50.お嬢様と世界を飲み込む者
空に広がった黒い影は、滲むように広がっていき。
周囲が闇に包まれていく。
砦の照明の光すら。
吸い込まれていくように消えていく。
「消えろ! 消えろ! 世界のすべてを無にしてやる!」
暗黒竜から聞こえてくる声は、もう由衣のものではなくて。
雷のような激しい怒りの響きで。
恐怖の感情が、指の先まで伝わっていくの感じた。
なにあれ……。
なにあれ……。
暗黒竜がいたはずの場所にあるのは、黒い巨大な球体。
丸い塊は……不気味な光を放ちながら。
星と、そして周囲の魔物を吸収していく。
黒い光なんて……こんなの初めて見た……。
なんて禍々しい輝きなんだろう……。
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「ダメですわ、わたくしの魔法の木々もすべて吸収されています!」
「私の氷の壁もよ……なんなのあれ……」
「うーん。ゲームの展開とはだいぶ違うみたいだね」
三人の放つ攻撃魔法は、黒い球体に届く前に。
霧のように拡散して、吸収されていく。
「お姉ちゃん。なんだか体中の魔力が……」
ナナミちゃんを覆っていたハートの数がどんどん減っていく。
まさか。
あの黒い球体。
――私たちの魔力まで吸収してるの?!
どんどん目の前の景色が大きくゆがんで。
立っていられない。
強烈な魔力不足によるめまいに、意識を失いそうになる。
「クレナ!」
あたたかい何かに、やさしく抱き抱えられる感覚がした。
ぼんやりと見える景色に、金色の美しい髪が見える。
「まずいです、ご主人様。ストップの魔法が……」
慌ててかけよってくる大きな赤いドラゴンが瞳に映った瞬間。
砦のざわめきが……周囲の音が戻ってきた。
「うふふ、これで形勢逆転ね、お姫様?」
激しく魔法と武器のぶつかり合う音が、砦に響き渡る。
再び動き始めた魔人たちが、暴れているの?
視界がぼやけて……良く見えない。
「竜姫様おさがりください。ここは我らが!」
「王子と姫を守れ!」
「無駄よ……大人しく倒されなさい!」
「ごめんねー! やっぱり降参取り消しでー!」
近くで大きな戦闘音と……。
人が倒れていく音が聞こえる……。
「さぁ、王子。おとなしくお姫様を引き渡してもらえます?」
「ふざけるな! クレナは……渡さない!」
シュトレ様が……危ないの?
ダメだ……。
目を開けると景色が大きくゆがんで、
意識が集中できない……。
(お母さま……)
鈴の音のような、可愛らしい声が意識の奥に響いてくる。
なんだろう……この声。
(お母さま……お父さまを助けて!)
もしかして。
パルフェちゃんなの?
ゴメンね……情けないお母さんで。
でももう魔力が……。
(わたしの魔力をお母さまにあげる。だから……お願い!)
まるで、腕の中に愛おしい誰かを抱きしめたような感覚がして。
お日様のような優しい香りに包まれていく。
胸の奥から、光があふれてくるような強い力が流れてきた。
桃色の柔らかそうな長い髪。
青空のように澄んだ瞳をした女の子が、一瞬頭に浮かぶ。
「パルフェちゃん!」
――目を開けると。
シュトレ王子が私を庇うように抱きしめていて。
周囲を魔人達が取り囲んでいた。
その奥では。
リリーちゃん。
ジェラちゃん。
ガトーくん。
ナナミちゃんが……地面に倒れている。
うそ……。
そんな……。
「なにも、私たちも敵対したいわけじゃないのよ? おとなしく捕まってよね」
サキさんが妖艶な動作で髪をかき上げると。
私たちに手を伸ばしてきた。
「……ふざけるな。クレナはオレが必ず……」
シュトレ王子は、その手をはねのけると……。
ずるりと地面に崩れ落ちた。
「シュトレ様!」
多分……王子は。
庇っている時にずっと攻撃をうけてくれれたんだ。
私は慌てて、王子に回復魔法を唱える。
「なに。まだ動けたの? それにその魔力……はぁ、さすが主人公側よね……」
サキさんは、周囲の魔人が攻撃しようとしたのを制止して。
優しい声で話しかけてきた。
「転生者同士仲良くしましょうよ? 暗黒竜の力と魔人、そして貴女たちが手を組めば……」
私は大きく首をふると。
空に浮かぶ黒い球体を指さした。
それは……不気味な輝きを放ちながら、砦の上空を覆うほど巨大になっている。
「……あれが本当に……由衣が望んていたことなの?」
「そうよ。アリアちゃんなら、暗黒竜を制御できるから……」
「あれのどこが、制御できてるのよ!!」
私の叫びに。
取り囲んでいた魔人たちが動揺する。
「ちゃんと見て! このままじゃ、世界のすべてを飲み込んじゃうんだよ?」
乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』のバッドエンドは。
ヒロインと攻略対象が、暗黒竜に負けて。
竜は世界中の星を食べつくしたあと……そこにいる生き物ごと……世界そのものを吸収して。
すべてが無になって終了する。
乙女ゲームなのに、なんて最悪なエンドなんだろうって。
妹と……由衣とよく話してたけど。
今、目の前で起きてる現実は……。
私の知っているラスイベよりさらにひどい状況で……。
このままじゃ本当に世界が……。
「……世界を飲みこむなんて……そんなことあるわけないじゃない!」
サキさんは大きな声で叫ぶと。
私に掴みかかろうとする。
その手を……シュトレ王子が振り払った。
「クレナ……行こう。あの黒い影を倒そう……」
「……シュトレ様!」
目を覚ました王子は、私の両手を握る。
私たちの周囲を、大量の星が包み込んだ。
サキさんも取り囲んでいた魔人たちも、星の力で吹き飛ばされる。
――星乙女の最強魔法。
――恋する力。
「アンタたちだけにカッコいいとこ取られるのは……許せないわ……きょ、協力させなさいよね!」
気が付くとジェラちゃんが起き上がっていて。
私たちに近づくと、そっと手を重ねてきた。
「お姉ちゃん……私も戦うよ」
「……クレナちゃん、兄上。最後くらい、かっこつけさせてよ」
ナナミちゃんも。
ガトーくんも。
いつのまにか星の輪の中に入ってきて。
両手を差し出だしてくる。
「その星の力……あたたかくて……傷が回復していきますわ……」
リリーちゃんが私の横にそっと寄り添うように近づくと。
みんなの手の上に、両手を重ねてきた。
私たちの周囲には、今までで一番たくさんのほしがきらめいて。
一つ一つにみんなの思い出が映し出される。
それは、子供の頃からの……大好きな仲間と過ごした。
大切な。
大切な思い出たち……。
私はみんなの顔を見渡すと。
出来る限りの笑顔で答えた。
「行こう……この世界を……絶対に救うんだ!!」




