第40話:重なる想い
由菜は、辰弥の部屋をノックした。
ドアの向こうからはい。と、辰弥の声が聞こえる。
「入っても良い?」
と由菜が声をかけると、扉の向こうで辰弥が動く気配がして、それからドアが開いた。
「由菜?どうした?」
「入っても良い?」
顔を合わせるのがちょっと照れ臭くて、由菜は下を向いて再度そう言った。辰弥がドアを大きく開けて、どうぞ。と、由菜を中に招き入れた。辰弥の部屋に入ったのは数えるほどしかない。結衣が使っていた時には、頻繁に出入りしていたのだが。由菜の部屋に辰弥が来る事が殆どだった。男の子の部屋っていう感じがしてなんだか落ち着かない。辰弥の部屋をぐるりと見回した。ほぼ結衣が暮らしていた時のままだ。姉に遠慮してあまり内装を変えないようにしているのかもしれない。もともと姉の部屋はそんなに女の子っぽくなくシンプルな感じなので、辰弥がこの部屋を使っていてもなんら違和感もない。
由菜は妙に緊張して、なかなか話し出す事が出来なかった。
「座れば?」
辰弥は自分のベッドに腰をかけ、とんとんと自分の隣に座るようにそくす。由菜は大人しくそれに従い、辰弥の横に腰を下ろした。
「今日・・・誕生日だったんだね。教えてくれたら良かったのに。去年だって・・・。お祝い出来たのに。えっと・・・あの誕生日おめでと。プレゼント何も用意出来なくてごめんね。遅れちゃうけど何かあげるね。」
辰弥は照れながら有難うと言った。
「でも、プレゼントとか別にいいから。」
「私が・・・私があげたいんだってば。」
「そっか、じゃあ期待してる。」
期待してると言われると、何をあげれば良いか迷ってしまう。
それからしばしの沈黙が流れた。留学の話をするなら今しかないと思った。辰弥の誕生日にこんな話しをするのは良くないかもしれない。でも、今を逃せば言えなくなってしまいそうで。
「あああのね、え・・・と辰弥に話さなきゃいけないことがあるの!」
優しい笑顔で由菜を覗き込み、何?と聞いてきた。由菜は辰弥の顔を見る事が出来ず、俯いていた。
「うん、あの・・・私ね、高校卒業したら留学するの。」
由菜はつっかえないように一気に言い切った。言った後、俯いて目をきゅっと瞑った。辰弥の顔を見るのが怖かった。辰弥の反応を見るのが怖かった。
辰弥の前で、留学すると言った途端、それがより現実味を帯びてきて、由菜は辰弥と離れたくないと心から思った。こんなに毎日一緒にいる人と逢えなくなる事を思うと胸が苦しくなった。
「由菜?泣いてるの?」
辰弥の言葉に驚き、自分の目元に手を触れてみて初めて自分が泣いている事に気付いた。どんどんどんどん涙が溢れ出てくる。ふと石鹸の香りと共に辰弥の腕が由菜の体を優しく抱き留めた。辰弥は由菜が落ち着くまで、何も言わず優しく頭を撫でていてくれた。由菜が落ち着いたのを見計らって辰弥は口を開いた。
「俺知ってたんだ。留学の事。叔母さんに聞いた。」
え?いつ?と言った声は酷い鼻声だった。
「7月の終わり。俺、留学センターから来た由菜あての手紙を見たんだ。それで、叔母さんを問い詰めた。由菜が話してくれるのを待ってたんだ。由菜の口から直接聞きたかった。」
「ごめんね。待たせてごめん。怖かったの。」
「どうして怖かったの?」
「それは・・・。」
そんなの決まっている。辰弥と離れるのが怖かったのだ。好きだから怖かったのだ。由菜は続きを言う事が出来ずにいた。辰弥は由菜の体を離すと由菜を見つめた。
「由菜が好きな人を作らないようにしているって本当?」
辰弥の顔がいつになく真剣だった。由菜はただ頷く事しか出来なかった。
「由菜、言葉に出さなくても良い。ただ、聞きたいんだ。もし、由菜が首を横に振ったらもう俺は諦めるよ。・・・・・・由菜は俺が好き?」
辰弥は真剣な目で由菜を見つめ、そう問いかけた。辰弥は諦めると言った。もし、由菜がここで首を横に振ったら。辰弥が、由菜を諦めると言う事は、他の女の子に目を向けると言う事だ。由菜以外の女の子にあの笑顔を見せて、あの優しい声でくすぐったい言葉を囁き、あの力強い腕で抱きしめ、あの澄んだ瞳で見つめ、あの唇でキスをする。もしかしたらその先の事まで。由菜ではない女の子と。
考えただけで、奈落の底に落とされる。
・・・・・・嫌だ。他の誰にも渡したくない。絶対に・・・。
苦しそうにギュッと瞑っていた目を開き、辰弥を見つめる。何かを決めた時のあの強い目で、そして大きく首を振る。勿論・・・・・・縦に。
その途端強く、今までで一番強く抱きしめられた。
「由菜。ありがと。嬉しい。俺にとって最高のプレゼントだよ。・・・言葉なんて要らない。ただ、由菜の気持ちが分かっただけで十分だよ。今は、恋人じゃなくても良い。ただ傍にいれれば良い。俺、由菜が日本に戻ってくるまで待つよ。大丈夫、怖くないよ。ずっと俺がいるから。離れてたって俺が絶対由菜を守るから。由菜の夢叶えておいで。いくらでも待つから。だから、日本に帰ったその時には由菜の気持ち言葉にして伝えてくれるかな?」
由菜はきつく抱きしめられたまま頭だけ動かして同意の意を伝えた。そのまま時が止まってしまったかのように静寂が訪れた。
こんにちは。いつも来て頂いて有難うございます。
今日は遅めの更新になってしまいました。待って下さった方(いればの話)すみません。
では、また明日。




