第81話:あの日
卒業式が終わり、教室に戻ると、最後のホームルームが始まった。
最後のホームルームなんていうと、金八先生みたいに一人一人言葉をかけて貰って、全員大泣き「先生ぇ〜」なんて抱き合ったりする所か、はたまたヤンクミみたいに土手なんかを「おいお前らあたしについて来な〜」の言葉で全員走り出すなんていう場面を想像するが(いや誰もしないですよね)、うちの担任の先生は、とっても照れ屋なものだから、そういうのはとても苦手。
ただ最後の通知表と記念品を一人ずつ渡していく際に「おめでとう」と、一言だけはかけてくれた。
あっさりとしたホームルームが終わると、教室にはまだ皆と離れ難く、写真を撮ったり、話で盛り上がったりと殆どの人が残っていた。
加絵は真っ赤な目をしてはいたが、漸く涙は止まったようだ。一通りクラスメイトとの別れの挨拶と記念撮影を終えると加絵と隼人と共に外に出た。
外にもまだ、学校との別れを渋っている人たちが多く集まっていた。由菜は歩くたびに声をかけられた。その殆どが「辰弥君と仲良くね」というものだった。なんとなく、見覚えのない人からも声をかけられていたように思う。それでも、由菜は皆と挨拶を交わした。
歩いては呼び止められ、歩き始めればまた呼び止められして漸く正門の前に辿り着いた時、正門の脇で辰弥が立っているのが見えた。
「辰弥。ごめん、待ったでしょ」
「まあね」
辰弥は、私服で来ていた為、中に入るに入れないで、ここでひたすら待っていてくれた。
恐らく知っている人に声をかけられたり、からかわれたりして恥ずかしかったんじゃないかと思う。それでも、そんな事はおくびに出さずに、優しく迎えてくれた。
正門を一歩出た時、由菜と加絵、隼人の三人は校舎を振り返り、
「「「三年間、お世話になりました!!!」」」
そう言って、深々と頭を下げた。頭をあげた時、三人は笑顔だった。
周りにいた人は、驚いていたが、みんな面白そうに笑っていた。面白がって自分たちもやろうと相談しているグループもいた。
由菜は、清々しい気分だった。もう悲しむことはない。これからは前を見るのだ。未来への希望の表情が浮かんでいた。
辰弥は、そんな三人を楽しそうに見ていた。
「俺も卒業する時やろうかな、柏木と」
そう言ってからからと笑った。
駅に着いた時、名残惜しいが、加絵と隼人と別れた。
加絵は、まだ由菜は出発まで間があるから会う事もあるだろうに、大泣きしていた。今こんなに泣いたら、本当の別れの時にはどうなってしまうんだろうと、少し心配になるほどだった。
そんな加絵を隼人は優しく慰めていた。あまり、人前でいちゃいちゃしたりする二人ではないが、こんな二人を見て由菜はとても嬉しくなった。
二人と別れて辰弥と並んで歩いていた。
「由菜、明日どっか遊びに行こうよ」
辰弥は唐突にそう切り出した。真っ昼間の女子高生と私服の少年。周りの人たちはどんな二人だと思っているんだろう。先程から、見知らぬおばさんがちらちらとこちらを窺っている。学校をさぼったと思われているのかもしれない。
でも、見ておばさん、私の手には卒業証書が入った筒があるじゃない。だが、そうテレパシーで送ってみたところでおばさんには絶対に届かないし、おばさんはただ二人の関係を想像して楽しんでいるだけなんだろう。
「由菜、どうした?」
見知らぬおばさんに気を取られてぼんやりしていたようで、辰弥は不思議そうに首を傾げていた。
「ごめん、全然何でもない。明日の事でしょ? うん、そうだね。どっか行こう」
慌ててそう言うと、辰弥は嬉しそうに、満足そうに頷いた。
「由菜は、どこか行きたい所ある? 」
辰弥にそう問われた。これは恐らく日本を発つ前の最後のデートになるんだろう。それならば……。
「私達が初めて出かけた場所覚えてる?」
「映画見て、公園でハンバーガー食べて、みゅう見つけて、雷が鳴って来て走って俺ん家に行って、ピアノ弾いて由菜は歌った。全部覚えてるよ」
辰弥がすぐにすらすらと私達があの日やった事を話してくれたのを見てとても温かい心になった。特別だと思っていたのは自分だけではなかったんだ。
あの日、初めて辰弥と二人で出掛けた。まだ、辰弥に心なんて開いていなかったけど、あの日を境に私達の関係が始まったんだと思う。由菜にとって、始まりの日。あの日、辰弥と一緒に見た映画も、一緒に食べたハンバーガーも、一緒に拾ったみゅうも、一緒に演奏した曲も由菜にとっては宝物だった。
「覚えててくれたの?」
「もちろん。由菜との事は何一つ忘れないよ。あの日は俺にとってすべての始まりだったと思ってる」
由菜と同じ事を考えていたんだと思って、驚き、感動した。由菜は辰弥の顔を見上げると全て分かってるよっていう笑顔がそこにはあった。
「あの日と同じ所に行きたいの。あの日見た映画はもうやっていないし、みゅうには会えないかもしれない。それでもあの日と同じ事をしたい。出来る限り……」
「いいよ。そうしよう」
うん、と由菜は大きく首を縦に振った。
「明日は、何の映画が見たい?」
「あの映画館で何やってるのか、帰ったら見てみよ」
由菜は辰弥を見上げ、微笑んだ。
家に帰った二人は早速雑誌を開き、あの映画館で何を上映しているのかを調べた。
「『レッドクリフPART2』なんていいんじゃない?」
由菜は、写真を指さして辰弥に聞いた。この映画のPART1はDVDで二人で見ていた。辰弥が三国志をとても好きだというのも知っていたので、見たいんじゃないかと思ったのだ。
「俺は凄く見たいと思うけど、由菜はこれでいいの?」
「全然いいよ。PART1面白かったし、PART2が完結編なんでしょ?」
「うん、そうらしいね。じゃあ、これにする?」
「うん」
由菜は、頷いた。由菜は、辰弥の顔を見ると、辰弥も由菜を見ていて目があった。一瞬どきんとしたが、すぐに微笑んだ。それに応えて辰弥もひまわりの様な笑顔を惜しげもなく見せてくれた。




