15.お嬢様と甘い味
西の大国「セーレスト神聖法国」との戦いが終わった。
かみたちゃんの予言とは違って。
フェルニット砦は炎上することもなく、落とされることもなかった。
ほっとした気持ちもあるけど。
草原に広がる、負傷兵を治療しているテントの数を見ると……。
胸が引き裂かれるような感覚に襲われる。
でも、ちゃんと受け止めなきゃ。
この作戦を行ったのは……私だ。
西の脅威がなくなった王国軍主力は、今度はアイゼンラット帝国と戦うために、二手に分かれて東に向かうことになった。
半分は、そのまま東にむかって前線にくわわって。
もう半分は、一度王都に立ち寄って、体制を整える。
今回の戦いで、魔力を込めた魔法弾もかなり使ってしまったし。
負傷した王国兵士と、捉えた法国の要人を王都に輸送しないといけないから。
飛空船は魔法石の光に包まれて、離陸準備が終わっている。
タラップに乗って乗り込もうとしたその時。
突然大きな声で呼び止められた。
「クレナ様、クレナ様!」
手を振ってかけよってくる、栗色髪のみつあみと大きな丸い眼鏡の少女。
あれは、魔法学校の交流会で仲良くなった……。
ルシエラちゃんだ。
仲良くなった……はずだったのに……。
私は、ぎゅっと手を握りしめる。
彼女は、たちまち周囲の護衛に取り押さえられた。
「どうしても! どうしても! クレナ様にお伝えしたくて!」
左右から魔星鎧を着た騎士に押さえつけられながら。
それでも彼女は言葉を続ける。
「お願いします! 聞いてくださいクレナ様!」
私はタラップから降りると、ルシエラちゃんに近づいていく。
「竜姫様、危険です!」
「ここは我らにお任せください。姫様は飛空船へ!」
「いいの、大丈夫」
護衛の騎士を制止して、ルシエラちゃんの目の前に立った。
彼女は、ビックリした表情で目を大きく見開くと。
涙を流して、頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「……え?」
今……ルシエラちゃん、なんていったの?
「……負傷者は多かったですけど。あれだけの戦いで、亡くなった人はいなかったと聞いています」
私たちのやりたかったのは、法国がなるべく長期間戦えないようにすること。
だから。
なるべく相手の足を狙うように作戦を立てていた。
――これも、圧倒的に有利だったから出来たんだけど。
彼女は、再び顔を上げると。
泣き顔と笑顔がまざったような複雑な表情を見せた。
「ほとんどの人が、兵士としては復帰できないでしょうけど……生活には問題がないレベルまで回復できると思います」
ルシエラちゃんは、ゆっくり目を閉じると。
祈るようにささやいた。
「竜姫様、貴女の慈悲に心から感謝します」
「そんなんじゃ……ないですよ……」
私は……まるで神様に話しかけているような彼女の姿に。
うつむいて答えるのが……精一杯だった。
***********
飛空船は王都を目指して、きらきらと魔力を輝かせながら飛んでいる。
私は、船の部屋に閉じこもって。
ベッドの上で毛布にくるまっていた。
法国が攻めてくるなんて。
乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』にはなかったイベントだった。
もっと……。
もっと上手に止められなかったのかな。
あんなにたくさんのけが人を出してしまって……。
……。
………。
気が付いたら、眠ってしまったみたいで。
ゆっくり目を開けると、窓の外から星明かりがさしていた。
「気が付いた?」
甘くて優しい声が聞こえてくる。
……え、この声って?
慌ててベッドの横に視線を向けると。
シュトレ王子がベッドに両肘をついて、私を見つめていた。
「シュ、シュトレ様!?」
窓の星明かり金色の髪が照らされて。
まるで光輝いているように、すごく綺麗。
「い、いつからいらしたんですか?」
私は慌てて、髪を手でさっとっ整えた。
「んー、船が飛んでからしばらくしてからかな?」
ええええ!?
だって、今もう夜だよね?
飛空船が離陸したのって、お昼前だったのに。
じゃあ、何時間もこの部屋に……。
寝顔、見られてるんですけど。
髪もぐちゃぐちゃだし、絶対、今の私可愛くない!
慌てている私をみて、シュトレ王子がくすりと笑った。
「大丈夫だよ。クレナの寝顔、すごく可愛かった」
王子の言葉に頭が沸騰そうになる。
恥ずかしいし、嬉しいし。
もう!
思わず、近くにあった毛布を頭からかぶる。
「……シュトレ様、ずっとついててくれたんですか?」
「うん。心配だったし……一緒にいたかったからね」
王子が優しく私の手に触れる。
私も、王子の手を優しく握りしめた。
「……食事食べれそう? 少しは食べておいた方がいいよ」
王子は、私の口元に、サンドイッチを運んできた。
「ほら、あーん?」
「じ、じぶんで食べれますから!」
「いいから、あーん?」
シュトレ王子の嬉しそうな笑顔に負けて。
私はぱくりとサンドイッチを口に入れた。
口の中に、卵の甘い味が広がっていく。
……美味しい。
その瞬間。
今までおさえていた感情がいっきに押し寄せてきた。
あふれ出した涙が頬を伝っていく。
今回の戦争……。
怖かったし。
悔しかったし。
すごく……悲しかった。
シュトレ王子は、包むように優しく抱きしめてくれた。
「ねぇ、クレナ。オレ達は二人で分かち合おうよ。嬉しいことも、悲しいことも……ね?」
「……はい、シュトレ様」
ゆっくりと目を閉じると。
唇に優しい感触が広がっていった。




