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1cmの距離  作者: 海堂莉子
55/90

第55話:手紙

丸二日家で大人しくしていた(由菜がそうさせた)辰弥はすっかり元気になった。

週明け月曜日は振替休日だった為、火曜日。

いつもなら朝からお迎えに来るジュディが、今日は待てど暮らせど一向に姿を現す気配がない。いよいよ遅刻してしまうという時間になって仕方なく家を出た。待っている間に何度かジュディの携帯にかけてもみたのだが、留守電に切り替わってしまっていたのだ。


由菜は道中ジュディの事が気になって仕方がなかった。思い起こせば、文化祭の時から様子がおかしかった。辰弥の体の事が心配で、その事をすっかり忘れていた。

二人は遅刻ぎりぎりで校舎に入った。


「遅かったな。あいつ風邪まだ悪いのか?」


斜め後ろに座っている隼人が先生にばれない様に小声で話しかけてきた。


「ううん、もうすっかり元気なんだけど…。今日、いつまで待ってもジュディが来なかったんだよ。携帯にかけても留守電になっちゃうし、ぎりぎりまで待ってたんだけど、結局来なくて。仕方ないから先に来た」


「へぇ〜、珍しいな。あの女も風邪でも引いたんじゃないか?」


「そうなら、運転手さんから電話が来るんじゃないかと思うんだけど」


う〜んわかんねぇなと、隼人は早々に匙を投げた。朝のショートホームルームが終わり、次の授業の準備をしていると、辰弥が物凄い勢いで由菜の教室に駆け込んできた。その後ろには、柏木君もついて来ていた。

その二人の表情から、由菜はジュディの事で何かがあったんだと瞬時に察知した。


「辰弥?」


病み上がりにこんなに走って大丈夫なのかと心配になった。


「ジュディが、アメリカに帰ったらしい」


由菜はわけが分らず、辰弥と柏木君の顔を交互に見た。


「先生も急に聞いてびっくりしたらしくって、理由も何も分からないみたいだ」


そうなの?と、由菜は言ったが、釈然としない気持ちを抱えていた。

あの時、ジュディは何を言おうとしたのか、何が言いたかったのか。どうしてちゃんと話を聞いておかなかったのかと由菜は自分を責め始めた。


「俺、文化祭の日、ジュディと話したんです」


今まで辰弥の後ろでだんまりを決め込んでいた柏木君が突然話し始め、皆(そこにいたのは由菜、辰弥、加絵、隼人の4人)の視線が彼に注がれた。


「先輩(由菜)が辰弥の鞄取りに来た後、俺ちょっと休憩でもしようと思って体育館抜け出して校舎裏に行ったんです。そしたら、そこに誰かが座ってて、最初顔を隠してたんで誰だか分らなかったんですけど、俺の足音にその子が気付いて顔をあげたんでその時ジュディだって気付いたんです。あいつ、あそこで一人で泣いてたんです。多分、自分のせいで辰弥が熱出したんだって思ってるんじゃないかと思って、とにかく何か言わなきゃって。それで俺、辰弥が熱出したのはジュディのせいじゃないから気にすんなって言ったんです。あいつ日本語分かってるのか知らないけど、俺の話黙って聞いてて、俺が話し終わると、今度はあいつが急に勢い良く話し始めたんです。俺、勉強てんで駄目で、英語なんか特に駄目なもんだからジュディの英語一言も聞き取れなくて。あいつが何を伝えたかったのか全く分かってやれなかった。でも、あの時アメリカに帰るって言ってたのかもしれない。あいつが立ち去る時、『Thank you.Good-bye』って言ったんです。いつもなら『See You』って言うのに。やっぱりあの時何か大切な事言ってたのかもしれない。すみません、俺本当役立たずで。」


柏木君は、話し終わった後深く溜息をついた。


「お前のせいじゃないよ」


そう言って、辰弥は柏木君の肩をとんとんと叩いた。

その日の夕方、家に帰ると、母に1通の手紙を渡された。差出人はどこにも書いておらず、淡いピンク色のその封筒には下手くそな字でうちの住所と太田由菜様と書いてあった。その字を見て瞬間的にジュディであると悟った。

由菜は急いで自室に行き、鋏で丁寧に封を切った。その手紙には由菜へとか由菜様とかいったものがなく、手紙の本文がいきなり始まっていた。


*********************************


由菜、私はあなたが嫌いだった。なんでも持っているあなたが。優しい家族も友達もそして辰弥も。私にも家族はいる。だけど、父が私を溺愛するせいで母は私を嫌っている。父も兄も仕事があるから、学校から帰ると私はいつも母と二人家にいなければならなかった。学校に行っても友達もいない。だから、私は絶えず恋人を作った。私の寂しさを埋めるためだけにね。でも、空しかった。今まで本当に好きだと思う人はただの一人もいなかったから。辰弥は正直私のタイプだった、それにあの家を出る口実が欲しかったから。辰弥は直ぐにおちると思ったのに、あなたへの想いは私が思っていたよりも深く強いものだった。私はあなたに強く嫉妬したわ。こんなに深く人に愛されて羨ましかった。あなたになりたいとさえ思ったのよ。辰弥が熱を出したあの日、私は何も気づかなかった。どんなにそばにいても、本当にその人をよく見ていないと気付く事なんて出来ないのよね。あの時私は強い気持ちに衝撃を受けた。私の完全に負けよ、あなたのその気持に勝てるわけがない。本当は、最初からわかっていたんだけどね、ほら私って負けず嫌いで意地っ張りだから、途中で止められなくなっちゃった。あなたが、友達になろうと言ってくれた時、本当に嬉しかった。ああ、自分はこんなにも友達が欲しかったんだってその時始めて気付いたのよ。由菜、私と友達になってくれますか?勝手でごめんなさい。私はあなたと辰弥を傷つけ、迷惑をかけた。本当にごめんなさい。許して貰えないかもしれない、だけど、私はあなたが友達だったらどんなにか良いかって思う。私はアメリカに戻ります。あなたのお陰で友達を作る勇気が出てきました。失敗するかもしれない、でも、こんな私を理解してくれる人がアメリカにもいると思うし、それより何よりも相手をちゃんと好きになろうと思う。友達でも恋人でも家族でも。由菜、ごめんなさい。そして、ありがとう。あなたがこっちに来るのを楽しみにしているわ。辰弥に迷惑をかけた事謝って欲しいの。本当は直接謝罪したいけど、もういつ会うか分からないから。それから、柏木にあなたの不器用な言葉で私は救われたように思う。あなたには感謝してるとそう伝えて欲しいの。由菜、柏木はね、辰弥が私に振り向いてくれなくて落ち込んでる時にはいつも慰めてくれたの。日本語でいつも話すから何を言っているのかさっぱり分からなかったけど、空気で分かったの。この人は私を本当に心配して、慰めてくれてるんだって。最近では、日本語を聞き取る事が大分出来るようになってたんだけど、分らないふりして聞いてたわ。由菜、私は柏木を好きになれば良かった。ううん、好きになっていたのかもしれない。でも、これは内緒よ。もっと自分の内面を鍛えなおして、そしたらもう一度日本に行こうかなって思う。柏木が放っておけないくらいい女になって出直してくるから。由菜みたいなね。何か長くなっちゃった。でも、良いでしょ?最後なんだから。もし、私と友達になっても良いって気持ちがあるのだったら電話して。それじゃ、またね。

                                                                               ジュディ


ジュディの手紙が思いのほか長くなりすぎてしまいました。

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