45.王妃様と受け継いでいくもの
<<トルテ王妃目線>>
私は、自分の部屋のソファーに座っていた。
淹れてもらった紅茶をゆっくり味わおうとしても。
なんだか、そわそわして落ち着かない。
――今日は、大切な来客があるから。
扉をノックする音が部屋に響く。
……来た!
……来たわ!
「トルテ様。よろしいでしょうか」
「ど、どうしましたか?」
「クレナ様をお連れしました」
「わ、わかりました。扉を開けなさい」
部屋の扉が開いて。
薄桃色のふんわりとした髪。
大きな赤紫の瞳。
妖精のように可愛らしい女の子が入ってきた。
本当に、私の大好きだった『赤い槍』レディナによく似ている。
「トルテ様、お久しぶりです」
可愛らしい声でそう言うと、スカートのはしをつまんで軽くお辞儀をする。
「お久しぶりね、クレナちゃん。さぁ、座って」
「ありがとうございます。失礼します」
彼女は可愛らしい笑顔で、私の前に座った。
ふわりと桃色の髪がゆれて、甘い匂いが伝わってくる。
はぁぁ、なんて幸せな時間なのかしら。
いけない!
そんなことの為に呼んだんじゃなかったわ。
今日は大事な用事があってきてもらったのだから。
「クレナちゃん。アナタに大事な話があります」
「ハイ」
クレナちゃんは、真剣な表情で私を見つめている。
普通ならここで。
王妃の心構えとかを話すんでしょうけど。
今から話すことは、もっと大切な。
この世界に関すること。
とても信じては……もらえないだろうけど……。
「クレナちゃんは、初代星乙女が別の世界からきた『転移者』だったことは知ってるのかしら?」
「はい、知っています」
まぁ、これは有名だものね。
ということは、別の世界があることは知っているってことよね。
じゃあ、これは知ってるかしら。
「異世界からくる人は、『転移者』だけじゃないのよ。向こうの記憶をもって生まれてくる人もいるのよ」
クレナちゃんの紅茶を持つ手が止まった。
少し首をかしげて、不思議そうな表情をして私を見ている。
「こ、こちらの世界に生まれ変わるから『転生者』っていうんだけど、知ってたかしら?」
まずい。
ひかれたかしら?
でも、話さないといけないから。
私が知ってることを全部、子供たちへ。
信じてくれなくても、頭の片隅に残ってくれれば。
次の言葉をどうつなごうか、少し悩んでいると。
彼女は、予想外の言葉を口にした。
「……知ってます」
「……え?」
「『転生者』ですよね? 知っています……」
知っている?
転生者を?
……どういうことかしら。
でも、知っているなら話が早いわ。
「クレナちゃん、信じてもらえないかもしれないけど、聞いてね」
彼女はゆっくりと頷いた。
「私は、前世の記憶があるの。そして……この世界の未来も……知っているのよ」
部屋が沈黙につつまれる。
私はうつむいて、顔を上げることが出来なかった。
魔物が増えていく一方で、空の星が失われていく世界。
やがて。
帝国は影の軍団を率いて王国をせめてくる。
星乙女と攻略対象がラスボスを倒せれば世界は救われるけど。
負けた時には……。
迷ってる場合じゃないわね。
この子達の未来の為にも。
いざとなったら、魔法で予言したとか言っておけばいいのよ。
ゲームの内容を話そうと顔をあげると。
クレナちゃんは、絵本に出てくる妖精のような微笑で。
信じられない言葉を口にした。
「トルテ様。『ファルシアの星乙女』というゲームをごぞんじですか?」
**********
<<クレナ目線>>
王妃トルテ様から呼び出された私は。
信じられないような話を聞いていた。
「まさか、クレナちゃんも……転生者なの?」
「トルテ様も……?」
だって。
トルテ様は、シュトレ王子のお母様なのに。
転生者って。
「クレナちゃんも、ファルシアの星乙女を遊んでたの?」
「わ、私は。妹が遊んでいたのを横で見てただけなんですけど」
トルテ様は。
目を大きくしてビックリしたまま固まると。
やがて、大きな声で笑い始めた。
「そう。そうなのね。初めて会った転生者が息子の婚約者だなんて……」
「ト、トルテ様?」
「それでクレナが女の子だったのね、なるほどね、色々納得したわ!」
えええ!?
確かにクレナが男キャラじゃなかったのは私の影響みたいだけど。
色々ってなんだろう。
まさか、『ゲームの知識でウチの息子を攻略したでしょ』。
みたいなこと?
