第43話:寂しさ
10月の秋晴れの中、いつもの町を歩く由菜。
唯一つ違うのは、いつもは隣にいる辰弥の姿がないだけ。それだけなのに、心の中にぽっかり穴が開いたような空虚感は何故だろう。
思えば、辰弥がうちに来てから由菜が一人で登校するのは数えるほどしかない。春に辰弥が宿泊研修に行った時くらいなものだ。普段なら満員電車に乗ると、辰弥が由菜を庇ってくれるのだが、今日はもみくちゃにされてしまった。痴漢にあわなかっただけましかもしれない。
寂しい…。
ただ隣にいないだけなのにこんなに寂しいだなんて思ってもみなかった。いつも由菜の左側に立つ辰弥の右腕が由菜の左腕に歩く度にホンの少しだけ触れる。左肩はいつも熱を帯びた様に熱かったのに今は朝の少し冷たい風を浴びてひんやりと冷たい。
こんな事ではいけないと自らを叱咤する。これは留学した時に辰弥と離れるという事に慣れる為の練習だと思う事にしようはではないか。そんな事を考えながら一人寂しく歩いていると後ろから声がかかった。
「由菜?辰弥君はどうしたの?今日休み?」
いつもの元気な加絵が走って来たかと思うと由菜の隣にするりと並んだ。
「加絵、おはよ。休みじゃないんだけど。」
「何?もしかして喧嘩でもしたの?そんな寂しそうな顔しちゃってさ。」
由菜は苦笑を浮かべ曖昧に返事をした。今まさに元気を出そうと決めたばかりなのに、自分はそんな顔をしていたのかと反省した。もう少し感情が表情に出ないようにしないとと由菜は考えた。
そこへ、昇降口の方から少し困った顔をした辰弥がこちらに向かって走って来る。
「由菜。ごめん。一人で大丈夫だった?」
辰弥は、由菜を心配して走って来てくれたのだろう、息が少しはあはあいっている。
「平気だってば。気にしすぎだよ。ジュディは?」
「うん、今職員室に行ってる。」
そっかと、言って何とか絞り出したように笑顔を見せる。辰弥は、過保護なくらい由菜を心配するので、暗い顔は見せたくなかった。しかし、由菜の努力は虚しく辰弥の眉間には昨夜と同じように皺が寄っていた。
「もう、またそんな顔する。皺増えても知らないよ。ほら行こう。」
そう言って、辰弥の右腕を引っ張ったが、それでも辰弥の表情は一向に優れない。由菜はこんなに心配して貰えて幸せ者なのかもしれない。だが、好きな人のこんな顔は見たくない、そう思うのは誰しも同じではないか。
「私の事気にかけてくれるのはすごく嬉しいよ。感謝してる。でも、辰弥には笑ってて欲しい。だから、私の事を本当に考えてくれるならそうして。」
辰弥は初め大きく目を見開いたが、笑顔の由菜を見て、やがていつもの笑顔を見せてくれた。こんな時こそ、苦しい時こそ、由菜も辰弥も常に笑顔でいるべきなのだ。そうすれば幸せはおのずと二人の元へやってくる。そう由菜は信じたかった。だから由菜も下は向くまいと思うのだった。
「分かった。そうする。」
ちょうど昇降口まで来ていた一行は、そこで辰弥と別れた。ホンの少し別れるだけなのに何だか名残惜しい。
「ラブラブだなぁ。もしかして私の存在忘れてな〜い?」
加絵が由菜の肩に手を回してそう言った。
「そんな事ないよ。」
由菜は急いで、そして全力で否定する。正直に言うと、若干辰弥との事に気をとられて忘れていたかもしれない。それを、隠す為に全力で。
「私の前では、別に無理して明るい顔する必要はないよ。何かあったんでしょ?話してごらん。」
加絵が優しい声で由菜の頭を優しく撫でながらそう言った。
「実はね、辰弥を追いかけて来た女の子がいるの。」
「え?どこから?」
加絵は意味が分からんという顔をして首を傾げた。
「ごめん、最初から話すね。夏休みに辰弥と二人でロスに行ったでしょ?帰国前日にお姉ちゃんの友人宅でバーベキューをしたんだけど、その人の妹が辰弥を気に入ったみたいでずっとくっ付いて離れなかったの。帰国したからもう大丈夫だと思ったんだけど、辰弥を追いかけて日本に来ちゃった、昨日学校帰りに会って、うちに来たんだけど。それで、今日からこの学校に通うんだって。今日も朝から辰弥を迎えに来たんだよ。お金持ちのお家の子でね、リムジンでお出迎え。辰弥に由菜も乗って行こうって言われたんだけど、朝から辰弥にくっ付いてるとこ見たくないし、敵対心持たれてるみたいで、鋭い目で睨んで来るから今日は一人で来た」
「へ〜、やっと受験が終わったってのに災難だね。で、その子アメリカ人のなの?」
「そう。超美少女だよ。辰弥と同じ1年生だからきっと嫌でも一緒にいるとこ見る羽目になるんだよね」
歩きながらはぁ〜と大きな溜息を吐く。
「そんなに気を落としなさんな。今からそんなんでどうするの。辰弥君が好きなのは、由菜、あんたなんだからね。もっと自信持ちなよ。いい?」
うん。と、由菜は返事をして更にこう続けた。
「いつもありがと。加絵にはすごい感謝してるよ。加絵がいなかったら辰弥と気持ち通じずにいたと思う」
加絵は由菜に褒められて照れ臭かったのか、豪快な笑い声をあげた。
「そんなたいそうな事してないよ。本当はね、由菜に何にもしてあげられなくて歯痒いんだよ。相談されても上手い事返してあげられないし自分がもどかしくなるんだ」
「そんな事ないよ。本当に加絵には感謝してるんだよ。お母さんみたいでなんか甘えてばっかりで、情けないけど」
加絵がそんな風に思っていたとは考えてもみなかった。いつもいつも甘えてばかりの由菜をしっかり支えてくれたのは加絵だと思っているし、そんな彼女に自分も何かしてあげたいとも思っていた。
「加絵?」
加絵は階段を一段一段ゆっくりと上りながら、う〜ん?と間延びした声を出す。
「加絵は今好きな人いないの?」




