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1cmの距離  作者: 海堂莉子
88/90

第88話:ノート

由菜は、部屋でかつていつも辰弥と並んで座っていた場所に腰をかけ、ノートを開いた。

このノートをこの場所で読むのが由菜の日課となっていた。ぱらぱらとページをめくり、あるページで止めると目を落とす。

このノートは、辰弥の日記なのだ。



あの事故から半月から1か月くらいたった頃。伯母さんがうちにひょっこり顔を出した。


「由菜ちゃんに貰って欲しいものがあるの」


伯母さんはこう切り出し、このノートを由菜の前に差し出した。何の変哲もないただの使い古したノートに由菜は首を傾げた。


「それ……辰弥の日記なのよ。辰弥が由菜ちゃんを好きだと気付いた日からつけていたみないなの。貰ってくれるかしら?」


「私が……、私が貰ってもいいんでしょうか?」


由菜は、ぼんやりとそのノートを見つめて、そう口に出した。


「由菜ちゃんが持っていた方があの子喜ぶと思うの。それに、由菜ちゃんの事ばっかり、いいえ由菜ちゃんの事しか書いてないのよ」


由菜は、伯母さんの顔を見上げた。伯母さんは少し寂しげに、でもとても美しい笑顔を浮かべていた。


「じゃあ、いただきます」


伯母さんはさらに少しだけ微笑むと、すぐに難しい顔をした。言葉にしようかやめようかと悩んでいる風に見えたが、結局一つ溜息をついてから伯母さんは口を開いた。


「由菜ちゃん、辰弥の事忘れてくれても構わないのよ? あなたにはあなたの未来があるんだから…」


伯母さんが由菜の為を思ってそう言ってくれてるのが十分に伝わって来た。その心遣いがとても嬉しかった。


「伯母さん、私の事気にかけてくれて本当にありがとう。だけど、私は辰弥が好きなんです。やっと素直に言葉に出来るようになったんです。それなのに、私はまだ辰弥にそれを伝えていない。悔しいんです……。辰弥の事、忘れるなんて私にはとても出来ない。好きで…いたいんです。辰弥だけを……、好きでいさせて下さい」


「それで本当にいいの?」


「それが、いいんです」


伯母さんは苦笑を一つ洩らし、こう言った。


「分かったわ。私はもう何も言わない。辰弥は幸せね、由菜ちゃんにこんなに想われて。でも、これだけは約束して欲しいの。ご飯をきちんと食べる事、ちゃんと睡眠をとる事、思いつめない事。この3つよ。3つ目は今の由菜ちゃんには難しいかもしれない。だけど、最初の2つはとても簡単な事よ。こんな簡単な事も今のあなたにはちゃんと出来ていないでしょ?」


由菜は真剣に心配してくれている伯母さんに真剣に答えるべきだと思い、深く思いのこもった気持ちで「はい」と頷いた。

その日から由菜は、辰弥の日記を読むのが日課となった。



*****


○月×日


今日、僕は自分の気持ちに初めて気付いた。お母さんが言うには、この気持ちは恋というものらしい。何だか変な感じだ。


*****


辰弥が初めて綴った日記には、由菜を好きになった時の事が書かれていた。小学生なだけあって、やはり幼い字をしている。卒業文集を見ている気分だ。最初の頃の日記は、文がとても短く、だいたい1、2文程度で簡単なものが多い。

由菜は、ぱらぱらとめくり。適当なところで止めた。



*****


◎月○日


今日、初めて由菜と出かけた。正直、余裕があるふりをしていたけど、俺にとってこれが女の子と行く初めてのデートだったし、相手が大好きな由菜だったので、心臓がばくばくいって死にそうだった。

公園で、猫を拾った時に俺が好きになったあの瞳をしていた。由菜は昔と全然変わらないんだと思ったら何だか嬉しくなった。外見は、より一層奇麗になって大人っぽくなっていたけど、本質は変わらないんだな。それが、なんだか無性に嬉しかった。

今日は、由菜に感謝しなきゃならない。俺が本当にピアノが好きなんだって気付かせてくれた。由菜とこんな風に一緒に弾く機会がなかったら、俺はもしかしたら一生気付かづにいたかもしれない。

とにかく楽しかった。由菜の歌声も奇麗だった。あの声を録音して一生聞いていたいくらい。

俺は今日という日を絶対に忘れないだろう。由菜にとったらどうって事のない一日なのかもしれない。それでもいい、俺にとっては最高の一日だった。



*****


由菜は、辰弥のノートを指でなぞった。ノートには幾多の染みが残っている。このページを読んで、由菜が涙を流した後が…。初めて読んだ時に我慢出来ずに流れて来た涙。止める事など到底出来なかった。

由菜は、さらにページをめくる。



*****


5月15日


今日は、由菜の誕生日。今日由菜は18才になった。好きな人の誕生日でなければ何の変わり映えのない平凡な日なのに、由菜の誕生日ってだけでこんなにも特別な日になる。

由菜が、俺の隣で赤くなったり下向いたりそんな反応がとても愛おしくて、ついついいじめたくなるんだ。俺の言葉で、ドキドキしてくれてるのかな? 俺の態度で、赤くなってるのかな? そうだといいんだけど。由菜は知らないだろう、由菜の態度一つで俺はこんなにもドキドキしてしまえる事を。こんなにドキドキするのは、由菜といる時だけだ。

由菜、産まれてきてくれてありがとう。神様、由菜と出逢わせてくれてありがとう。



△月×日


今日は、俺の誕生日だ。俺の誕生日を知らなかった由菜は、慌ててて、可愛くて面白かった。

俺はプレゼントなんていらないんだ、ただ由菜さえ隣にいてくれれば俺はそれだけで幸せなんだ。

由菜が留学するって叔母さんに聞いてしってたけど、本人から聞かされるとまた別の意味でずしってくる。俺は、由菜には夢を叶えて欲しいって心から思う。だから、行くなとは言えない。言っちゃいけないんだ。それだけは。

今日、俺は一つの賭けをした。もし由菜に俺が好き?って聞いて、首を縦に振ってくれなかったら、もうこの想いは封印しようって思っていた。だけど、由菜は俺の気持ちに応えてくれた。由菜の中でどんな葛藤があったのかは分らない。それでも俺の気持ちに応えてくれた由菜が愛おしくて、初めてキスをした。

俺が初めて誰かと気持ちが通じ合った日。どんな物より、最高のプレゼントを貰った。ありがとう、由菜。


*****


あと多分2、3話くらいで終わるんじゃないかと思います。

最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

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