私が慌てて何か喋ろうとしたら。
トルテ様が私の唇に指を押し当てた。
「ちがうわよ、クレナちゃん。婚約はウチの息子から言い出したんだから! あの子の一目ぼれよ」
もしかして、表情を読まれた?
恥ずかしい……。
「あのね、クレナちゃん。シュトレってゲームではオレ様キャラだったでしょ?」
トルテ様は可愛らしい表情で、クスクス笑っている。
「そういわれてみれば……ゲームではそうでしたね」
「アナタに会う前のシュトレは、ゲームと同じようにオレ様だったのよ?」
出会ったころのシュトレ王子は。
確かに……ゲームのキャラと似てた気が……する。
「それがね、今ではすっかり紳士みたいなしゃべり方じゃない? あれはね……」
「はい……」
タルト様が知っている、シュトレ王子の秘密。
思わず身を乗り出して聞いてしまう。
「オレ様風のしゃべり方は、クレナが好きじゃないからですって!」
……え?
ええ?
ええええええ?!
確かに……オレ様キャラって好きじゃなくて。
ゲームのシュトレはちょっと苦手だったけど。
でもそんな。
思わず、頬に熱がこもる。
きっと今……顔が真っ赤だ。
「ほかにもね、ジェラも、ガトーもアナタに会ってから変わったわ」
ジェラちゃんとガトーくん?
私は両頬を押さえたまま、トルテ様を見つめた。
「ジェラは、ゲームと違って少し人を寄せ付けない子だったのに、今ではすっかり可愛らしくなったわ」
「それは、ジェラちゃんが……」
いけない。
ジェラちゃんが転生者なことは、伝えるなら本人からじゃないと。
「あの子ね、あなたの話になると、顔を真っ赤にしてしゃべるのよ。もう、可愛くて!」
……ジェラちゃん?
真っ赤にって、一体何を話してるのさ。
私の失敗談とか?
「それにね、ガトーも変わったわね。あの子はゲームと同じように自信なさそうな子だったわ」
え? あのガトーくんが?
「今ではすっかり恋する男の子で。見ててとても嬉しいわ」
ガトーくんが恋?
思わず首をひねる。
「ガトーくんのは恋っていうか。女の子にならだれでも……」
「あら? ガトーがアナタ以外にあんな態度とったかしら?」
だってすぐに歯の浮くようなセリフしゃべるから。
誰にだって……。
あれ?
私以外に……あんあセリフ……。
「ううふ、私から言えるのはここまでよね。少しおせっかいだったかしら?」
待って。
じゃあ、恋する男の子って……。
うそ……。
混乱する私に、トルテ様が優しい声で話しかけてくる。
「ねぇ、クレナちゃん。これを受け取って」
トルテ様は、見覚えのある木箱を私に手渡した。
箱は、王家の紋章が美しく装飾されている。
「え? だってこれは……」
この箱は。
地下室のカギが入っていたはず。
――代々王様と王妃様が受け継ぐ秘密のカギ。
「受け取れません。今はまだ……」
慌てて、返そうする私に。
王妃様は静かにほほ笑んだ。
「ねぇ、クレナちゃん。私が知ってる限りで、ゲームと一番変わっているのはアナタよ」
その真剣な瞳に、思わず息をのむ。
「私には、これくらいしかできませんけど。星乙女のあなたならきっと……」
受け取った木箱が、急に重くなった気がした。
……トルテ様は。
託してくれたんだよね。私に。
「わかりました、お預かりしますね」
トルテ様は、私の言葉を聞いて、嬉しそうに手を握ってきた。
「よかったわぁ、全部お話しできて。実は変な人だと思われたらどうしようって思ってたのよ」
「わかります! こんな話できないですよね」
私は、ジェラちゃんやガトーくんがいてくれたから。
前世の話が普通にできたけど。
やっぱり、前世の話とかしたいし。
悩みも共有したい!
「ああ、まさか娘が転生者なんて夢みたい。いろんな話ができそう。本当に嬉しいわ」
「あのまだ……娘じゃないです」
「もう、うちの子みたいなものよ!」
魅力的な瞳でウィンクしてくる。
トルテ様は……本当に魅力的なひとだなぁ。
さすが、シュトレ様のお母様。
「ところで、クレナちゃんの妹さんは、昔のゲームが好きだったのかしら?」
トルテ様の言葉に、大きく首を振る。
「……そう……そうなのね」
トルテ様も気づいたみたいで、考え込むような仕草をした。
きっと転生は……。
誰に生まれ変わるのか。
どんな性別になるかもだけじゃなくて。
生まれる時代も……ランダムなんだ。




