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1cmの距離  作者: 海堂莉子
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第79話:希望

「美味しい」


そう言って、嬉しそうに食べる辰弥にホッとしていた。


「辰弥は、学校でチョコ貰った?」


由菜は、何の気なしに尋ねたのだが、辰弥は少し気まり悪そうな顔をした。


「ごめん、由菜。手渡されたのは由菜がいるからって断ったんだけど、ロッカーとか靴箱とか机に入れられてたのは、誰からのか分らなくて返せなかった」


申し訳なさそうに辰弥はそう言った。由菜は、それについてはさほどショックを受けていなかった。辰弥がもてるのは今に始まった事でもないし、由菜とてその子達の気持ちが分らないでもない。

チョコをあげたいという気持ちをむげにする事は出来ないだろうと思っていた。


「別に大丈夫だよ。気にしなくていいのに」


「そうだ、俺一人じゃ食べきれないから、由菜も一緒に食べてくれないかな」


「そんな私が食べていいのかな」


大丈夫と言って、辰弥は何やら大きな紙袋を抱えて持って来た。辰弥は、その中からおもむろに一つ摘み上げ、由菜に渡した。由菜は、ちらりと紙袋の中を見てみると、その中にぎっしりと可愛らしいラッピングをした小さな箱が入っていた。想像以上の数に由菜は少々目を丸くしていた。確かにこれでは食べきれないのかもしれない、でも由菜が食べていい代物ではないように思う。まだ、義理チョコだっていうなら由菜が食べても許されるのかもしれない。だが、この中には、確実に本命のチョコが多数入っているに違いないのだ。外見を見ただけでは、由菜にはこれが義理なのか、本命なのか判断しかねた。由菜は、渡されたチョコを開ける勇気が持てずに、ただぼんやりと辰弥が他の包装紙を開けているのを見ていた。

辰弥が、包装紙を丁寧に開けると、中にはメッセージカードが入っていた。由菜は、辰弥の手元を見ていたので、そのメッセージに書かれた言葉をばっちりと見てしまった。


『辰弥君が好きです。太田先輩がいるって分かっていても、どうしようもないくらい大好きです』


カードには、そう書かれており、中に入っているチョコは恐らく手作りの様だった。

こんなカードが入っているかもしれないとは予期はしていたが、実際見てしまうと気持ちのいいものじゃない。その女の子にも見てしまった事を申し訳なく思うし、由菜とてどんなに辰弥が好きだと言ってくれていても嫉妬はする。そのカードを見て、不安になるのだ。もてる人を好きになってしまったのだから仕方ないとは思うが、こういうのを見るとやっぱり不安で仕方なくなる。

辰弥を本当に好きだと思っている女の子は由菜だけではないのだ。その中で、たまたま由菜を好きになってくれた。でも、いつそれが変わるかは分らない。もしかしたら、積極的な女の子に心を奪われる事だって無きにしも非ずなのだ。

それでも、不安という感情よりも強い気持ちが今生まれようとしていた。

辰弥をちらりと見上げると、ばつが悪いというような気不味い顔をしていた。


「辰弥、やっぱり私がチョコを食べちゃいけないんだよ。それは、その子の気持ちだし。私が食べたら悪いよ」


あんまり気にしてないよというふうに不自然にならないように努めて笑顔を作った。

二人の間に何ともいい知れぬ気まずい空気が流れた。

「ごめん、これ部屋に置いて来るよ」と言って、辰弥はその大きな紙袋を手に隣の部屋に行き、すぐに由菜の部屋に戻って来た。

戻ってきた辰弥は、先ほどよりもさらに申し訳なさそうな表情を浮かべていた。確かに、この場で由菜がいる前で、人から貰ったチョコを開けてメッセージカードを、結果として由菜に見せてしまった事は、無神経だったのかもしれない。だけど、そこまで申し訳なさそうにしなくてもと由菜は思うのだ。人を好きになる気持ちは、誰にだって平等にあるのだから、それを止める事は出来ないのだから。


「辰弥が、私に申し訳なく思う事無いよ……、でも辰弥の事を大好きだって気持ちで心を込めて渡したチョコだもん、ちゃんと食べてね。食べすぎで鼻血でたら私が介抱してあげるから」


「由菜は、あんなの見て嫌じゃないの?」


「そうだな、はっきり言ったら嫌なのかもしれないね。でもね、何か今の見てたら勿論不安に思ったよ、どんな子だろう、辰弥がその子の事好きになったらどうしようって。でも、それと同時にね、何か私ももっと頑張らないといけないなって思ったの。最近、私不安ばっかりで、辰弥に頼って泣いてばっかりだったけど、それじゃいけないんだなって思った。負けられないって思ったんだ。もっとずっと辰弥が私を思っていてくれるように、いい女にならないといけないんだなって思ったんだよ。だから、私留学で、一生懸命頑張って目一杯成長して帰ってくる」


そう言いきる由菜は、決心を固めた時の、辰弥が好きになったあの表情を浮かべていた。辰弥はその表情をした由菜を眩しいものでも見るように目を細めて見ていた。


「由菜は、今のままでも十分いい女だよ。由菜は俺が小さい時からの憧れなんだ。あんまりいい女過ぎても悪い虫がつきそうでこっちが不安になるよ」


嘘だと、由菜は辰弥がいつもの様に自分をからかっているんだろうと苦笑いを浮かべた。でも、その言葉はとっても嬉しく、くすぐったかった。辰弥は、由菜が自分の言った言葉を信じていないと思ったのか少し怒った風にこう言った。


「由菜は、俺がどんなに由菜を好きか分ってない……」


「分かってるつもりだよ…?」


由菜は少し怒った辰弥にどうしたらいいのか分らず首を傾げるしかなかった。

辰弥は、由菜を抱き寄せるときつく抱きしめた。


「由菜は、ずっと俺の憧れの人なんだ。俺だって不安になるよ。俺はまだ高1なのに、由菜はもう卒業して、自分の夢に向かって進み始めただろ。いつもおいて行かれるって焦りがある。早く追いつかなきゃって思う。でも、今の俺がどんなにあがいてもどうにもならない。どうしようもない事だけど、何で俺は年下なんだって悔しくなる時だってあるんだ……」


由菜は、辰弥がこんな風に思っているとは知りもしなかった。自分が年下だという事を、全く気にしていないと思っていた。

それでも、そうやって思ってくれる事がとても嬉しく思った。由菜に追いつこうと、あがいてくれてる事が、今は学生で、どうにもならないかもしれない。でも、いつか辰弥は立派な人になれるように思う。

それこそ私なんかが手の届かない人になってしまうかもしれない。そうなったら、今度は私が追いかければいい。そうやって、相手の背中を追いかけて、お互いに刺激し、成長していける二人になれたらとても素敵だと思う。

そんな事を考えて、由菜はふふふっと辰弥の腕の中で笑った。ここ最近の不安が一気に潮が引くように消えて行くのが分った。自分は、向こうへ行っても大丈夫。そう思えた。


「辰弥、有難う。辰弥が私に追い着こうって思ってくれるように、私も辰弥に胸が張れるように頑張ろうって思うんだ。そうやってさ、いつまでもお互い競い合って成長出来たらいいね。そう思ったら凄く嬉しかった。ねぇ、辰弥?もし、向こうでどうしても辛くなったら話聞いて貰ってもいい?」


「もちろん」


当たり前の様に辰弥は言った。

辰弥に顎をくいっと持ち上げられ、辰弥を目で追うと、キスの嵐が降って来た。おでこ、目、頬、鼻、顎そして最後に唇に優しいキスをした。長い長いキスを……。


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