第45話:ジュディの想い
翌日の昼休み、いつもの木の下。10月も下旬大分空気がひんやりとしてきたが、中庭の日向で食べれば十分に暖かいので、そこで加絵とお弁当を食べていた。
辰弥がそこへ合流して由菜の隣に腰かけるのだが、後からついて来たジュディが当然のように辰弥と由菜の間に割り込んできた。正直、べったりとくっ付くジュディを見て食べるお弁当は美味しくないが、辰弥には会いたかった。ジュディは、辰弥の耳元で、「二人きりで食べたかったな」と言っている。小声ではなく、明らかに由菜に聞かせる為に。挑発的な視線を由菜に投げかけているが、由菜は一切無視していた。そんな挑発に乗る必要はない。
「ジュディ、申し訳ないけど離れてくれないか」
「なぜ?」
ジュディは何を言っているのか分からないという顔でそう言った。
「弁当が食べられないし、はっきり言っておくけど俺は由菜が好きなんだ。ごめん」
「だから?」
「だから、迷惑なんだ。やめてくれないか」
ジュディの態度にほとほと耐えかねたのか、辰弥がいつもよりもきつい声でそう言った。
「あなたが由菜が好きだって事は最初から知っているわ。だけど、それに何の意味があるっていうの?私はあなたに彼女がいたとしても奪うつもりでここに来てるの。あまく見ないで、海を渡って来てるのよ。それに、あなたと由菜は恋人ではないんでしょ?」
ジュディは最後の台詞の時にわざと由菜を見て、殊勝な顔をしてみせた。辰弥は困った顔で溜息をつく。
「君が何をしようが俺の気持ちは由菜のものだ。君がしている事は無駄なんだ。早くアメリカに帰った方が良い」
厳しい表情で厳しい声で辰弥はジュディに向かってそう言った。
「諦めないわ」ジュディは、辰弥の腕を強く掴み、強い気持ちのこもった眼で辰弥を見上げた。
加絵は、英語でなされていた二人の会話の意味が分からず、ただならぬ空気である事だけは分かっているのかおどおどと二人を交互に見ていた。
「朝は由菜と電車で通学するから迎えに来なくていい」
「それじゃあ、私も電車で行くわ」
より一層険しさを増していく辰弥の表情、声。その全ては由菜を思っての事だろう。だが、ジュディの気持ちが分らないではない由菜にとって複雑な思いが交錯する。
昼休みが終わりに近づき、教室へと向かうまでの間に由菜は加絵にどんな会話がなされていたのか話した。加絵もまたいつもとは違う辰弥の態度に面食らっていた。
「あんなに他人に冷たくするとこ始めて見た。よっぽど由菜が大切なんだね。愛されてるよねぇ」
あの二人の話していた事を聞いた加絵がしみじみしたようにそう言っている。その表情はなんとなく満足気でもある。
「なんだろ、素直に喜べないよ」
「そんなこと言ってたら、本当にあの子に取られちゃうよ。皆が皆幸せになれるわけないんだよ。笑う人がいれば泣く人もいるし、恋が実る人がいれば、その陰で恋が実らなかった人もいる。ジュディに同情してどうするの?それとも辰弥君から手を引いてあの子に譲るの?由菜がそれでいいなら私は何も言わないよ、だけど、好きなら闘ってやるって位の気持ちじゃないとあとで後悔する事になるよ。よく自分で考えな」
由菜は隣で黙々と歩いている加絵を見て嬉しくなった。自分の事をこんなに真剣に考え、真剣に意見してくれる友人がいる。涙が零れそうになった由菜はそれを誤魔化す為に加絵に抱きついた。
「こら!危ないでしょっ。つんのめるかと思ったじゃん」
驚いた加絵はバランスを崩したが、すぐに立て直しそう言った。
「えへへへ。嬉しいの。ありがと」
「何いってんのそれはもう散々聞いてるよ。由菜、私ね諦めないよ、隼人の事。だから、由菜も頑張んなって」
加絵はいつものように由菜の頭を撫でた。由菜はこくりと頷いた。
「おいおい、またいちゃついてんのか?通行の邪魔だぞ」
この声は、振り向かなくてもすぐわかる。隼人のものだ。気持ちなしか加絵の頬が赤くなったのが分かる。
「いいでしょ、私と由菜はラブラブなのよ。ざまーみろ」
そんな憎まれ口を叩くのはいつものパターンだ。きちんと見ていれば、加絵が隼人を好きな事くらいすぐに気付けた筈だ。加絵は普段男子に憎まれ口を叩いたりしないし、そもそもそこまで仲の良い男子はこの学校内にはいない。この学校の男子には興味がないのか、加絵が男子と話すのは事務的なものばかりで無駄な話はしない。その加絵がこんなに楽しそうに話すのは隼人とだけだったのだ。
もちろん本人は、楽しいだなんて認めないだろうが、傍から見たらただじゃれあっているようにしか見えない。
自分の事ばかりにかまけて親友の変化に何一つ気付けなかった自分に嫌気がさした。
「別にお前とこんなくだらない口喧嘩しに来たんじゃねぇよ」
加絵と隼人は廊下のど真ん中で立ち止まり言い争いをしている為、通り掛かる生徒が迷惑そうにしていた。この二人、言い争う事に夢中で、周りが見えていない様子。
なるほど、昨日の朝の状況を思い出し、自分もこんな感じだったのだと気付く。恐らく加絵は今この状況で、由菜の存在を忘れているのだろう。いや、そこにいるだろう事は分かっているが立て込んでいるので相手出来ないといった所ではないだろうか。
「じゃあ、何なのよ」
加絵が隼人の前で素直に物事を言ったのを見た事がない。こんな風に憎まれ口を叩くのは、恥かしさを隠す為なのだと今更ながら気づく。
「お前に話があるんだけど、お前がくだらない事ばかり言ってっからもうチャイムなっちゃうだろうが。お前今日、放課後空いてるか?」
「空いてちゃ悪い?」
隼人は前髪を乱暴に掻き上げて、大袈裟に溜息をついた。
「なんでお前はいつもそんなに可愛げがねぇんだ。とにかく、話があるから放課後屋上に来てくれ」
それだけ言うと隼人は踵を返し、長い脚を大股に開き、ものの数秒で二人の前から姿を消した。加絵はただぼんやりと隼人の後姿を目で追っていた。5時間目の始業5分前のチャイムが耳元で聞こえ、二人は飛び上るほどに驚いた。ちょうどスピーカーがすぐ近くにあり、早く教室に戻れと急かされているようだ。
二人は、急かされるままに教室へと足を向けた。
いつも有難うございます。
本日は、ジュディの想いです。我が儘娘ですけど、それなりの覚悟がないと追いかけては来れないと思います。なかなか出来る事じゃないですよね。
それでは、また明日!




