第48話:文化祭 1
11月第二土曜日 文化祭当日。
その日は、良く晴れた絶好のお祭り日和だった。朝早くから当日の準備に忙しい生徒たちが学校中を活気の満ちたものにしている。
あの屋上でジュディと話した日から彼女はより一層由菜を敵視するようになっていた。というよりも、完全無視を決め込んでいるようだ。由菜の提案は、彼女にとって相当我慢ならないものであったようだ。
それは、仕方のない事かもしれない。同情したつもりはないが、ライバルに同情されたと思ったに違いないのだから。
高校生活最後の文化祭ではあるが、辰弥と回る事は絶望的だ。文化祭のしめとして後夜祭があり、キャンプファイヤーの前で男女ペアになって踊るのだが、それも辰弥との参加は無理だろう。それに、もし辰弥がジュディと踊るなんて事になったらとてもじゃないが見ていられない。後夜祭は出ずに、さっさと帰った方が良さそうだ。
由菜のクラスのコスプレ喫茶では、ちゃくちゃくとコスプレを着た男女が準備を整えていた。由菜もそろそろ着替える必要がある。由菜はメイドのコスプレを着る事になっている。ちなみに加絵はチャイナ服、隼人はガンダムのアムロ隊員もどきだ。その他にもナース、タキシード、不思議の国のアリス、それからなんだか知らないがアニメのキャラクター等様々なコスプレが登場した。
正直、メイド服はレースがたくさんついていて恥ずかしいのだが、今日限りの事であるし、良い思い出にもなるかもしれないと腹をくくった。それに、由菜のメイド服は、クラスメイトからは大好評だった。
辰弥のクラスは、体育館でカラオケ大会を催す事になっている。参加者を募り、ステージの上で歌った者には参加賞としてなにかしらが手渡されるようだ。
由菜と加絵、隼人の三人は午前中の当番になっており、午後は自由に見て回れる事になっている。由菜のクラスのコスプレ喫茶は、朝から大分繁盛していた。それというのもコスプレ見たさの男子と、コスプレ好きの腐女子の皆さんが沢山押しかけて下さったお陰である。あまりに皆さんバシャバシャと無遠慮に写真を撮るものだから、急遽教室の隅に記念撮影会の様なスペースが出来上がってしまった。
もちろん指名されたらその方ともしくは、一人でポーズを取らないといけないのだが、由菜は何度も指名されその都度写真を撮られて辟易していた。見ず知らずの人と写真を撮ったところで何も楽しい事など無いように思うのだが、一人また一人と撮影希望者は増えていく。
昼近くなった頃だろうか辰弥が顔を出した。もちろんジュディはその後ろをついて来ていた。今日は、もう一人の男子が辰弥と一緒だった。普段クラスにいる時に辰弥と一緒にいる子だ。辰弥はあまり自分のクラスの事を話してくれないが、たった一度だけ名前を聞いた事があるような気がする。はて、何ていう名前であったか、記憶の中を探っても一向に出てきてはくれないようだ。
由菜は、メニューとお水を持って行くと辰弥が笑顔を見せた。
「由菜、メイド服似合うね。可愛い。あそこで、写真撮影出来るんだ?俺も撮ってもらおうかな。あ、そうだこいつ同じクラスの柏木」
柏木と呼ばれた男子の肩を掴んでそう言った。
「こんにちは。こういう場合、辰弥がいつもお世話になってますって言った方がいいのかな?辰弥といるとこたまに見るから顔は知ってたけど、話すのは初めてだね」
そう言うと、柏木は照れているのか小さな声でこんにちはと言った。見た目がちょっと軽そうな子だったので、そんな人見知りしているように言われたのでちょっとびっくりした。柏木はジュディの髪と同じような色をしていて、いつも辰弥と馬鹿笑いをしているようだったので、元気で明るくてちょっとお調子者な感じの子だと思っていたのだ。
「こいつ由菜のファンなんだって、だからいつになく緊張してるんだ。でも俺の由菜だから、絶対にお前にはやらないからな」
そんなの分かってるよと、柏木はむくれた様に言い、楽しそうに二人でじゃれ合う。だが、辰弥の声のトーンがいつもより低く、顔色も何となく普段よりも青白い感じがした。
「辰弥?具合でも悪い?」
心配になった由菜がそう口に出し、辰弥のおでこに手を乗せようとした時、
「辰弥は、今日もとても元気よ。あなたが心配しなくても私がいるから全然大丈夫。あなたは早く仕事に戻ったら?」
ジュディが由菜と辰弥の間に割って入って来た。辰弥の体調の事が気になったが、そう言われては仕方ない、誰にも気づかれないようにそっと息を吐き、
「辰弥無理しないでね。じゃあ、ご注文はお決まりですか?」
と改まって言い、注文用紙をスカートのポケットから出して、メモをとる準備をした。
「俺、アイスコーヒー」
と辰弥が言い、柏木は、ファンタと焼そば、ジュディはコーラとオムライスをそれぞれ注文した。辰弥が飲み物しか頼まなかったので、少し心配そうな顔をすると、今はお腹が減っていないからと由菜を安心させようと笑顔を見せた。
辰弥は、飲み物を飲みながら、由菜が写真撮影に引っ張り出されているのを少しムッとした顔で見ていた。その辰弥のムッとしたした視線にまずいかなと由菜は思ったのだが、自分だけ写真撮影はお断りさせてもらいますとは言いにくい。辰弥に懺悔の気持ちは持つものの、機械的に笑顔をカメラに向ける。
柏木と、ジュディの食事が終ると、辰弥達は教室を出た。柏木は、少し照れた笑みを浮かべ由菜にぺこりとお辞儀をして行き、ジュディは鋭い目つきで由菜を睨んでからフンっといって出て行った。
「辰弥?写真撮影は、私だけ撮らないってわけにはいかないの。気分悪くした?」
「大丈夫だよ。由菜は可愛いから、皆が撮りたがるんだ。写真を撮って心が抜き取られるっていうんなら嫌だけど、由菜の心は俺のここにあるでしょ?」
辰弥は、自分の胸をとんとんと叩いて見せた。由菜は頬を赤くしながら、頷き微笑んだ。辰弥は、俺午後から当番だから来てと、言って教室を後にした。




