19.お嬢様と星空のために
夜の闇を抜けて。
私たちの飛空船は、東のルーランド砦を目指していた。
いよいよ。
乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』のラストイベントがはじまる。
――かみたちゃんの作ったゲームの通りなら。
主人公は、異世界から転移した少女で。
攻略対象と様々なイベントで仲良くなって。
帝国軍とラスボスを倒してハッピーエンド。
最後には、攻略対象との幸せなラブラブシーンでクリアになる。
星乙女と攻略対象が強くなるための必要なのは、お互いを想う気持ち。
つまり。
『恋のパワー』なんだけど。
負けた場合は……ラスボスの力で世界が闇に包まれて。
魔力の無くなった世界は滅んでしまう。
「眠れないんですか? ご主人様?」
船の甲板にあがってぼーっと夜空を眺めていたら。
後ろからキナコに話しかけられた。
「んー、眠れないの……かな? ほら、いろいろ考えちゃって」
「そうですか……」
キナコは、私の隣に立つと、ぴたっと身体を寄せてきた。
彼女の長い髪が頬にあたって、少しくすぐったい。
あれ?
キナコがこんなことするなんて、なんだかすごく珍しい。
「キナコも眠れないの?」
「どうでしょうねぇ」
ゆっくり頬を寄せてくる。
甲板い流れる夜風は冷たいのに、キナコの体温ですごく……温かい。
「ねぇ、キナコ。ゲームのとおりだったら、ナナミちゃんが主人公なんだよね?」
「そうみたいですね、『彼女も星乙女』ですから」
「もというかさ。『彼女が』なんだと思わない?」
「……どうして思うんですか?」
だって。
だってそうじゃない?
「ナナミちゃん転移者だし、ゲームのヒロインそっくりだから……」
「はぁ、またその話ですか……」
そっくりなんていう言葉を使っているけど。
そんなレベルじゃない。どうみても同一人物。
彼女こそ、このゲームのヒロインだと思う。
「ほら、私のキャラ『クレナ』なんて男だったし、ゲームだともう死んでるんだよ?」
そう。
私のキャラは、途中で悪役令嬢リリアナと一緒にクーデターを起こして失敗。
処刑される役だった。
「ゲームと現実とは違いますよ……」
「そうなんだけどさ。今から向かうのってゲームのラストイベントだからさ……」
「だから?」
この感情をうまく言葉に出来ない。
伝えられないのがもどかしい。
……一番身近にいたのに。
キナコはゆっくりと頷くと、すこし首を斜めにして微笑んだ。
同じ顔なのに。
こんな表情が出来るんだ。
すごく……可愛い。
「……ご主人様?」
「あ、ううん。だからね、ナナミちゃんがラブラブな攻略対象と一緒に戦えばクリアなのかなぁと思ったりね」
上手くごまかされたりするけど。
ナナミちゃんの最近の様子は……確実に誰かに恋してる。
相手はきっと……攻略対象の……。
「私なんてさ、ホントはゲームだとわき役でモブキャラだったのに……なにやってるんだろうって……」
子供の頃からずっと。
この世界を守ろうって考えてきた。
私は転生者で、ゲームのバッドエンドを知っていたから……。
でも。
それを本当に現実に実行するのって、私じゃなくて……『ヒロイン』なんだよね。
最終イベント。
私なんかに……なにが出来るんだろう。
ううん、せめて。カワイイ妹の手助けくらいには!
「はぁ……えい!」
キナコがいきなり、私の頭をはたいた。
「ちょっと! いきなりなにするのさ!」
「めっ! ご主人様は、いろいろ考えすぎ!」
人差し指をたてながら、頬をふくらましている。
なにそれ。
子供みたい……。
おもわず、笑みがこぼれる。
「ご主人様……ここはゲームじゃなくて現実なんですよ。もっと周りをみてください……」
「……周り?」
キナコは静かに頷いた。
「ボクも、だいふくもちも。シュトレ王子や、ジェラちゃん、ガトーくん、リリーちゃん、ナナミちゃん……」
彼女のまっすぐな青い瞳が私を捕らえる。
「ほかにもたくさん、みんな『ヒロイン』だからじゃなくて、『今のクレナ・ハルセルト』だから力になりたいんです!」
すっと私に手を伸ばしてくると。
頬を左右にぎゅっとひっぱった。
「ひょっふぉ、なにふゅるのよぉ!」
「ボクの出番はここまで。あとは王子にお任せします!」
え? うそ……。
キナコの見ている方向を振り向くと。
真っ赤な顔をしたシュトレ王子が立っていた。
混乱する私をすり抜けて。
キナコがイタズラっぽい表情を浮かべて、扉の奥に入っていった。
「そうだ。あともうひとつ。ナナミちゃんの相手はもっと身近な人ですよ!」
**********
今日は戦に備えて、夜の甲板には誰もいない。
船の見張りは、見張り台と砲手、あとブリッジでおこなってるんだって。
だから。
飛行船の甲板の上にいるのは、本当に私と……シュトレ王子だけ。
だけなんだけど……。
「いつから……聞いてました?」
「オレが声をかけようとしたら、キナコちゃんが声をかけたから……」
「それって! 最初から?」
「うん……」
聞かれた!
全部聞かれてた!
すっごく恥ずかしいんですけど!
今すぐ消えたい。
消えてしまいたいよぉ!
思わず頭を抱えてしゃがみこんだ。
「ク、クレナ……?」
「こ、こないでください。今私、絶対変な顔してるので!」
顔を上げられないでいると。
頭を優しくなでられた。
「ねぇ、クレナ覚えてる?」
「何を……ですか?」
「子供の頃に見た、星降りの夜の景色。空中庭園からさ」
小さい頃に見た星降りの夜を思い出す。
街の人達が、魔道具を外にだしていて。
夜空も、街も。
まるで絵本の世界のようにキラキラ光っていた、あの景色。
「オレらは、あの景色を守りにいくんだよね? みんなで!」
そうだ。
そうだよ。
ずっと心に残ってる、あの景色を守るために。
私は頑張ってたんだ。
「ありがとう……シュトレ様……」
いつの間にか隣に座っていた王子に、そっと寄りかかる。
彼は、私の肩に手をまわして。
そっと抱きしめてくれた。
二人で眺める夜空は、あの時とは違うけど。
だけどとてもきれいで……。
「王子、クレナ様、失礼します! ここにおいででしたか!」
突然。
甲板の扉が大きな音をたてて開いて。
魔星鎧を着た騎士が飛び込んでくる。
「どうした、なにがあった?」
騎士は、私とシュトレ王子を見て慌てて敬礼する。
「失礼しました。申し上げます!」
かなり慌ててた様子だけど。
なにかあったのかな?
「東のルーランド砦より連絡が入りました。わが軍は勢いにのって敵本陣まで攻め込んでおりましたが……」
騎士は、私の顔をみると声をつまらせた。
……なんだろう。
何故か嫌な予感がする。
「……続けてください」
「はっ。敵に突然援軍が現れ、攻撃していたハルセルト領軍とセントワーグ領軍は壊滅。現在砦が攻撃を受けています!」
壊滅?
ハルセルト領軍と、セントワーグ領軍が?
震えが足元まで伝わってくるのが、自分でわかった。
息が……止まりそうになる。
……お父様……お母様……ナナミちゃん……。
……リリーちゃん!!
どうかどうか、無事でいて!




