29.お嬢様と影の匂い
私たちは、サキさんのゲート魔法でルーランド砦に送ってもらった。
行きと違って。
帰りは、空間がゆがんだり、不思議な夢をみることはなかった。
……やっぱりあれ。
かみたちゃんの仕業だよね?
リリーちゃんは一見元気そうにしてるだけど。
やっぱり、何かあると大変だし。
念の為に治療士のところに連れて行こうとしたんだけど。やんわりと拒否されてしまった。
「皆様、今日はありがとうございました。少し疲れましたのでここで失礼しますわ」
「明日お見舞いにいくから!」
「もう、平気ですのに……ありがとう……」
彼女は、一瞬だけ両手を頬に当てて頬を赤らめた後。
クスっと笑って。
優しく私の手をつかむと、手のひらに何か文字を書いた。
「……リリーちゃん。なんて書いたの?」
「……内緒ですわ」
「……気になるんですけど?」
「……内緒は内緒ですわ」
彼女は、丁寧にお辞儀をすると、笑顔でセントワーグ領軍の飛空船に戻っていった。
本当に、頑張り屋さんなんだから。
でも……。
――なんだろう。
この、もやもやっとした違和感。
笑顔も喋り方も。
いつもの彼女とほんの少しだけ……違ったような……。
それに、帰ってくるときの由衣との会話。
あれって何だったんだろう。
……ううん、気のせいだよね?
よし!
明日は朝一でお見舞いに行こう。
彼女の好きそうな恋愛小説をもって。
**********
その日の夜。
私は部屋のベッドで静かに目を閉じて。
今日の出来事を思い出していた。
「なにやってるんですか、ご主人様……」
「んー……考え事ー」
……ってあれ?
なんで横からキナコの声がきこえるのさ。
「ちょっと! 普通に私のベッドにいるのよ、キナコ!」
「ご主人様……今気づいたんですか?」
「ははは、おかしなことを言うやつだな~」
いつの間にか私の左右に、赤髪ツインテールと絹のような白髪が見える。
この子達。
砦でも自分の部屋をもらってるはずなのに! もう!
「やっぱりご主人様の近くが一番安心しますし。それに色々話をしたいんじゃないですか?」
すこしだけ首を傾けて、水色の澄んだ瞳で微笑みかけてきた。
ツインテールの髪が静かに揺れる。
同じ顔なのに……すごくカワイイな。
「ねぇ、キナコ。髪ほどかないの?」
「んー、あとでやるから平気ですよ」
「もう。痛んでも知らないからね」
あとで私がとかすんだろうなぁ。
キナコが寝ぼけてる時にやるの大変なのに。
「わ、私も結んでみようかな。そしたらとかしてくれるのだ?」
「そんなことしなくても、いつもとかしてるじゃない?」
「そうだったのだ……こほん。そうだったな!」
そういえば、今日は忙しくて二人ともまだとかしてないや。
「よし! いまやっちゃおう。二人ともおいで」
「えー? あとでいいですよー」
「やったのだ! いや。よろしくたのむぞ」
二人をベッドの隅に座らせると、キナコからブラッシングを始める。
「ほどほどでいいですよ。だいふくもちを優先してあげください」
「ダーメ! 寝る前のブラッシングは大事なんだよ?」
私は、キナコのツインテールをほどくと、ゆっくりとブラシを動かしていく。
「大体、なんで入浴後も髪を結ぶのよ……」
「その方が可愛いから?」
「もう。そんなことしなくても十分可愛いわよ……」
キナコは少しだけ頬を赤く染めて。
嬉しそうに目を細める。
なにその表情。ホントにカワイイんだから。
同じ顔とは思えないわ。
「それで、ご主人様。ボクたちに気づかないくらい、何を考えてたんですか?」
「んー。リリーちゃんのことと、昔の事なんだけど……」
キナコの髪は私よりクセがなくてとかしやすい。
部屋がシャンプーの優しい匂いに包まれていく。
「ほら、リリーちゃんを助けられたのはすごく嬉しいの」
「うん」
「ケガもなかったみたいだし。ホッとしたっていうか、飛び上がって喜びたいくらいなんだけど……だけどね……」
このよくわからない気持ち。
言葉でうまく伝えられるかな。
「なんだかリリーちゃん、違和感があって……上手く説明できないんだけど」
帝国でリリーちゃんと再会してから。
なにか不思議な違和感がずっと残ってて。
――なんだろう、この感覚。
「ああ……そのことですか。そういえば伝えてなかったですね」
「おお、あとで言おうと思って忘れてたぜ」
キナコとだいふくもちが、二人で顔を微妙な顔をしている。
「え? 何か知ってるの?」
「知ってるというか……彼女から一瞬、影の強い匂いがしたんですよ」
……影?
……リリーちゃんから?
「ええええ?!」
私はあわてて、キナコの肩をゆする。
「ちょっと、それって大事じゃない! 何で教えてくれなかったのよ!」
「うーん。なんでと言われても……すぐに消えたのでわからないんですよ」
「そうなんだよな。普通あれくらい影の匂いがしたら……なんだろうな、アレは」
そういえば、この二人。
帝国でリリーちゃんを助けてから、ずっと彼女と距離をとってた気がする。
仲良かったし不思議だなとは思ってたけど。
これが原因だったのね!
「ねぇ……普通にしてて影の匂いが強くなることなんてあるの?」
「そうですねぇ……すごい数の魔物を倒せば……」
「それって、昔の竜王みたいに?」
「ええ……ですけど。ホントにすごい数ですよ?」
キナコが不思議そうに首をひねる。
だいふくもちも、頬杖をついている。
「リリーちゃんが帝国にさらわれてた時間で、それが可能だと思う?」
「まず無理です。……それにあんなにすぐに消えたりしないはずなんですよ……」
どういうことなんだろう……。
さっきから不安で胸がつぶれそうな思いがする。
「ねぇ、影の匂いが強い人って……どうなっちゃうの?」
「理性を奪われて、破壊衝動が強くなります」
「リリーちゃん、そんな風にみえなかったけど」
「そうなんですよね……だから気のせいかもしれません。砦に戻ってからはまったく感じなかったので」
……どうしよう。
それまで疑問に思っていた違和感が、今度は不安になって膨れ上がっていく。
リリーちゃん……。
私は近くにあったマントを羽織ると、そのまま部屋から飛び出した。
「ちょっと、どこに行くんですか!」
「まだ私の髪をとかしてもらってないのだ!」
「リリーちゃんのところ! 確かめに行ってくる!」
「ダメです!」
キナコが駆け寄ってきて私の手をつかんだ。
いつもの彼女らしくない。
まるで。にらみつけるような真剣な表情。
「ご主人様を影に近づけるわけにはいきません!」
「だって……もしリリーちゃんに何かあったら!」
彼女は、私の言葉に大きく目を見開いた後。
ゆっくりと目を伏せた。
「ねぇ、ご主人様。もし影に取りつかれたのが、リリーちゃんじゃなくてボクだったらどうします?」
「そんなの、助けるに決まってるじゃない!」
「そうですか……」
キナコは、少しだけ嬉しそうにボソッとつぶやくと。
私の手をそっと離した。




