第63話:支え
居間には炬燵が置いてある。
その上には、ミカンが山になっているかご、お盆の上にはポットと急須、それからお茶っ葉、湯呑。
伯母さんは炬燵に入り、お茶を啜りながらテレビを見ている。
由菜は、伯母さんとの会話中は、何とか堪えていたのだが、由菜の肩をとんとんと一定のリズムで刻まれる伯母さんの手を感じた時、伯母さんの優しさに触れる事で涙が止まらなくなってしまった。
とにかく酷い顔になっていそうなので、その場を辞して由菜にあてがわれた部屋へ戻った。本当は、洗面所で顔を洗いたかったのだが、辰弥が入浴中なものだから下手をするとのぞき扱いをされかねないので、諦めた。
何とか、涙がおさまると、由菜は居間へと戻っていった。
「伯母さん。これ、クリスマスプレゼントです」
そう言って、そんなに大きくはない紙袋を伯母さんの前に差し出した。
「私に?開けてもいい?」
もちろんという意味を込めて大きく頷いた。
「あの、本当は伯母さんにも何か編みたかったんですけど、時間がなくて……」
それを聞いてちらりと由菜を見たが、くすっと笑いまた袋の方に視線を戻した。
由菜が伯母さんに贈ったものは手袋だった。由菜のお小遣いでは高価なものは買えず、それでもその中から伯母さんに喜んで貰えるように一生懸命選んだものだ。
「ありがと、由菜ちゃん。嬉しいわぁ。辰弥なんかプレゼントなんてくれた事ないから。本当に嬉しい」
伯母さんはその手袋を胸に抱いて、そう感慨深げに言った。由菜の気のせいでなければ、目尻に光るようなものが見えた気がした。
こんなに喜んで貰えるなんて思いもしなかった由菜は、少しびっくりした。
「由菜ちゃんが将来辰弥のお嫁さんになってくれたらいいのにね。私、本当にそう思うのよ。由菜ちゃん以外の女の子連れて来たら絶対反対するわ」
溜息交じりに、独り言のようにそう言った。その言葉にどう答えていいか分らず、あたふたしていると、
「ふふふっ、そんなに慌てないで、ただの私の妄想なんだから」
伯母さんは由菜がプレゼントした手袋を大事そうにしまい、「勿体なくて使えないかもしれない」などとこぼしている。由菜はその言葉を聞いて、「え〜、使って下さい。是非とも」慌ててそう言った。
伯母さんは、由菜の勢い込んだ言い方が面白かったのかくすくす笑いながらお茶をずずっと啜った。
「由菜ちゃんもお茶飲む?」
はいと、由菜が返事をすると伯母さんは出がらしのお茶を流しに捨て、新しく淹れなおしてくれた。その一連の動作を見ながら、ぼんやりとお祖母さんの事を考えていた。
「お祖母さん、大丈夫かなぁ」
今まさに頭の中で考えていた事が口をついて出てきてしまった。
「先生にはね、今年越せたら良い方だって言われてるの」
「見た感じは、元気そうですよね」
「由菜ちゃんは、お義母さんの病気の事あまり聞いてないのよね?お義母さんね、癌なのよ。最初は胃癌だったみたいだけど、なかなか病院に行かなかったから、他の所にも転移しちゃってるの。もう末期だから、手の施しようがないんだって」
「そんな……」
「お義母さん、あなた達の前では、元気に振舞ってるけど、本当は苦しいのよ。もう体の中はボロボロなの。あの通りなかなか人に弱みを見せない人だから」
伯母さんの言葉が終ると、しんと静まり返り、時計の秒針の音がやけに耳について離れない。
「お祖母さんは、自分が癌だって事は…」
「知ってるわ。検査の結果が出た時ね、先生に告知しますか?って聞かれたんだけど、最初は知らせない方が良いんじゃないかって思った。ほら、よく健康な人ほど、病気になった時のダメージが大きいっていうでしょ?お義母さんは本当化け物かって位元気な人だったから、もしも知ったら一気に老けてしまうんじゃないかって思ったのよ。でも、お義母さんがね、『どんな病気だろうと必ず知らせておくれよ。私の体なんだから、私にはそれを知る権利がある』って言うの。こういうのってある意味賭けよね、どっちに転ぶか分らなかった。主人と相談して、お義母さんを信じて話してみようって事になった。私が、お義母さんにその事実を伝えた時、何て言ったか分る?」
由菜は、見当もつかずに首を斜めに傾げた。お祖母さんの事だから、何か強気な発言をしたような気がした。
「そうかいってただそれだけだった。泣き崩れたり、怒ったりそんな事一度もない。いつもと一緒。もしかしたら、私が帰った後に誰にも見つからないように泣いていたのかもしれない、これも私の想像にすぎないけどね。入院してからお義母さんが泣いたのを一度も見た事がないわ」
お祖母さんの意志の強さに驚かされるばかりだ。もし、由菜が癌になったら、自分の不幸を嘆き、涙し、周りの人間に当たり散らしたりするんじゃないかと思われる。癌と聞いただけで、生きて行く気力すら失うかもしれないのに……。
「由菜ちゃん…」ぼんやりと考え込んでいた由菜に伯母さんは語りかけた。
「もしもの事があったら、辰弥の支えになってあげてくれる?」
「私に……私に、出来るでしょうか?」
正直、自分の事さえ支える事が出来ないのに辰弥を支えてやる自信がなかった。
「由菜ちゃんにしか出来ないのよ」
伯母さんの目は怖いくらいに真剣で、それに応える為にも同じように真剣に頷いて見せた。自信はない、でもやるしかない。辰弥の為に、お祖母さんの為に、伯母さんの為に、そして……自分の為に。
それを見て伯母さんの目が緩み由菜に微笑みかけた。由菜もそれに応えるように微笑んでみせた。




