第56話:電話
由菜は、手紙を丁寧に折り、再度封筒の中に戻した。
手紙の最後に、遠慮がちにジュディの住所、電話番号、それからメール番号が記されていた。
由菜は、ジュディの手紙を読んで、嬉しい気持ちで一杯だった。ジュディの家族の事、ジュディが悩んできたものそれらの箇所を読んでいる時は、悲しくもなったが、最後の柏木君の話を読んだ時、本当に良かったと心から思った。そして、ジュディが自分と友達になりたいと思ってくれた事。辰弥の事でも、もう悩まずすむのだ。由菜は、嬉しくて涙が出てきそうだった。
本当なら、ジュディと面と向かって話したかった。会って、色んな話を聞いてあげたかった。それでも、この手紙で、ジュディの背負ってきた重しを少しは下ろす事が出来たのなら良かったと由菜は思っていた。
これから、ジュディとは良い友達になれそうな気がした。柏木君がジュディを気遣っていてくれた事と、ジュディが彼を好きと思っている新事実は由菜に衝撃を与えると共に、心がポッカリと暖かくなった。
今度は、全力で応援をしてあげる事が出来るのだ。友達として…。
由菜はジュディに電話をかけてみる事にした。最初は、手紙を書こうかと思ったが、エアメールを出すと、着くまでに一週間くらいはかかってしまうし、その間にジュディが由菜は自分とは友達になりたくないんだわなどと思われたら困ると思ったのだ。
時差の事を考えると今、日本が夕方の5時だから、向こうは夜中ではないだろうか。ジュディが手紙に記した番号は、携帯の様なので、少し遅いけど大丈夫かなと思い、思い切ってかけてみる事にした。
『ハロー』
「ジュディ?由菜です。寝てたかな。今、電話しても大丈夫?」
『大丈夫よ。電話かけてくれてありがとう。由菜、色々とごめんなさい。一杯迷惑かけたでしょ』
ジュディの声は、少し遠く、それでいて暗かった。自分のした事を思い出し、悲しくなってしまったのかもしれない。
「迷惑だなんて思ってないよ、正直辛かった時もあったけど。手紙…、ありがとう。嬉しかった、ジュディが私に色んな事話してくれて。ジュディ、私たち友達になろう」
電話の向こうから、ずずっと鼻をすする音が聞こえた。ジュディは泣いているのだ。そして、ジュディは心に溜め込んできた毒を一気に解放した。話を続けるジュディに、由菜は、うんうんとただ黙って聞いてやった。
ジュディの話に、由菜も涙を止める事が出来ずにいると、辰弥が様子を見に来る。大丈夫という意味を込めて微笑みを浮かべると少し安心してその場を立ち去る。
柏木君の話になると、ジュディの声は一変して明るくなり、とても嬉しそうだった。もしかしたら、ジュディの本当の意味での初恋なのかもしれない。
ジュディは、本当はとても可愛い女の子なのだ。ただ、寂しさから、苦しさから逃れるために、自分の女の部分を武器に使い、そして男を利用した。間違えてしまったのだ、自分の悲しみを処理する方法を。
誰かから奪い去るとか、落としてみせるなんて言葉は、今のジュディの口からは出てこない。好かれたい、奇麗になって柏木君をびっくりさせたいそんな事を口にするジュディは、普通の恋する女の子なのだ。
今のジュディならば、柏木君もすぐに恋に落ちてしまうんじゃないかと由菜は思った。
ジュディは日本への再度留学に向けて、日本語を勉強すると息巻いていた。そして、ジュディの話も一段落したところで、戸惑いながらこう言った。
『由菜、辰弥に謝りたいの。そこにいる?』
由菜は、辰弥を呼び受話器を渡す。ジュディが謝りたいってと言うと、辰弥は黙って頷いた。
「もしもし」
「うん。……うん、いや大丈夫だよ」
辰弥は、受話器に向かって、うんとか、大丈夫とか、気にするなとかそんな言葉を口にしていた。由菜は、リビングのソファに座り、テレビを見ながらそんな辰弥の声を聞いていた。そして、暫くして受話器を置いた。振り返った辰弥は、由菜に笑顔を向けた。
「これにて、一件落着。大丈夫。ジュディは向こうに帰っても上手くやれるよ。由菜、ジュディと友達になったんだろう?由菜がアメリカに来たら、他の男が由菜に近づかないように見張ってくれるってさ」
そう言いながら、辰弥は由菜の隣にどさりと座った。
「心配なんてしなくても、私に近づいてくる男なんてそうそういないと思うけど」
笑いながら由菜がそう言うと、辰弥は大袈裟にはぁ〜と溜息をついた。
「あのね、由菜は奇麗で、美人なんだから男が放っとかないの」
「え〜、まさかあるわけないよ」
由菜が、驚いてそう言うと、
「由菜、いい?変な奴について行っちゃ絶対に駄目だよ。分かった?」
「何それ〜。私、幼稚園児じゃないんだからね」
由菜が頬を膨らますと、電話が突然鳴り出した。由菜は、電話の音にびくっとなったが、立ち上がり電話に出ようとした。それを制し、辰弥が電話を取った。
「もしもし…ああ、母さんか」
どうやら電話の相手は、恵子伯母さんのようだ。
「うん。え?それで?……うん。俺はいいけど…、叔母さんに聞いてみないと。……うん、ちょっと待って」
「ごめん、由菜。叔母さん呼んで来てくれないかな」
うんと頷いて、台所にいる母を呼んだ。母が来ると、辰弥は受話器を渡し、
「うちの母です」
母は頷いて、受話器を受け取りそれを耳にあてた。
「もしもし、姉さん。久しぶりじゃない。うん、こっちはみんな元気。お母さんの具合はどうなの?……そうなの。え?由菜?…そう、私は構わないけど、主人に聞いてみないとね。旦那さんのご実家に泊まる事になるの?そうね、由菜と主人に聞いてみるわ。うん、分かった。……姉さんも無理しないでよ、私たちももういい年なんだから。それじゃね」
母は、受話器を置き、由菜を見た。
「どうしたの?」
由菜が聞くと母は話し始めた。
「辰弥君のお祖母さん、具合が良くないらしいのよ。それで、辰弥君に冬休み入ったらすぐに来てほしいんだって」
そうなんだと、言って辰弥を見ると悲しそうな顔をしているので、由菜も悲しくなってしまった。
「それでね、お祖母さん、由菜にも会いたがってるらしいの。だから、由菜も来てくれないかって」
「え?私?」
驚いて母を見るとゆっくりと頷いた。親戚とは言え、辰弥のお父さんのお母さんなので、由菜は会った事がなかった。
「辰弥君が大好きな女の子がどんな娘なのか一目見ておきたいんだって」
由菜が辰弥を覗き見ると、ちょっと照れくさそうに頭の後ろをガシガシ掻いていた。
「私も会ってみたい。確か、鹿児島だったよね?」
どちらにでもなくそう由菜が尋ねると、ええ、うんと二人同時に頷いた。
結局父の許可も出て、冬休みに入り次第すぐに鹿児島へ行く事になったのだ。
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