52.屋上の青空
<<由衣視点>>
暗黒竜に取り込まれて。
目の前が闇に包まれている。
何も聞こえない。
何も見えない。
ずっとずっと。
深い底へ沈んでいく感覚がする。
「……今度さ、一緒に空を眺めながらお昼を食べようよ?」
ふと誰かの声がした。
懐かしくて……優しい男の子の声。
誰だっけ。
お姉ちゃんじゃなくて。
えーと……。
確かあれは……。
**********
ある日のお昼休み。
私は屋上の扉を開けた。
……お姉ちゃんを探すためだ。
いつも一緒にお昼を食べているのに。
お姉ちゃんと同じクラスの先輩に聞いても。
どこに行くかは聞いてないって。
――もうなんで!
――お姉ちゃんのバカ!
大切なお姉ちゃんとのランチタイム。
これだけを楽しみに。
すごく退屈な授業を受けてたのに!
お姉ちゃんは目立つし有名人だから、割と簡単に証言は集まったんだけど。
最後の話は、校舎から出ていったってことだった。でも行先はわからないって。
じゃあ、ここからならお姉ちゃんを探せるはず。
ふふふ、私って頭いい!!
屋上へ出ると。
一人の男の子が目に入った。
空を見上げながら、お弁当を広げている。
まるでキレイなお人形のような顔をした……男の子。
空の青い風景と……男の子の表情が。
なんだか風景画のように美しくて……。
思わず目を奪われる。
「ねぇ……アナタそこで何してるの?」
気が付いたら。
自分から声をかけていた。
「……何って、お弁当を食べるんだけど?」
「そ、そんなの見ればわかるわよ! なんでこんなところで食べてるの?」
私はゆっくりと男の子に近づく。
「んー、ほら。こんなに天気が良いんだし。外で食べた方が気持ちがいいでしょ?」
「……そんなものかしら?」
男の子はにっこりと笑うと。
私を手招きした。
「ほら、こうして空を見上げてると……なんだか幸せな気持ちにならない?」
空なんて毎日同じじゃない。
そう思ったんだけど。
彼の隣に座って見る空は……なんだかいつもより澄んだ青色に見えて。
「確かに……きれいね」
「でしょ!」
私の目に映る彼の横顔は。
陽の光をあびてキラキラ輝いているように見えた。
この人は、なんて嬉しそうに笑うんだろう。
……まるで。
……まるで、お姉ちゃんみたい。
「でも、外で食べるだけなら、中庭でも校庭でも良くない?」
「ここの方がさ、空に近いでしょ?」
「それは……そうだけどさぁ」
私は、彼から目を逸らすと。
ぼそっとつぶやいた。
なんだろうこれ。
胸の鼓動が早くなっている気がする。
どうしたんだろう……私。
「いたいた! あはは、どうせ一人さみしく弁当食べてる……って! アナタ誰よ!」
急に、屋上の扉が開いて。
女の子の集団が、私たちに近づいてくる。
その中でも。
ひときわ目立つ印象を受ける女の子が、私をすごい形相でにらんできた。
この学校は中高一貫校だから。
高校から受験してきた外部生以外は、大体顔見知り。
だから。
えーと。
うん、この子知ってるわ。
確か隣のクラスの……。
「宮野木先輩の妹さんだよね?」
この学校でお姉ちゃんと同じくらい有名な先輩。
いわゆる巨乳美女ってやつ。
私はお姉ちゃんのほうが好きだけど。
「思い出したわ! アナタこそ、あの吉永先輩の妹でしょ!」
私の言葉にイラっときたのか、顔を真っ赤にして指をさしてくる。
「妹のくせに全然にてないわよね。吉永先輩あんなに可愛いのに」
きっと、私を怒らせようとしたんだと思うけど。
甘いわこいつ。
どれだけ私がお姉ちゃんを大好きか……知らなかったのね。
「そうなの! アナタもそう思うでしょ! お姉ちゃんすっごい可愛くて可愛くて!」
私は、彼女の腕をがっちりつかむと。
お姉ちゃんの魅力を切々と語り始めた。
「な、なんなのよアンタ。怖いんだけど……」
「行こう、怜奈。食べる時間なくなっちゃうよ」
「……覚えてなさいよ! あんたも、谷口も!」
友達に怜奈と呼ばれていた女の子は、真っ赤な顔をして。
取り巻きをつれて屋上から去っていった。
「……ぷぷぷ……あはは!」
突然、隣から笑い声が聞こえた。
谷口くんが……涙を流しながら笑っている。
「ちょっと、何笑ってるのよ!」
「ゴメン……あんまりキミがカッコ良かったからさ」
カッコいい?
私が?
