失敗したのがさ、『記憶を引き継いで』って伝え忘れてたんだよね」
王子の姿が少しづつ霧に包まれたようにぼやけてきて。
彼に似た青年の姿に変わる。
ウソ……シュトレ様が……なんで?
「そっか、そうだったんだ。マロン様も……転生してたんだ……」
後ろから、聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえて。
思わず振り向くと。
大きな目に涙をいっぱいにためた、黒髪の少女が微笑んでいた。




