第8話:いたずら
辰弥の話によると、大分前から辰弥の両親はその事実を知っており、恵子叔母さんからうちの母に洩れたようだ。辰弥が居候するようになってから、何度となく『頑張れよ。』だとか『由菜をお嫁さんにしてやってね。』などと言われていたらしい。由菜のいない所で繰り広げられていたこれらの会話。若干気分が悪い。うちの母が辰弥に何か余計な事を吹き込んでいるのではないかと不安がよぎる。
「ね?だからデートしようよ。」
と考え込んでいた由菜の顔を覗き込む。
「辰弥、受験生でしょ?遊んでる場合じゃないんじゃない?」
なんとか抵抗を試みてみるのだが、
「たまには息抜きしないと勉強も頭に入らないだろ?」
と軽く返されてしまう。由菜はしばし悩んだが、息抜きに付き合ってあげるくらいなら良いだろうと思うことにした。
「分かった。映画だったら付き合ってあげるよ。」
由菜はちょうど見たい映画があったのでそう提案した。
「何か見たい映画があるの?」
「うん、今CMでよくやってるヴィルスミスの『ヘンコック』。あれが見たいんだけど・・・。」
由菜は映画が好きで、暇な時など一人でもふらりと出掛けるほどだ。コメディーやサスペンス系の物も好きだが、最近はアクション物にハマっている。やはり、家で見るのと、映画館で見るのとでは、迫力が違う。由菜はあの音が心臓を揺すぶる感じが好きなのだ。
「あ〜、あれ面白そうだよね。じゃあ、いつにする?由菜は今度の日曜日とか空いてる?」
「うん、良いよ。日曜日にしよ。」
話が決まった所で、時計を見ると、10時少し前だった。由菜はお気に入りのドラマを見る為、階下へ向かった。
辰弥は、由菜が階下へ降りて行くのを見送った後、由菜の机の上に置いてあったノートに何かを書き込んだ。そしてそれを見て満足気に微笑むと、ノートを閉じてから、階下へ降りて行った。
翌日、由菜は学校で退屈な授業を受けていた。後頭部のてっ辺が禿げて来ているくたびれた感じのする先生が、黒板に板書し始めたので、のんびりとノートを開いた。ノートの隅に見慣れない何かが書いてあるのを素早く見つけた。それが、何かを理解した瞬間、由菜は慌ててノートを閉じた。その時生じた音が、思いの外大きく、クラス中が由菜に注目した。やってしまったと後悔したが時既に遅し・・・。
「お〜い、太田どうした?」
申し送れましたが、太田とは由菜の苗字です。ちなみに辰弥の苗字は村上であります。
「えっっと、あの・・・その・・・、蚊です。蚊がいたもので・・・。すみません。」
クラス中が騒がしくなった。『なんだ蚊かよ〜。びっくりさせんなよ。』、『心臓止まるかと思った。』などと皆思い思いの事を隣近所で話している。
「お〜い、それ位にして、授業続けるぞ。太田もあんまり大きな音出すなよ。」
「はい、すみません・・・。」
由菜は恥ずかしくて、顔から火を噴きそうだった。ちらっと加絵の方を見ると『ドンマイ』と声には出さずに言っているのが見えた。
授業が続行したので、由菜は再度ノートを開いた。そこには辰弥が書いたと思われる落書きが書いてあった。相合傘が書いてあり、左には由菜、右には辰弥と記されている。そして相合傘の上には、殊更大きな字で、『LOVE YUNA』とあった。
由菜は改めてそれを見て、他の人にはバレないように、クスッと笑った。