思わず、口をつぐむ。
やっぱり……胸の奥から……体中があつくなっていく気がする。
なんだろう……変なの。
「谷口君って、外部生だよね?」
「うん、そうだよ。よくわかったね」
「そんなにキレイな顔してたら、内部生だったらおぼえてるよ」
うわ。
おもわず変な言葉を口にした気がする。
「そうだ! お姉ちゃん探してたんだった。それじゃあ、私も行くね」
私は、慌てて屋上の扉を開けた。
「ねぇ」
後ろから谷口くんの声がする。
「……今度さ、一緒に空を眺めながらお昼を食べようよ?」
私は、彼の照れたような言葉に。
こくりと頷いた。
**********
次の日の昼休み。
鐘の合図とともに、外に飛び出そうとする私に、親友のひまりちゃんが声をかけてきた。
「そんなに急いで、どこに行くのよ!」
「お姉ちゃんのところ!」
なんて。
ホントは屋上に行くんだけど。
「アンタもさ、そのシスコンがなければもっと人気ありそうなのに」
「なにそれ?」
「アンタのお姉ちゃん、宮野木先輩、柏木先輩、で学園三大美女。で、由衣を入れて美女四天王なんだってさ」
「……だれがそんなこといってるのよ」
私はあきれて両手を広げる。
なにその絶望的なネーミングセンス。
「クラスの男の子たちが話してたわよ。黙ってれば可愛いいって」
「うわぁ、なにそれ。気持ち悪い」
私はひくポーズをしたあと、教室の扉を開けた。
「それじゃあ、いってくるね」
「ハイハイ、お姉ちゃんによろしくー」
屋上への階段。
なんだかワクワクして。弾むように段をとばしながら上がっていく。
扉を開ける前に。
スマホの鏡アプリで少しだけ髪を整える。
ドキドキする胸をそっと手で押させて、大きく息を吸う。
よし!
「谷口、お弁当持ってきたよ。一緒に食べよう!」
扉を開けた先には。
澄んだ青空が飛び込んできたけど。
そこには……誰もいなかった。
思わず大きなため息をついて、その場に座り込んだ。
「まぁ、約束したわけじゃないしね……」
――でも。
次の日も。
またその次の日も。
谷口くんは屋上に現れなかった。
**********
「由衣、最近暗いね。なにかあったの?」
「んー……」
放課後。
私は机に顔をつけてぼーっとしていた。
言えるわけないじゃん。
お昼休みに谷口くんに会えないからなんて……。
あれ?
でも私。
なんで彼に会いたいんだろう。
……雰囲気がお姉ちゃんに。
……似てるからかな。
「ねぇ、ひまりちゃん。谷口くんって知ってる?」
私の言葉に。
ひまりちゃんはひきつった顔をする。
「谷口くんって、隣のクラスの?」
「う、うん。外部生なんだけど、ひまりちゃん知ってるんだ」
目立つ容姿だもんね。
なんで今まで気づかなかったのか不思議なくらい。
でもなんで、そんな複雑な顔してるんだろう。
「由衣……谷口くんと知り合いなの?」
「知り合いっていうか、ちょっとね」
私の言葉に。
ひまりちゃんは言葉を詰まらせる。
「え? 谷口くん……なにかあったの?」
「知らないの? 谷口くん……今停学中だよ?」
**********
――ひまりちゃんの話だと。
谷口くんは、いじめの中心人物だったらしい。
一人の女の子をいじめていたけど。
それが学校にバレて停学になったって。
しかもいじめられてたのが、宮野木怜奈だなんて。
玲奈は姉の人気を利用してクラスのカースト上位にいる。
いつも取り巻きをひきつれていて、女王様みたいな子だ。
イジメなんて。
そんなこと。
……あるわけない!
私は、自分の教室を飛び出すと、勢いよく隣のクラスに乗り込んだ。
「宮野木怜奈いる?!」
クラスに残っていた生徒の目が、一斉に私に注がれる。
「怜奈ちゃんならたぶん……」
近づいてきたのは、屋上でもあったことのある怜奈の取り巻きの一人だ。
「……ホントに、そこにいるの?」
「あのね……あの子本当は……」
彼女の言葉に。
怒りがこみあげてくる。
私は、そのまま学校を飛び出ると。
宮野木怜奈がいる場所まで走っていった。
**********
家の前で。
明かりの消えた二階を不安げに見上げている女の子が目に入る。
アイツだ!
私は、背後からおもいきり彼女に掴みかかった。
「何であなたが、谷口くんの家の前にいるのよ!」
「……吉永さん! なんでここに……」
宮野木玲奈の顔は、今までみたことのないくらい落ち込んでいて。
目に涙を浮かべていた。
「なんでじゃないわよ! 谷口くんがあなたをイジメてたって? そんなこと!」
「あるわけないわ! わかってるわよ!」
彼女は泣きながら、私に掴みかかる。
「だって! そうでもしないと……」
消えそうな声でそっとつぶやいた。
「私の事を見てもくれないんだもん……」
「はあ?」
予想外の言葉に。
思わず固まってしまう。
「私だって! アナタやお姉ちゃんみたいに可愛く生まれたかった! でも!」
なに勝手なこと言ってるの、コイツ。
「今、容姿の話なんて関係ないでしょ!」
「あるわよ! だって……!」
彼女は大きな声で叫ぶと。
涙でいっぱいの顔を私にむけてくる。
「あの日、谷口くん……屋上であんなに嬉しそうな顔をしてたんだもの!」
悔しそうな顔をした彼女は。
そのまま走り去ってしまった。
この後、停学がとけても。
谷口くんは学校へ来なかった。
**********
再び。
目の前が真っ暗になっていく。
体が、闇に溶けていくみたい。
あのあと谷口くんは……。
記憶がよみがえってきて……胸が苦しくなる。
――悔しいな。
このまま。
お姉ちゃんとも……。
谷口くんとも…。
何の約束も果たせないまま消えていくのかな。
神様お願い!
もしまた生まれ変われるなら。
今度も……お姉ちゃんと……。
できれば……眩しそうに青空を眺めていた男の子とも。
一緒にいられますように。




