第47話:由菜vsジュディ?
普段なら放課後に一般の生徒が居残る事は殆どないのだが、文化祭前のこの時期には途端に活気づいてくる。
文化祭は、11月の第二土曜日に催される事になっている。文化祭まで約1週間と迫っていた。廊下に出ると、どこのクラスの前でも、大きな用紙に大きな文字や絵を描いていたりする。通行するのでもひと苦労を要する。
クラス委員である由菜は、文化祭委員と協力して、作業の音頭を取っていた。由菜のクラスでは、ホームルームの話し合いの結果、コスプレ喫茶をやる事になっている。コスプレは、自分たちの手で作る事になっており、クラスの中で部屋の中の飾り付けやメニュー、看板などを作るグループと、コスプレを作るグループに分かれて作業をしていた。大きく分けて女子がコスプレ作成、男子が内装という事になっているのだが、男子だけに内装を任せるのは不安という意見もあり、女子の数名が内装グループへと入っている。由菜と隼人は、人手の足りないグループの方を手伝ったり、材料等の調達などの雑用で走り回っていた。
放課後ずっと作業をしていた由菜は、ひどく疲れていた為、屋上で休憩してくると、加絵に言い置いて教室を出た。作業している他クラスの生徒の間をぬって屋上へと向かった由菜は空いているフェンスによっかかり大きく溜息をついた。屋上にも数名作業をしている生徒がいたが、広い為休憩していても邪魔にはならない。ここ数日、クラスの準備のため毎日帰宅するのは夜8時を過ぎていた。
辰弥もクラスの準備はあるのだが、そこまで遅くはならない。待っていると辰弥は言うが、由菜はいつ終わるか分からないので先に帰るようにと言い渡していた。
その後もジュディの態度は相変わらずで、朝はいつも一緒で三人なのだが、今までなら辰弥が満員電車で包み込んでくれていた腕は、流石にジュディの前では取り払われていた。それでも、ジュディの目を盗んでは、由菜の手を取る辰弥なのであった。満員電車故振り払う事が出来ず辰弥の反対側の腕には、ジュディの腕がしっかりと絡まっている。
学校では、いつも隣にジュディがいる為、辰弥は由菜の教室に来ることを控えているようだ。辰弥なりの気遣いがうかがえる。昼休みも三人プラスジュディだ。加絵には、隼人とお弁当食べておいでと、言ったのだが、ジュディがいるうちはと一緒にいてくれる。隼人には非常に申し訳ないが、正直ジュディと辰弥と三人だと息が詰まるので大いに感謝している。隼人の方でも同じクラスでいつも顔を合わせているのだから飯くらい一緒じゃなくても別に構わないと言ってくれている。
由菜と辰弥が一日のうち二人きりになれるのは、寝る前のほんの10分くらいのものだ。文化祭の準備でくたびれている為、ゆっくり話す機会はここ最近皆無に等しい。ただ、その10分間で、お互いの充電をするように、そっと抱きしめあう。
由菜は、ジュディに早くアメリカに帰って欲しいと考える事もあるが、どうしてもジュディを悪く思う事が出来なかった。ジュディのせいで辰弥との時間が激減しているのは確かにその通りなのであるが、ジュディとてやはり辰弥が好きな気持ちは同じなのだ。加絵が言ったようにそんなことを考えていたら、彼女に辰弥を取られてしまうかもしれない。
ぼーっと秋の空を見ながら、そんなことを考えていると、目の前が暗くなった。
「ここで何をしてるの?」
由菜が見上げると、そこにはジュディがいた。由菜はびっくりした、というのも今まで彼女が由菜に自分から近付いて来た事はなかったからだ。由菜は少し嬉しく思い、
「ちょっと疲れたから休憩。ジュディは?」
「私も…」
ジュディは、それだけ言うと、由菜の隣に座った。しばらくどちらからも話をせずに時間だけが、過ぎていた。ジュディはどうだか分らないが、由菜はその沈黙は別に嫌ではなかった。
「どうして何も話さないの?私に言いたい事あるんじゃないの?」
ジュディが突然そう言ったので、由菜は言いたい事?と、首を傾げた。
「私は、今までに男を強引に自分に振り向かせてきた。もちろん彼女がいる人だっていた。彼女がいる男を口説いている時、必ずその彼女が私に文句を言いに来た。『私の彼に手を出さないで』ってね。手が出る時だって、取っ組み合いになる事だってあった。なのに由菜はそんな事を一度も言ってこない。それは、日本人だからそうなの?それとも由菜だからなの?」
「う〜ん、日本人だからっていうのとはちょっと違うのかな。そうやって言う人もいるし、言わない人もいるよね。私は、ジュディの気持ちが分かるから、やめてとはどうしても言えなくて。確かに最初は辰弥に近づかないで、触らないで、口を利かないでってそんな風に思ったけど、でもやっぱり言えないかな。だって、ジュディは辰弥の事が好きで追いかけて来ちゃったんでしょ?知らない土地へ一人で好きな人を追いかけてくるのはすごい事だと思うし、その行動力は尊敬に値すると思うから。正直辛いけどね、辰弥となかなか話せないし、二人になれないし。でも、辰弥を諦めるつもりは全然ないよ。好きなものは好きだし、どんな素敵な男の人が現れたとしても辰弥以外には考えられないと思ってる。それに、辰弥の事信じてる」
ジュディは、由菜をずっと見ていた。そして、由菜が言葉を切り、彼女を見ると彼女は目をそらした。
「ジュディ、友達になろうよ」
驚いたようにジュディは目を丸くしている。
「ね?友達になろう。ジュディ、日本に来てから辰弥としか一緒にいないから友達がいた方が良いんじゃないかなって思って。余計な御世話だったらごめんね。でも、私たち良い友達になれると思わない?同じ人を好きなんだから話も弾むよ。辰弥の話一緒にしようよ」
「どうして…?」
ジュディは、そう呟くと勢いよく立ち上がり由菜をキッと睨んだ。
「あんたに何が分る?!あんたなんかと友達になんかならないよ!」
そう言って、ジュディは走って行ってしまった。由菜が今言った事は前々から考えていた事だった。ジュディが辰弥の隣にしかいない事が気にかかっていた。確かにジュディは辰弥を追いかけて来たのだから、他の誰とも関わりを持つ必要がないのかもしれない。でもそれは異国の地では寂しい事なのではないか。どんなに辛い事があっても由菜には加絵がいる。一緒に泣いて、一緒に笑ってくれる、そして一緒に怒って、一緒に悩んでくれるそんな彼女がいるから乗り越えられる事がある。ジュディには日本にそんな存在がいないのだろう誰にも相談できずにいる。辰弥は基本的には優しいが、由菜を思ってジュディにきつく言う事もある。ライバルにそんな弱音が吐けるかと思うのは当たり前だ。でも、由菜はそんなジュディを放ってはおけなかったのだ。こんな事を話したら加絵にお人好し過ぎると言われそうだが。
由菜は、空を見上げそっと息を吐き、それからのそりと起き上がり教室へと戻った。




