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1cmの距離  作者: 海堂莉子
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第70話:雪

辰弥と由菜はいつまでも外にいて空を見上げていた。

下から見上げた時に見る雪は、由菜を不思議な感覚に誘った。雪が次から次へと落ちて来る様はなにかに押し迫られているような妙な気分になった。


「もう暗いから中に入んなさい」


という声がするので、振り返ると縁側から母が空を見上げていた。

空を見上げていたつもりでいたが、辺りを見回し、こんなに暗くなっている事に驚きを感じた。ほぼ雪だけを見ていたので、周りの暗さに全く気付かなかった。

隣にいる辰弥を見ると、辰弥はまだ、空を見上げていた。


「お通夜は7時からだからね。それまで、部屋で少し休んでなさい。呼びに行くから」


うんと、呟いたが、またしても母は忙しく立ち去り、由菜の返事など聞いていなかった。


「辰弥。中入ろうか」


「もう少し……」


辰弥は飽きることなく空を見ている。周りの暗さに雪の白が際立って美しい光景だった。そこに辰弥の横顔が、絵になると由菜は思った。雪の白さに照らされてぼ〜っと辰弥の横顔が浮かび上がっていた。

暫くして、辰弥は気が済んだのか、二人は部屋に戻った。二人ともすっかり体が凍るように冷たくなっていた。



その夜の通夜はつつがなく終了し、親しい人だけがまだまばらに残って、お酒を飲んでいた。

辰弥は、お祖母さんの棺の前に座り、一歩も動こうとはしなかった。

由菜が辰弥の隣に座り、辰弥の顔をのぞき込み話しかけた。


「辰弥?苦しいの?」


辰弥は、お祖母さんのすでに冷えてしまったその顔を見ながら頷いた。


「泣いても良いんだよ」


前にも一度同じ事を辰弥に言った事がある。あれは鹿児島に来る前で、辰弥がお祖母さんの容体の悪さに不安を見せ、行く前に死んでしまったらと悩んでいる時だった。

だが、その時は何だかんだで辰弥が涙を流す事はなかった。

お祖母さんとの約束うんぬんよりもただ、今は辰弥の力になりたいと強く思っていた。

由菜は辰弥に覆い被さるように抱きしめた、恐らく泣き顔は見られたくはないだろうと思ったからだ。

気のせいには違いないが、いつもよりも小さく辰弥が迷子の子供のように感じる。

辰弥は由菜にしっかりとしがみつき縋るように泣き始めた。最初は控えめだった泣き声も徐々に激しさを増し、獣の泣き声の様にうぉ〜んうぉ〜んというものに変わって行った。

辰弥の涙は止まる事を知らず何時間でも続くような気がした。実際どのくらいの時間泣いていたのか分らないが、辰弥は泣き疲れてそのまま寝てしまった。

由菜も泣き疲れた辰弥の体温がとても温かく抱き合ったまま横になり、くっついて寝てしまった。

畳にじかに寝ると体が痛くなるので普段なら嫌がるところだが、今日は全くそんな事は気にならなかった。

寝入り端、由菜はお祖母さんの声を聞いた気がした。ありがとうと。

その夜は今季一番の冷え込みとテレビの天気予報で伝えられていたが、辰弥の体温と由菜の体温が重なり合い寒いとは少しも感じられなかった。


翌朝目覚めると昨夜と同じ大勢のまま由菜と辰弥は絡み合っていた。

ただ一つ違う事は、毛布と掛け布団が二人の上に掛けられていた事だった。恐らく、母か伯母さんがあるいは二人がかけてくれたものであろう。

辰弥はまだ目覚めていないようだ。

軽い尿意を感じトイレに行きたいのだが、果たして辰弥を起こさずに立ち上がる事は出来るだろうか。恐る恐る腕を抜き取るとすぐに辰弥が目を覚ましてしまった。


「ごめんね、起こしちゃったね」


由菜が笑いかけると、辰弥も少し微笑みを見せてくれた。昨日よりもすこしすっきりとした顔をしていたので、由菜は心からほっとした。


「ごめん、ちょっとトイレ行って来るね」


由菜は急いで立ち上がりトイレに向かった。

辰弥と離れた途端寒さが身に沁みた。

部屋に戻ると辰弥はまだ横になっていた。まだ、7時になっていなかった。

由菜が寒くてぶるぶる震えながら布団に潜りこむとその暖かさに一時の幸せを感じた。寝ていると思っていた辰弥は実は起きていたようで、ばっちり目が合って由菜は動揺を隠しきれなかった。


「由菜。ありがとう。何か昨日泣いたら少しすっきりした。昨日ちゃんと寝れたし。本当はあんなに泣いたから照れ臭いんだけどさ」


辰弥はこの3日間、寝てもすぐ起きてしまい、やっと寝れたと思っても嫌な夢を見てまた起きてしまうの繰り返しだったようだ。

やはり、辰弥は一人で苦しんでいたのだ。


「ご飯は、食べれそう?」


「うん、由菜がいてくれるなら食べるよ」


由菜はそれを聞いて嬉しくて、それで急いで用意してくると言って台所に行った。居間には母が炬燵に入っていた。


「あら、早いのね?辰弥君昨日は寝れたのかしらね」


「うん、寝れたみたい。ご飯も食べるって言うから」


「辰弥君、ずっと食べてなかったんでしょ?急に食べると胃がびっくりするから、お粥でも作ってあげるといいわ」


由菜はうんと頷くと、台所へそそくさと消えて行った。


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