46.竜使いと妖精の笑顔
<<リュート目線>>
「ちょっと、聞いてるのリュート!」
「……ああ、聞いてるよ、アンネ」
僕たちは、法国の空を飛んでいた。
最初は小さなつぶやきのように聞こえたアンネローゼの声だけど。
今でははっきりと聞こえる。
他の人には聞こえないらしくて、どうやら念話にちかいものらしい。
……これもきっと。
あの人のおかげだよね。
胸にかかっているロケットをそっと開くと。
桃色の髪をした少女の姿絵が描かれている。
み使いから頂いたものを、魔法で小さく模写して入れたんだけど。
本当に。
……妖精のように愛らしい。
胸のドキドキする音が、自分の心臓じゃないくらい早くなるのを感じる。
この気持ちは一体……。
「リュート? なに私の上で他の女の姿絵みてるのよ!」
「な、なにをいってるんです!」
「はぁ~、もう。今日の散歩は終わりよ。降りるからね」
雲の上から見える景色は。
クレナ様とみた風景とは違って。
――星はほとんど見えない。
きっとあの満天の星空は、クレナ様のお力なんだろうな。
それに……あの時の美しい横顔。
いけない。
またアンネローゼが怒りそうだ。
「ホントに、いい度胸してるわよね、リュート……」
念話は相手の心を読んで会話する魔法のようなものだから。
今の僕の心は、そのままアンネローゼに筒抜けなんだよね。
そうか……。
アンネには伝わってしまうのか、この僕の不思議な気持ちが。
思わず顔が熱くなるのを感じる。
地面に着地する直前。
アンネローゼは急旋回すると、僕をふり落した。
「うわぁ! アンネ、ちゃんと着地させてくれよ!」
「知らないわよ。今後、乗っている時に他の女のこと考えるの禁止だから!」
他の女って。
クレナ様のことだよね?
「クレナ様には、アンネもお世話になっただろう?」
「うるさいわね! あれはあれ、これはこれよ!」
アンネローゼは顔を近づけたあと。
大きく首を横に向けた。
「なによ、私だって人化の魔法が使えるようになれば……」
アンネローゼは大きな羽根を広げると、塔の中へ入っていった。
**********
「おはようございます、リュート様。よく眠れましたか」
丸い眼鏡をかけた、小柄な少女がニコニコしながら覗きこんでくる。
「おはよう……ルシエラ。毎朝おこしに来なくても平気だよ?」
「そうはいきません! 法王様から直々にお願いされてるんですから!」
彼女の大きな動きにあわせて、栗色のみつあげおさげがぴょんと跳ねる。
朝から元気だな。
彼女はルシエラ。
小さい頃から一緒にいる幼馴染で。
彼女の家は、代々巫女として法王家に仕えている。
ルシエラ自身も巫女だ。
家同士のつながりで、彼女はずっと僕に仕えている。
同じ学校に通い。
生徒会に入って。
きっと、将来は僕を支える要職につくのだろう。
「そういえば、ルシエラ。まだ眼鏡してるんだね」
「え? 当り前じゃないですか?」
彼女の大きな眼鏡がきらりと輝いた気がした。
「ほら、王国の女の子から、魔法石をもらってたよね?」
王国では眼鏡がないらしい。
首から魔法石をかけて、魔力で視力を調整できるから。
「ああ、貰いましたけど。あんなの魔力の無駄です。使えるのは魔法王国くらいでしょ」
ルシエラは小さなため息をもらす。
「でも、神殿の魔力なら毎日補充できるんじゃないかな? なんなら僕から頼んで……」
「あはは、いやだなぁ。そんな特別扱い受ける気はありませんよ!」
――この国の魔力は、すごく弱い。
なかなか魔道具に魔力もためられないし。
人の魔力の回復も、すごく遅い。
神殿とその周囲だけは、特別な魔力が流れていて。
魔力を蓄えることが出来る。
だから。
みんな魔道具を神殿に持ち込んで、その感謝の祈りを聖竜にささげているんだ。
「別に眼鏡で不自由はしてませんので! さぁいいから準備をしてください。私は先にいきますからね」
ふと、彼女の目線が。
壁に飾ってある姿絵に、まるで吸い込まれるよう動いた。
まずい!
昨日の夜、上から布をかけるのを忘れていた!
「……うわぁ、これクレナ様ですよね?」
彼女は、目を輝かせて姿絵の前に立つと。
両腕を組んで祈り始めた。
「聖竜様。朝から素敵な姿絵を見せて頂きましてありがとうございます」
僕は恥ずかしくて沸騰しそうな頭を回転させて。
どう説明しようか考えていた。
……無理だ。
どんな言い訳も……自分の気持ちに嘘をつく気がする。
「で、なんでこの部屋にクレナ様の姿絵が飾ってあるんです?」
ルシエラは、にやにやしながら僕を見つめてくる。
「それは……」
「もしかして、好きなんですか?」
「……」
ダメだ。この気持ちを話すことが出来ない。
好きという言葉だけでは。
とても伝えられない気がする。
「あー、でもあの人、王国の第一王子の婚約者らしいですよ?」
僕は顔を上げることができなかった。
「わかってるさ。でも、想うくらいは……いいじゃないか……」
わかってる。
知っているさ、そんなこと。
でも。
初めて姿絵を見た時、美しい妖精のようだと思った。
まるで。
まるで、僕の理想を詰め込んだような姿に息をのんだ。
こんな人は存在しない。
このみ使いを名乗る悪魔に、からかわれてるんだろうと。
その時は思ったのに。
だけど。
飛行場でみた彼女は、同じ姿をしていて。
目をはなすことが、出来なかった。
彼女の美しい横顔。
透き通るような可愛らしい声。
よく動く柔らかそうな小さな唇。
太陽のような微笑み。
彼女の優しさも。
アンネや僕にたいする心づかいも。
聖竜に会うことのできる不思議な力も。
全てが……たまらなく愛おしい。
「はぁ、いいですけど。外でしゃべるのはやめてくださいね。外交問題になりそうなので。あとキモイ……」
……。
………。
「ちょっとまって、なんで僕が気持ち悪いんだよ!」
「だって、婚約者がいるんですよ? 普通にキモイでしょ?」
幼馴染だからって。
少し遠慮がなさすぎじゃないか?
あらためて反論しようと、顔をあげると。
ルシエラが、赤い顔をしてうつむいていた。
瞳が少し潤んで……もしかして泣いている?
「少しは周りもみなさいよ、バカ……」
「……ルシエラ?」
「いいから、早く準備しなさいよ!? 遅れてもしらないから!」
彼女は、部屋をでると、大きな音を立てて扉を閉めた。
……なんだったんだ、一体。
僕はあらためて、壁にかかっているクレナ様の姿絵を見つめる。
姿絵の彼女は、可愛らしい笑顔で笑っている。
この笑顔を。
……僕だけのものにすることは……出来ないだろうか。
僕のもっている……。
すべてと引き換えにしてもいいから。




