第44話:加絵の想い
「加絵は今好きな人いないの?」
そう口にして、この問いをすべきではなかったのかもしれないと後悔した。加絵は、いつも由菜の相談に乗ってくれていたが、いつしか加絵の恋愛の話をする事を拒んでいるような気がしていた。
いつ頃からだろうか。以前は、彼氏が出来た、喧嘩した、別れたとその都度話して聞かせたものだったのに。
明らかに気まずい空気が二人を包み込んだ。
「ごめん、今のなかった事に…」
「いるよ」
由菜が発した言葉に被せるように加絵の感情のこもっていない、半ば投げやりな声が降って来た。え?と、由菜の条件反射の様な疑問の言葉が口をついて出てきた。
「好きな人、いるよ」
加絵の真っ直ぐな目は正面を向いたまま由菜を見ようとしない。
「私が知ってる人?」もうこれ以上聞くべきではないのかもしれない。しかし、一度始めてしまった会話をもうなしにする事は出来なかった。
加絵は無表情で相変わらず真っ直ぐ前を見据えていた。沈黙する加絵を見て、もうこれ以上この話をするべきではないと判断した由菜は、違う話題をしようと口を開いたが、
「隼人」
突然加絵が口にした二人共通の友人の名前に、由菜は加絵の目線の先を追いかけ、その人物の姿を探した。だが、その姿はどこにも見つからなかった。
「私が好きな人。隼人だよ」
一生懸命に隼人の姿を探していた由菜は、加絵のその言葉に驚き、加絵の方を振り向きその可愛らしい童顔な顔を凝視した。加絵もまた由菜の驚いた表情を見ていた。
「いいいつから?」
動揺を隠し切れない由菜は言葉をどもらせながらそう言った。
「もうずっと前からだよ。隼人が由菜に告白するずっと前から。多分、2年になってからかな。由菜、お願いだからそんな顔しないで」
由菜は、自分がどんな表情をしていたのかは分からなかったが、恐らく複雑な顔をしていたに違いない。
「告白したの、4人で動物園に行った日に。由菜が辰弥君探してる時。返事なんて分かってた、隼人が由菜を好きだなんて一目瞭然だったし、だから返事はまだいいって言ったんだ。だから、ゆっくり考えってって。それから、返事を貰っていないまま今に至るというわけ。もう諦めるべきなのか、まだ待っていても良いのか分からなくって」
諦めたように全てを話し出した加絵。由菜は、何も言う事が出来ずにただひたすら親友の話を黙って聞いていた。
平気な顔をして淡々と語る加絵、だが、その内に秘めた思いは由菜が想像するよりも辛かったに違いない。加絵は隼人が由菜を好きなのを知っていて、由菜が隼人に告白されたと相談した時、どんな思いで聞いていたのか、知らなかったとは言え自分の無神経さに腹が立つ。
『鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす』
そんな諺を思い出した。何かあればすぐに加絵に相談する由菜は蝉だ。そして、自分の思いを己の内に隠していた加絵は蛍なのだろう。そう考えて、悲しくなると同時に加絵に何かしてあげたいと考えていた。
放課後、クラス委員の集まりがあった為、辰弥には先に帰ってくれるようにメールした。
退屈な委員会は、程なくして終わり、夕日の光を浴びオレンジ色に輝く廊下を隼人と歩いていた。
隣にいる隼人を由菜は先程からちらちらと覗き込んでは問うべきか問わないべきかと悩んでいた。
「なんだよ。さっきから」
「聞いても良い?」
ああ?と、承諾とも拒否ともとれる曖昧で無愛想な返事が返ってくる。
「加絵の事、どう思ってるの?」
そう聞いた後、物凄い鋭い目で睨まれ、聞くべきではなかったと今更ながら後悔する。こんな事を隼人を振った由菜が尋ねるべき事ではなかったのだ。
「一月位前の俺だったらお前はなんて残酷な奴なんだって思ったかもしれないけどな。でも、お前の事はようやく吹っ切ったんだ。それにしても、女ってもんは、どうしてそんなにお喋りなんだ?」
「加絵が悪いんじゃないよ。私が無理矢理聞きだしたの」
「いや、別に責めてるわけじゃねぇよ。それに、こうやって俺の気持ちを探ってるのもあいつに頼まれたわけじゃなくて、お前が勝手にやってる事なんだろう?あいつ、なんか言ってたか?」
一々最もで、肩身が狭い思いである。
「その通りです。加絵は、諦めた方がいいのかなって言ってた。隼人はどう思ってるの?」
一度始めてしまったお節介は最後までやり通すべきだと考え、とにかく隼人に睨まれる覚悟で聞いた。どう思ってる?と聞いて、素直に答える男はいないだろう事は、分かっていた。でも、加絵に何かしたいと思いが空回りしていた。
「それは、お前に答える必要のない事だな。俺が思っている事は直接あいつに伝えるべきだと思うしな。返事を延ばしすぎたのは、俺も反省してんだ。お前にも心配かけて悪かったな」
うん。と由菜がいったきり会話が途絶えた。隼人は、何らかの形で加絵と話をすると考えているようだった。ここから先は、二人だけの問題で、由菜が口出しすべきではないのだろう。
「人の心配するより、自分の心配した方が良いんじゃないのか?金髪女の噂凄いぞ」
その日、転入してきたジュディは、その美貌と辰弥へのあからさまな態度に、一躍時の人となっていた。ジュディの裏工作かそうでないのかは分からないが、辰弥と同じクラスに入ったらしく、辰弥から話を聞いたわけではないが、由菜の耳にはそんな情報が随時舞い込んできた。それというのも、由菜と辰弥は学校中の公認の仲であり、二人を応援してくれている人は沢山いたのだ。突然のライバルの出現に、由菜への同情の眼差しと、声援、それから単なる好奇心で由菜の廻りも騒がしくなっていった。




