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1cmの距離  作者: 海堂莉子
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第82話:偶然の再会

翌日は、昨日とは一変4月中旬くらいのぽかぽか陽気だった。

やっと春らしくなったのかと思うとそれだけで嬉しくなった。


あの日と同じように10時くらいに家を出た。

あまりの暖かさにスキップしたくなるほどだったが、それは何とか理性で押える事に成功した。昨日のあの真冬の様な寒さがまるで嘘だったんじゃないかと思うくらい極端に冬から春に一日で季節が変わってしまったようだ。

隣で歩く辰弥は、日差しが眩しいのか目を細めている。

今日は、皆コートなど脱ぎすてていた。

途中で通り過ぎた公園では、子供が元気よく走りまわっている。それを追いかけるお父さんがもうへとへとにへばっていた。

その他にもバドミントンをしたり、キャッチボールをする親子や、ただただ日向ぼっこをしている老夫婦、ベビーカーの中ではしゃぐ赤ちゃんと公園の中は、とても賑わっていた。

街も同様に賑わっていて、人混みに入るとうっすらと汗が滲んでくる。


映画館に着くと、あの日と同じ会場で上映されている事が分った。

それならばと、同じ席に座ろうとした。辰弥も同じ考えだったらしく、二人は顔を見合せて笑った。辰弥が座った席まで覚えていてくれた事に心が揺さぶられ、涙が出そうになった。二人は、その席に運良く座る事が出来た。周りは結構込んでいて席が埋まっていたが、その二つの席だけは、ぽっかりと空いていた。

映画は想像していた以上に良い作品だった。

アクションはやはり映画館で見るのが一番だ。あの日もこんな感想をここで感じた様な気がする。

三国志が好きな辰弥もこの映画には満足だったようだ。

映画館を出て、歩きながら映画の話をする。あのアクションが素晴らしかったとか、あのシーンが感動した、あの俳優は恰好良い、あのキャラクターはいい味出してた、映像が凄く奇麗だった、あれはどういう意味だったんだろうなどと二人の会話は途切れることなく続いた。

話に熱中しながら、歩いていた為目的のハンバーガー屋は瞬く間に着いてしまった。

ハンバーガー屋でハンバーガーをテイクアウトし、あの公園へと向かった。

あの時と同じ道を辿る。秋に来た時とは違い、木には蕾がつき始めていた。同じ道でも季節が違えば、その表情は全く違う物になる。秋には、徐々に葉っぱが色づき始めていたが、今は緑が芽吹き始め、たんぽぽはもう咲いている物まである。ちょうちょがたんぽぽにとまり、みつを吸っている。由菜は、きょろきょろとまるで知らない道を歩いているように、いたる所にある春を発見していた。

公園に入ると、同じベンチに座り、ハンバーガーを食べ始める。

季節も、立場も状況もそれぞれの感情もあの時とは違うのに、あの日にタイムスリップしてしまったようなそんな感覚におそわれた。

あの日は黒い雲が近づいて来ていたが、今日の空は雲一つなく、透き通っているようだ。雷なんかないにこしたことはない、由菜は今日の空を見上げ、ほっと息を吐いた。

ハンバーガーを食べ終えると、少し食後の休憩とぼんやりと日向ぼっこをした。

すると、どこからか猫の泣き声が聞こえた気がした。由菜はびっくりして辰弥を見ると、辰弥も泣き声が聞こえたらしく、由菜と目があった。二人は無言で耳をすまし、鳴き声が本物であるのか、本物であったならばその出元はどこであるのかを探ろうとした。

これはデジャヴなのだろうか。あの日とまるで同じ状況に由菜は軽い眩暈を起こした。それを辰弥はしっかりと受け止めてくれた。由菜は両肩を掴まれ、瞬時に意識ははっきりしたものに戻り、そしてそれと同時に掴まれた肩から体が熱くなるのが分った。ありがとと、由菜は呟いた。辰弥が触れている肩に集中するあまり、目の前に現れたものがなんのなのかすぐには理解出来なかった。

それを見て、由菜の瞳孔は徐々に大きく開かれていった。


「辰弥」


由菜が辰弥の名を呼ぶと後ろからうんという声が聞こえた。

由菜と辰弥の前に現れたのは、白い猫だった。そして、その後ろから、子猫が3匹出て来た。2匹は白色で、1匹はグレー色をしていた。


「みゅう?」


みゅうは、ジュディが現れてから姿を現さなくなり、ジュディが戻った後もみゅうが帰ってくることはなかった。みゅうが全く帰って来なくなり、由菜は近所をくまなく探したが出て来なかった。みゅうの写真のついた張り紙を貼ったりもしたが、みゅうは見つからず、どこかで事故に合ったのかもしれないと諦めていた。

想像もしていなかった突然の再会だった。

みゅうは、昔みたいに由菜の元に近寄って来て、由菜の足に絡まり付いた。


「みゅうなのね? 本当にみゅうなのね」


由菜はその場にしゃがみ込み、みゅうの体を優しく撫でてやった。


「こんなとこまで来てたの? 探したんだよ」


みゅうはみゃあと一声鳴いた。ごめんねと言っているように。

何故みゅうはこんな所にまで来てしまったんだろう。ここは人間の足でも大分遠い。みゅうはこの場所を覚えていたのだろうか、それともたまたま迷い込んだのがここだったというだけだろうか。


「みゅう、お母さんになったんだね」


みゅうは、由菜を見上げてみゃあと得意げに鳴いた。


「由菜、みゅう連れて帰る?」


辰弥のその言葉を聞いて、由菜はみゅうの目を見つめた。


「みゅうはお家に帰りたい?」


そう問いかけた。みゅうは、由菜の目を見つめてみゃあともう一度鳴いた。由菜には猫の言葉はわからない。だが、今みゅうはここにいる事を選んだと由菜には理解出来た。この子達をここで育てたいのだと。

由菜はみゅうの子猫たちを撫でた。子猫たちは最初体を強張らせていたが、みゅうに見守られて安心したのかぐるぐるとのどを鳴らした。

本当ならば、家に連れて帰りたいが、みゅうの考えを尊重したいと思った。この公園は、みゅうにとって大切な場所なのかもしれない。ここにみゅうの母親の記憶が残っているのかもしれない。


「みゅう、またね。私これからちょっと遠い所に行かなきゃならないから来れないけど、帰って来たらまた会いに来るね」


みゅうは、みゃあと鳴いた。みゅうは恐らく由菜の言葉を全て分かっているのだろう。


「辰弥、行こう」


由菜は、立ち上がり辰弥にそう言って、辰弥の腕を引っ張った。


「いいの?」


「うん、みゅうは大丈夫。みゅうはここにいるって決めてるから、無理やり連れてはいけないよ」


由菜は歩き出した。少し遅れて辰弥もついて来た。

公園の出口に来た時、由菜はもう一度みゅうがいた方へ振り返った。

みゅう親子は、私達を見送るように、ちょこんと座ってこちらを見ていた。みゅう、またねと、心の中でそう言った。みゅうにはきちんと届いている気がした。みゅうがみゃあと鳴いた気がした。


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