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1cmの距離  作者: 海堂莉子
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第50話:文化祭 3

「太田先輩ですよねぇ〜?最近彼氏が堂々と浮気してて大変ですねぇ。それとも別れたんっすか?なんなら俺が代わりになってあげてもいいっすよぉ〜」


その男の顔を由菜はこの時始めてみた。ガラの悪そうな男が由菜に向かって下卑た笑顔をたえず送っている。由菜の滅多に切れる事のない堪忍袋がこの時ばかりは、ぶちっと切れた。


「あんたに何が分かんのよ…」


下を向いて由菜が呟いたのだが、その男には聞こえなかったようで、はあ?と、感じの悪い声を上げている。


「あんたに何が分かんのよ!何にも知らないくせに辰弥の事を悪く言わないで!許さない…、辰弥を侮辱する奴はこの私が絶対に許さない!!!」


由菜はその男を力いっぱい睨みつけて、力の限りの大声を出した。由菜のぎゅっと握っていた拳がわなわなと震えている。突然の由菜の剣幕に、その男と、その教室にいた生徒及び一般客は唖然と由菜を見ていた。その男は、暫く口を大きく開けて呆然としていたが、やっと我にかえったのか「てめぇ」と言って立ち上がった。この時の由菜には怖いものなど何もなかった。その男に鋭い目で睨みをきかし喧嘩も辞さない覚悟が由菜にはあった。しかし、心の内では、恐怖が充満していた。その男がいよいよ由菜に掴みかかろうとした時、隼人がすかさず間に入り、その男の振り被っていた腕を掴んだ。


「いい加減にしろ。冷静になって周り見てみろ」


男は、隼人を睨みながら、それでも大人しく周囲を窺った。教室中の人間が、避難の目でその男を見ていた。その非難の目のあまりの多さに怯んだのが分る。いつのまにか騒ぎを聞きつけ、野次馬が集まって来てしまっていたのだ。


「明らかにお前が悪いな。行くぞ」


隼人は男の腕を乱暴に放すと二人をそくした。おい、待てと、男が言っているが無視し、由菜と加絵は慌てて隼人の指示に従った。

教室を出て、隼人はすたすたと前を進んで行き、由菜と加絵はひたすらその後をついて行く。暫らくして、誰も使っていない教室を見つけると、隼人はそこに無言で入って行った。そして、振り向き由菜を見据え、


「無茶すんな。もっとヤバい奴だったらどうすんだ。あいつはたいして強い奴でもないし、ただ悪ぶってるだけの奴だったから良かったものを…。お前ちゃんと分ってんのか!!!」


隼人がこんなに怒った所を見た事がなく、由菜も加絵もただただ驚くばかりだった。由菜は叱られた子供の様に肩身を狭くしていた。

それから、徐々に冷静さを取り戻してくると由菜は己のした事の無謀さに、驚くと共に恐怖が込み上げてきた。自分よりも年下だとはいっても自分よりも体の大きい男子に勝てるわけもないのに、喧嘩してやろうじゃないかって考えていた。そんな事出来るわけもないのに…。その恐怖が今になって襲って来て、涙の粒になって吐き出されて来た。

由菜は喘ぎながら何とかごめんなさいと、絞り出すようにそう言った。


「よしよし。怖かったね。もう大丈夫だからね。もう、冷や冷やしちゃったよ。こんな無茶もうしないでね。色んな事勝手に言う奴山ほどいるよ、でも、そんなの相手にしなくていいんだからね。どうせそういう奴はひがんでるだけなんだから」


加絵は由菜の肩をぽんぽんと優しく叩いた。ごめんと、うな垂れて再度謝罪の言葉を口にした。


「ほら、もう暗い顔してないで、お化け屋敷もう一回行ってみよ。隼人も、もう怒んないで」


由菜は隼人の顔を盗み見ると先程の怖い顔は少し緩んだが、無表情の顔をしている。隼人は由菜の視線に気付くと、由菜の頭をくしゃっとして、


「怒って悪かったな。でも、もうあんな無茶するなよ」


隼人は優しく、まるで小さな子供をあやす様にそう言い、由菜もそれに素直に頷いた。


「隼人って加絵と付き合ってから丸くなったよね。愛の力かな?」


優しくされてつい調子に乗ってしまった由菜は、案の定隼人に睨まれてしまった。


「まあ、そうかもな」


隼人がぼそりと言った言葉を由菜は聞き逃さなかった。しかし、わざとえ?何?と、ニヤッと笑って聞くと、


「何でもねぇよ。おら、行くぞ」


そう言ってそそくさと教室を出て行こうとする。仕方がないので、由菜と加絵は隼人の後を早足でついて行った。


お化け屋敷は、先ほどまでの混雑もなく、案外すぐに入る事が出来た。

加絵と隼人に二人で行くように言ったのだが、加絵のかなり強引な態度に押され三人一緒に入ることとなった。

中に入るとここかしこに暗幕が垂れ下がり、足元も覚束ないくらいに暗い。たまに、お岩さんや貞子、こんにゃくなど定番のお化けなどが出てくる。怖いというよりは驚くといった感じだろうか。顔見知りのお化け役などは、うらめしや〜と、言った後、普通にこんにちはと言ってくる。正直、そんな時は雰囲気が壊れるだけなので、挨拶などしないで頂きたいのだが。礼儀正しいというのか、律儀というのか。

つまり、他の人ならそこそこ楽しめたかもしれないが、我々には正直楽しめなかったとしか言いようがない。

それから、三人は、何個かの教室を見て、今、辰弥のいる体育館へと向かっているところなのである。由菜の隣で加絵が隼人に


「デュエットでもしようか?」


と誘っている。しかし、これは本気で誘っているのではなく、からかっているのだ。なぜなら、隼人は自他ともに認める音痴で、クラスの打ち上げの席では勿論、友達と遊びに行った時ですら歌う事を拒否するのである。中学校の時の合唱コンクールでも口パクで最後まで通し続けたと聞く。由菜も加絵も実際に隼人の殺人的と称される歌声をまだい聞いた事がなかった。二人の会話を、気付かれないように笑いを堪えて聞いていた。


体育館につくと、ステージでは、女子三人組が踊りながら歌っている。由菜も聞いた事がある曲で、確かクイズヘキサゴンというテレビ番組の中で組まれたグループだったと思う。グループ名は忘れてしまったが、由菜もこの歌は好きだった。このグループの他にも男三人グループやらラクダとカッパやら、エアバンドやら色々出ているようだ。

可愛らしく踊る女の子たちを横目に辰弥の姿を探すと、受付と書いてある紙が貼ってあるテーブルの所に座っているのが見えた。遠目から見ても、だるそうなのが分るが、由菜を見つけると明るく笑いかけ、右手を大きく振っている。そして、隣にいる柏木君に何か言ったかと思ったら、立ち上がり、真っ直ぐ由菜の方へ歩いてくる。一歩一歩お互いに歩を進め、あと少しという所に来た時、突然辰弥が崩れ落ちた。辰弥が倒れていく一連の動作はまるでスローモーションの様だった。


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