1.お嬢様と桜の季節
季節は移り替わり。
学校の校庭でも。
街の街路樹でも。
桜の花が前世と同じように少しずつ咲き始めて。
ファルシア王国は春を迎えようとしていた。
「いい天気ですね、シュトレ様……」
「ああ、そだねー……」
今日はぽかぽかとした、すごく良い天気で。
私とシュトレ様は、王宮にある空中庭園の芝の上で横になっていた。
遠くから小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「クレナ、準備は順調なの?」
隣で寝転んでいる王子が、甘い声でささやいてきた。
「うん、今のところ平気ですよ。シュトレ様はどうですか?」
「順調だよ。子供の頃からずっとこの日を夢見ていたんだからね」
そっと私の頬に手を伸ばしてくる。
王子の手の上に、自分の手を重ねてみた。
温かい……。
「式典には、トルテ様も出られるのですか?」
「ああ、張り切っていたよ……ずいぶん人見知りも治ったしね」
「そうですか、嬉しいです」
「そうだね」
遠くで、シュトレ様と私を呼ぶ声が聞こえてくる。
休憩時間は、終わりみたい。
「それじゃあ、そろそろ行きます? 困らせてしまいますし」
「うん。それじゃあ、その前に」
シュトレ王子の顔が近づいてくる。
目を閉じると。
柔らかい感触が唇に伝わった。
「もう……護衛の人達に見られますよ?」
「いいんだよ、見せつけても」
再び甘い吐息が近づくと、唇が重なる。
「もう、今日は終わり! 行きましょう?」
「よし! 元気ももらえたし、頑張るよ!」
私たちは、起き上がると庭園の出口に向かった。
この春、シュトレ王子は魔法学校を卒業する。
その後は。
正式に王家の公務をこなしていくんだけど。
――その前に。
シュトレ王子と私は。
国民や貴族、諸外国に対して正式に行われる一大行事。
『婚約式』を執り行うことになった。
この婚約式は、結婚式と同じくらい重要なイベントで。
実質……私は王家の一員とみなされて。
王宮の中にお部屋をいただくことになって。
それから、未来の王妃として。
みっちり勉強をすることになる。
これって実は。
乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』では、シュトレ王子ルートのベストエンディングになるはずのイベントなんだけど。
なんだか。
こんなに幸せで、いいのかな。
もちろん、星空と影の対策は考えていて。
初代星乙女ちゃんは、竜王と二人で魔物に立ち向かったけど。
私たちは。
騎士団や冒険者、いろんな人の力を借りて、みんなで立ち向かうことにした。
私とシュトレ王子、それから大切な仲間の力も借りて。
出来る範囲から少しずつ、倒していこうって。
もちろん、王国だけじゃなくて、ほかの国にも呼び掛けて。
どんなに時間がかかっても。
この世界から影を消していこうって決めたから。
ゲームの予言なんかに、絶対負けないよ!
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「クレナちゃん、大丈夫ですか?」
教室の机に顔をつけて倒れている私に、リリーちゃんが声をかけてきた。
「大丈夫。ちょっと疲れてるだけだから」
「例の婚約式の準備ですか?」
「うん、そうなんだけど……」
婚約式にむけて、覚えることが多すぎて。
おかしい……。
私、これでも一応、伯爵令嬢として教育受けてきたはずだよね?
こんなのゲームでは一言も出て事なかったんですけど!
めでたく結ばれてハッピーエンドで終わりだったよね!
まぁ……考えてみたら当り前なんだけど。
「もしお逃げるなるのでしたら、いつでもセントワーグ家においでくださいね?」
「ありがとう、リリーちゃん。でも頑張るから」
「そうですか……」
リリーちゃゃんは、少し残念そうな顔をした後。
ぴたっと頬をくっつけてきた。
首筋にかかる金色の髪が、すこしくすぐったい。
「王妃なんてきっとつかれるだけですよ? わたくしは、いつでもお待ちしてますわね?」
疲れてる心にしみわたる天使のような笑顔。
はぁ、ホントに天使だよね。
私が攻略対象なら、もう秒で恋に落ちてるよ。
「ちょっと、アンタ! どさくさに紛れて、なに自分の領地に案内してるのよ!」
後ろからジェラちゃんが近づいてきて、リリーちゃんを引きはがした。
「ちょっと、なにするんですか?」
「ねぇ、クレナ。本当に良いの?」
真剣な瞳で、ジェラちゃんが見つめてくる。
「学校の事? うーん。でも婚約式が終わった後は、さすがに通えないかなぁ」
「なにもこんなに早く決めなくても……アンタはもっと周りを見るべきだわ……」
「……ジェラちゃん?」
「な、なんでもないわよ!」
ジェラちゃんは真っ赤な顔をして顔を横に向けた。
……そう。
私は婚約式が終わったら。
魔法学校を離れることになる。
普通に中退なのかと思ってたんだけど。
飛び級扱いで、卒業なんだって。
そのかわり。
魔法学校の先生が王宮にきて、みっちり特訓することになっている。
これもゲームでは登場しなかった設定なんだけど。
でも、ありがたいなって思う。
少しでも……世界を救う力が必要だから。
「ほら、同じ王宮にいるんだし、いつでも会えるよ?」
「そ、そんなのわかってるよわ!」
ジェラちゃんは、ちらっとこっちを向いたあと。
つぶやくように話し出した。
「まぁ、あれよね。帝国も結局ゲームのようにラスボス使って攻めてこなかったわね」
「うーん。そうなんだよね……」
かみたちゃんに見せてもらった映像だと。
ラスボスはとっくに復活させてるのに。
由衣……なにをしたいんだろう?
「まぁ、帝国の第一皇女はクレナちゃんの前世の妹さんだよね。それならゲームと変わってても不思議はないよ」
ガトーくんがさわやか笑顔で話しに入ってきた。
茶色い髪を軽くかきあげる姿は、本当にかっこいい。
これで、軽い性格じゃなければ……絶対もてるのに。
「ほら、こんなにカワイイ妖精みたいなお姉ちゃんを、いじめたりしないでしょ?」
「ガトーくん。だから、そういうセリフ禁止!」
もう!
トルテ様、やっぱり。
ガトーくんは普通にタラシなだけだと思うんですけど!
ちなみに。
由衣……アリア様とは、あれから何度も手紙のやり取りをしてるけど。
ラスボスの話になるとはぐらかされるんだよね。
平和なのはもちろん嬉しいんだけど。
あの子思い込み激しいから……。
少し心配だよ。




