第62話:幸せな食卓
冬晴れの中、車はひた走る。
病院を後にし、家に戻る途中で、クリスマスケーキを買い、鳥もも肉とあとは家でピザでも焼こうという事になった。
この辺りで一番大きなスーパーに行き、クリスマス用の食材を調達する。スーパーで主導権を握るのは、やはり伯母さんと由菜で、辰弥はその後を何とかついて来る。そして、何か欲しい物があるとこっそりとかごの中に入れる。それを伯母さんが見つけるとそれを品定めしたのち、「いらない。戻して来い」とか「これはいいでしょ」とか言われるのである。
伯母さんと辰弥の日常の買い物風景を垣間見た気がした。
家に戻り、早速料理に取り掛かった。
伯母さんと協力してピザを焼き、オーブンから出すととても良い按配に焼け、美味しそうな匂いが辺りを一気に包み込む。
出来上がった料理をテーブルに並べ、みんな揃った所で乾杯(誰もアルコールは飲まないのでジュースで)して、食事を食べ始めた。
「由菜ちゃんは、いつまでサンタがいると思ってた?」
伯母さんが、あまり物でささっと作ったサラダにドレッシングをかけながらそんな事を聞いて来た。
「私は小学校の6年生までは、両親が枕元にプレゼント置いてくれてたんですけど、でもそれより前には知ってました。友達に『サンタって親なんだよね』なんて当然のように言われて、その時までは本当にいるって信じてたんですけど。でも、ショックではなかったかな。両親がサンタだって聞いて逆に何か安心しました。見知らぬお爺さんにプレゼント貰うより両親に貰った方が嬉しいですもん。ただ、両親が凄く頑張ってる感じがしたので、二人で今年はどうしようかとかこそこそしてて、そういうの見てたら何かもう知ってるんだよって言えなくて、だから黙ってました」
「本当に由菜ちゃんは良い子ねぇ。辰弥なんか本当可愛くないの。サンタさんなんかいるわけない、いるわけないってうるさく言うもんだから、私も面倒臭くなっちゃって、そうよいないのよって言ったら、大泣きしちゃってね。本当は何だかんだ言っても信じてたのよね。あの時は悪いことしたわ」
「悪いとも思ってないだろ。もう、覚えてないよそんな事」
辰弥が自分の子供のころの話を蒸し返されて、少々ご機嫌斜めだ。
「それにしても、辰弥は小さい時から『由菜ちゃん、由菜ちゃん』ってうるさかったわよね。京子の所に遊びに行くといっつも由菜ちゃんの後ろをついて歩いてさ。あれ、迷惑だったでしょ?」
「そんな事ないですよ。弟が出来たみたいで嬉しかったです」
とうとう、辰弥はそっぽを向いてしまった。そんな辰弥を気に留める事もなく伯母さんはその話を止めるつもりもないようだ。
「うちに帰ってもね、今度いつ由菜ちゃんと会えるの?って聞いて来るのよ。今考えれば辰弥は本当に小さい時から由菜ちゃんが好きだったのね」
由菜は、何と答えていいのか分らず辰弥を盗み見た。辰弥は決まり悪そうに無言でピザを食べている。
「もういいよ、そんな話。由菜が困ってるだろう」
「由菜ちゃん、辰弥の小さい頃の写真見た事ある?」
ないですと、由菜が答えると、嬉しそうに頷き、
「今度見せて貰うといいわ、面白いから」
「見たい!!!」
由菜は、辰弥を見て大声をあげた。
「駄目。絶対駄目! いくら由菜のお願いでも、絶対駄目」
「え〜、けち。いいよ、伯母さんに今度見せて貰うから、いいですよね?」
もちらんと、伯母さんはくすくす笑って辰弥を見た。伯母さんは辰弥をからかうのが大好き。そういえばこんなところは、うちの母と凄く似ているなと由菜は思っていた。
和やかな(?)雰囲気で食事も終わり、ケーキも食べ、お腹も満足したのはいいが、由菜と伯母さんには食器洗いというお仕事が待っていた。
辰弥は、その間に先にお風呂に入っている。
「伯母さん?あの……辰弥と付き合ってないのって私のせいなんです。ごめんなさい」
由菜は、伯母さんが濯いだ食器を布巾で拭きながらすまなそうにそう言った。
昨日から、胸の所に残ったもやもやがどうにも気持ち悪くて仕方なかったのだ。辰弥がああ言ったのだから、それでいいではないかと考える事も出来たが、伯母さんに嘘を吐いているのがどうしても許せなかったのだ。
「知ってるわよ、何もかも。由菜ちゃんが遠距離をとても怖がっている事も。どうして遠距離を怖いと思うようになったかって事も。私と京子には基本的に隠し事っていうのがないから、全て聞いてるのよ。由菜ちゃんと辰弥の事も全て聞いてるわ。この間は、外国の女の子が来て色々あったんでしょ?でも、直接聞いておきたかったのよね、二人の事。親ばかだけど、あの子いい男になったと思うわ。いっちょ前に由菜ちゃん庇ってたものね。それもこれも由菜ちゃんのお陰ね」
私何もしてないですと、由菜は頭を大きく横に振った。
「由菜ちゃんがすぐ傍にいるだけで十分なのよ。それだけで、辰弥は成長出来るの。由菜ちゃんは留学のせいで二人が駄目になってしまうと思う?」
「私の気持ちは絶対に変わりません。お姉ちゃんの彼氏の心変わりを知った時凄く苦しかったんです。私なんてあの二人からしたら第三者なのに。もし、辰弥があの時のお姉ちゃんの彼氏みたいに心変わりしてしまったらって思うと、あの時であんなに苦しかったんだから今度はとてもじゃないけど、立ち直れないような気がするんです。気がするんじゃなくて立ち直れない。私の前から辰弥が消えてしまったら私どうしていいか……怖いんです、すごく」
「由菜ちゃんは、辰弥の事を本当に好きでいてくれてるのね。お姉さんの時の事がトラウマになっちゃってるのかもしれないね」
伯母さんは心配そうに由菜を見ている。由菜は顔を上げる事が出来ない。
「そうなのかもしれない。辰弥が同じようになるなんて思いたくないんです。でも……」
傷ついた自分を、想像したくはなかった。でも、100%ないとは限らないのだ。
「仕方ないわね。どんなに外野がなんと言おうともそう考えてしまうんだものね」
すみませんと、小さい声で呟いた。
「でもね、辰弥なら証明するわよ、由菜ちゃんへの気持ちが本物だって」
食器を濯ぎ終わった伯母さんは手をタオルで拭くと、由菜の肩をとんとんと叩いた。
由菜が伯母さんを見ると、「もうそんなに気にしなくていいのよ、大丈夫だから」伯母さんの目はそう言っているように見えた。全てを包み込んでくれるような母と同じ目をしていた。




