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1cmの距離  作者: 海堂莉子
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第52話:文化祭 5

由菜はジュディの後姿を見えなくなるまで、見ていた。

ジュディは、何かを言おうとしていたようだが、結局何も言わずに走り去ってしまったのだ。由菜の頭の中には、ハテナマークが何個も浮かんでいたが、その事は今は頭の隅に置いておく事にして、保健室へ戻った。佐々木先生に、


「私の両親があと20分くらいしたら迎えに来ます」


「そう、もう文化祭も終わりだし、あなたも帰りたかったら一緒に帰っていいわよ。小林先生には私から言っておくから」


小林先生とは由菜の担任の先生である。じゃあ、帰らせて貰いますと、返事をし、辰弥の顔を覗き込んだ。辰弥の表情は相変わらず辛そうで、見ているこっちまで苦しくなってきてしまいそうだ。突っ立ったまま辰弥を眺めていると、お茶でも飲む?と、佐々木先生に問いかけられたので、


「いえ、両親が来る前に鞄取ってきときます」


そう言って、お茶のお誘いを辞退し自分の教室へと向かった。賑わっている自分の教室に邪魔にならない様に入ると自分の鞄を取り、親しい友人を見つけ、先に帰る事とその事を加絵に伝えて欲しいと言うと快く引き受けてくれた。その友人と別れると、辰弥の教室に行くか、体育館に行くか迷った。どっちに鞄を持って行ったか分らなかったので、体育館へ行って柏木君に聞いてみよう。今日は、文化祭で普段と違うので、盗難防止のために体育館に持って行っているかもしれない。

体育館に着き、柏木君に辰弥の鞄の行方を尋ねるとやはり体育館に持ってきているとの事で、それを柏木君から受け取り、ありがとうと、微笑むと、柏木君は少し心配そうな顔をしてこう尋ねた。


「辰弥、大丈夫スかね?」


「うん、大丈夫だと思う。疲れてたんだね、きっと。薬飲んで、ゆっくり休めば良くなると思うよ」


そう言うと、柏木君は嬉しそうに大きく頷いた。


「先輩」


それじゃあと言って、踵を返し、体育館を出て行こうとしていた由菜は柏木君に呼び止められ、振り向いた。


「色々面白おかしく、想像力豊かにああだこうだ言ってる連中いますけど、辰弥はどんな事があっても先輩一筋ですから。俺いつもあいつと一緒にいてそれが痛いほどよく分かるから」


「知ってる」


笑ってそう答える由菜を見て、始めびっくりしていたが、ぷはっと吹き出した。


「そうですよね、そりゃそうだ。辰弥の事は俺なんかより先輩の方が知ってますもんね。すんません、余計な事言って」


頭の後ろをガシガシと掻きながらきまり悪そうにそう言った。


「心配してくれたの?ありがとう。辰弥は良い友達を持ってたのね。あんまり辰弥自分のクラスの事話さないから。今度うちに遊びに来たらいいよ、ね?」


「はい、喜んで〜」


どこぞの居酒屋みたいな元気の良い返事を披露して、照れくさそうに笑っていた。由菜は今度こそじゃあねと、言ってその場を後にした。体育館を出る時、中をぐるりと見回したのだが、ジュディの姿が見当たらなかった。由菜にはそれが少し気にかかったが、辰弥の事が心配でその考えはあっという間にどこかに消えてしまった。

柏木君と話をしていて少し時間がかかってしまったので、由菜は足を速めて保健室を目指した。ところが、保健室に着いてもまだ両親はいなかった。電話してから、ゆうに30分は過ぎているというのに、どこで油を売っているのだと心の中で一人ごちた。

辰弥の表情は、青白く先ほどよりも辛そうに見える。早く家でゆっくりさせてあげたいという焦りでイライラし始めた。それから、待つこと約10分ほどして、ようやく両親が迎えに来た。


「ごめんごめん。ちょっと迷っちゃったわ。先生、いつもお世話になっております」


いえいえこちらこそと、佐々木先生と母のどうでもいい世間話が花を咲かそうとしていたので、由菜は強引にその花をむしり取った。

やっとこさ、車に乗り込んで出発したころには、後夜祭が始まろうとしていた。

後部座席に由菜が腰掛け、辰弥は由菜の膝を枕にして横になった。辰弥は足が長いので足を折った状態で横になっている。辰弥が由菜を見上げ、


「狭いけど由菜の膝枕は嬉しいな。あ〜俺、風邪引いて良かったかも」


そう言って力なく笑った。元気がないのに、元気があるふりをして無理に言葉を紡ぎ出そうとしている。


「もう、具合悪いんだから、大人しく寝てたらいいの」


少し強くそう言うと、へ〜いと返事をして目を閉じた。

車はそのまま土曜診療をしている病院へ寄り、辰弥は風邪との診断を受け、山の様に大量の薬を持たされ、ようやく家に着いた。

部屋で横になり、辰弥はお粥を少し口にし、嫌々ながら何種類もの薬を飲んだ。辰弥は薬が嫌いなようで、錠剤を一気に飲む事が出来ない、一粒ずつ飲み下すのだが、一回一回、不味い不味いと唸りながら何とか全部飲む事が出来た。由菜はずっと辰弥の傍で看病していた。


「由菜?俺が眠るまでここにいて、手握っててくれる?」


辰弥は右手を由菜の前に持ち上げた。由菜はクスッと笑うとうんと頷き、優しく辰弥の手を両手で包み込んだ。


「風邪引いてる時の辰弥はお子様だね」


と、くすくす笑っていると、辰弥は頬を膨らませた、その顔はさらに幼くそして可愛かった。


「俺、誰かにこうやって看病して貰うの久しぶり、小学校の低学年以来かも。いつも薬飲んで大人しく寝てなさいって言われるだけだったんだ。両親とも仕事休めなかったしね。今、風邪で体は苦るしいんだけど心は幸せだな」


辰弥が何となく寂しそうだったので、辰弥の頭を優しく撫でてあげた。辰弥も両親に会いたいと思う時があるのかもしれない。もう、高校生だから大丈夫だと思っていたが、辰弥が両親に会ったのはかなり前だ。伯父さんからも伯母さんからもちょくちょく電話はかかっては来るが、辰弥も寂しいのかもしれない。

子供が出来たらこんな感じなのかなっと辰弥の頭を優しく撫でながらそんな事を考えていた。愛しくて、可愛くて、どんな事があっても自分がこの人を守ってあげたいと由菜はこの時心の底からそう思ったのだ。


「由菜、大好きだよ」


か細い声で、苦しい時でさえ辰弥はそう言う事を決して忘れない。


「うん。おやすみ」


由菜は優しい気持ちで、寝入りばなの辰弥にそう声をかけた。

辰弥の手はまだまだ熱いが、薬が効いて来たのか少しずつ快方に向かっているように見える。

いつの間にか、由菜も文化祭の疲れが出たのか、辰弥のベッドに突っ伏して、辰弥の手をしっかりと握ったまま夢の世界へと堕ちて行った。


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