第60話:いざ鹿児島へ
それから、あっという間に冬休みに入った。
期末テストなんかがあり慌ただしかったが、何とかマフラーを完成させることが出来た。
店で売れるほどの美しさはないが、普段使うのには恥かしくないような上々な出来だと自負している。
加絵も由菜のマフラーの出来に絶賛してくれていた。
由菜はそれを奇麗な紙袋に入れ、旅行鞄へ大事に詰め込んだ。
23日天皇誕生日。天気、晴れ。
北風が強めで少し寒いが、雲一つない奇麗な青空だった。風が雲を吹き飛ばしてしまったに違いない。
辰弥と飛行機に乗るのは2回目である。前回の飛行機では、恥かしい思いをしたので、今回はそんな事がないように願うばかりだ。まあ、今回は飛行時間が1時間半と短いので、何も起こらないだろう。
短時間の空の旅なので、機内食は出ず、ちょっとしたおやつが出るだけだった。
窓から見える空を見ながら、辰弥と他愛もない話をして暇をつぶした。
いつもより饒舌な辰弥を見て、お祖母さんに会う事に少し不安を感じている事を窺い知る事が出来る。
大分容体悪いと聞いているお祖母さんは、もはや辰弥が見知っている姿ではないかもしれないのだ。何かを話している事で、嫌な想像を繰り広げる事を食い止めているのだろう。
二人が空港に着くと、恵子伯母さんが手を振って出迎えてくれた。
若干痩せたように見えるが、笑顔は昔のままだったので少し安心する。
伯母さんの運転する車に乗り込み、車は動き出した。
「今日は休んで明日病院に行こうか?」
「いや、このまま病院に行って」
辰弥が間髪入れずにそう答えた。叔母さんがバックミラー越しに由菜を窺ったので、黙って頷いた。
「それじゃあ、病院に直行するわね」
伯母さんはそう言うと運転に集中した。
由菜は不意に座席に置いてあった手を握られたのが分った。辰弥を見ると、窓の外をただひたすら見ている。由菜は、少し力を入れて握り返した。
辰弥は恐れているのだ。
私はここに……ちゃんと、辰弥の傍にいるよ……
そんな思いが握っている手から伝わるように。
伯母さんが後部座席で手を取り合う二人をバックミラー越しでちらりと見たが、それについては何も言及しなかった。
1時間半くらいのドライブの末、大きな病院へと車は入って行った。
車を降り、病院内に入ると独特な匂いがした。薬の臭いと、それは恐らく死の臭い。
伯母さんは戸惑うことなくエレベーターに乗り込み3階のボタンを押した。3階でエレベーターを降り、突き当たりの病室よと言って、叔母さんはずんずんと歩く。遅れないように二人は急いでその後に続いた。
ドアをノックして中に入る。右側にベッドが3つ、反対側に3つ並んだ6人部屋の右側の窓際にお祖母さんは横たわっていた。
腕には、点滴が差し込まれている。由菜はお祖母さんに会った事がないので、病気をする前の健康時の姿を知らないが、横にいる辰弥のはっと息を呑む気配で、お祖母さんが痩せこけてしまった事がわかった。ただ、お祖母さんは痩せこけてはいたが、表情はとても穏やかだった。
「お母さん、辰弥と由菜ちゃんが来てくれましたよ」
そう伯母さんが声をかけると、寝ていると思っていたお祖母さんの目が開き、顔だけこちらを向き微笑んだ。それはとても美しく優しい表情だった。
由菜と辰弥はゆっくりとお祖母さんのベッドに近づき、辰弥は枕元に置いてあった丸椅子に身を沈め、お祖母さんの皺が濃い脂肪の全くなくなった手を優しく両手で握りしめた。
「ばあちゃん、中々来れなくて、遅くなってごめんな」
伯母さんがお祖母さんの体を起こすのを手伝っている。
「いいんだよ。お前は高校生なんだから、きちんと勉強してればいいのさ」
お祖母さんは、体こそ痩せこけていたが、由菜が思っていたよりもしっかりとした声だった。
お祖母さんが由菜の方へ顔を向けた。
「はじめまして。由菜です」
慌てふためいて由菜がそう言うと、お祖母さんは目を細めて由菜を見た。
「あぁ、あんたが由菜さんかい。ちょいとこっちへ来て、もっと良く顔を見せとくれ」
由菜が急いでお祖母さんに近づくと、両手で顔を挟まれ、凝視された。
「すまないね、年寄りは目が良く見えないんだよ。ほ〜こりゃ別品さんだ。あたしの若い頃にそっくりだよ」
そう言って、ガハハと笑った。病室に入った時に弱弱しそうに見えたお祖母さんは話し方も態度もしっかりしていた。
物事をはっきりというタイプのようだ。要するに毒舌なのだ。思った事を口に出さずにはいれないのだ。それが、良い事でも悪い事でも。
でも、由菜はお祖母さんが好きだと思った。お祖母さんから出た言葉はいくら傷つきそうなものでも全く心を刺さない。悪口さえも優しい。それは、どんな汚い言葉だったとしても、そこには必ずお祖母さんなりの思いやりが含まれているからなのだろうと由菜は思った。
「あったりまえじゃん。俺が大好きになった人なんだから」
由菜はその言葉に真っ赤になってその顔を隠したくなったが、お祖母さんに掴まれているのでそうすることが出来なかった。
やっと由菜の顔を挟んでいた両手を放し、辰弥の顔を見てガハハと笑い、
「生意気言ってるわ」
その顔は、優しく心なしか目が輝いているように見えた。
その後、お祖母さんは散々喋ったあと、疲れたと言って寝てしまった。
お祖母さんが寝入ったのを見届けてから病室を後にした。
「凄い痩せちゃってたから、最初焦ったけど、案外元気そうで安心した」
辰弥が、病室を出た後そう言うと、
「普段は、案外元気そうに見えるのよ。でもね……次、もし何かあったらその時はもう助からない」
その言葉を聞いて、笑顔だった辰弥の表情が一瞬にして凍りついた。
本当私のサブタイトルのセンスの無さはどうにかならんのかと思います。




