第5話:満員電車
今日も由菜は辰弥の勉強を見ていた。
辰弥はかなり頭が良いらしく、私が出す問題を殆ど難なくこなす。
由菜の通う高校は、そこそこの進学校だが、辰弥の頭だったら、その上を目指せるのではないかと思うほどだ。
「私の家庭教師って必要なのかな?大体全部出来てるし。私いらなくない?」
実際、辰弥は一人でもきちんと勉強をしていたし、どうしても分からないという問題は無いように思えた。
「由菜は絶対必要だよ。俺、由菜がいないと勉強する気もなくなっちゃうよ。由菜が大好きだから、傍にいれるだけで嬉しい。」
辰弥はいつも直球を投げてくる。恋愛に全く免疫のない由菜にとってどう対応して良いか戸惑ってしまう。そんな言葉を投げかけられる度に、由菜の心臓が飛び跳ねて止まない。
「もう、そういう事言うの止めてよ。困る・・・。」
辰弥から目を逸らしながら、そう言った。
「ごめん・・・。だけど、本当に大好きだから。」
そう言って見つめる辰弥を見る事が出来ずに、由菜は俯いていた。
翌朝、由菜と辰弥は駅までの道を歩いていた。辰弥の通っている中学校は、由菜の降りる駅よりさらに3つ先の駅にある。その為、毎朝一緒に通学していた。二人が乗る沿線は、通勤・通学で人々が利用する為、朝の時間帯はぎゅうぎゅう詰めだ。
辰弥はいつも由菜をすっぱりと包み込み混雑から守ってくれる。そんな時も由菜は辰弥があまりにも近すぎて、鼓動が高鳴る。辰弥はこんな風に女の子を優しく気遣う事に慣れているのかもしれない。由菜は満員電車で辰弥の腕に包まれながら、そんな事を考えていた。由菜は自分の胸が心なしか少し痛い事に気づいた。しかし由菜は胸が痛いのは満員電車のせいだと思い疑わなかった。
俯いて満員電車にじっと耐えている由菜を辰弥は愛おしそうに見つめていた。言うまでもなく、そんな辰弥の鼓動も激しくなっている。
由菜が胸の鼓動と幾ばくかの痛みを隠しながら俯いていると、上のほうから辰弥の低い声がした。この低い声は5年前にはなかった物・・・。その声で名前を呼ばれただけで、背筋がゾクッとしてしまう。
「由菜・・・。今度デートしようよ・・・。」
「えっ・・・?」
その言葉にびっくりした由菜は、辰弥を見上げた。見上げた先の辰弥の顔があまりにも近く、その透き通るような美しい瞳に吸い込まれるんじゃないかという錯覚に陥った。
そんな自分に慌てた由菜は、周囲の目を忘れて、
「馬鹿なこと言って、からかわないで!!!」
突然の大きな声に周囲の目が由菜に向けられた。
真っ赤な顔で俯く由菜は、笑いを堪えている辰弥をギロッと睨み付けた。




