第37話:アメリカ二人旅 6
結衣の幸せそうな姿にホッとする由菜ではあったが、自分の方には暗雲が立ち込めているようだった。
トムの妹であるジュディは、辰弥の隣をしっかりとキープし、何かを話しかけては笑い、腕を回し、自分の魅力を最大限に表に出し一生懸命に辰弥を振り向かせようと頑張っている。
由菜はというと、結衣はデイビッドと、辰弥はジュディと一緒に楽しそうにしているので、一人寂しくバーベキューと格闘していた。とにかく嫌な事を食欲でカバーするかのように食べ続けた。そんな一人寂しく食べ続ける由菜のもとにトムが、心配してやって来てくれた。
「由菜。そんなに勢い良く食べたら、お腹が痛くなるんじゃないかな。大丈夫?向こうで少し僕と話さないかい?」
トムが優しく話しかけてくれていたし、とにかく一人で退屈していた事もあり、由菜はトムの誘いに乗り、家の前に設えてあるブランコに行く事にした。正直、こんなに沢山食べた後に、ブランコに揺れたら、気持ち悪くなるんじゃないかと思ったのだが、トムはただ座るだけで、ブランコを揺らそうとはしなかったので、心底安心した。
「由菜。君は、こちらの大学に留学するんだろう?」
「はい。1年間だけですけど。」
このブランコからは、庭の全貌が見渡せる。辰弥がジュディに腕を絡まれている。しかし、楽しそうに話している。もしかしたら満更でもないのかもしれない。トムの話をおざなりに聞きながら、思う事は、辰弥の事ばかり、辰弥がちらちらと由菜とトムの方へ視線は走らせている。と、二人の目が合った。辰弥は何かを言いたそうな目をしている。由菜は、そんな辰弥から目を逸らした。
トムの話は、まだ続いていた。
「僕も同じ大学なんだ。こっちに来たら、なんでも僕に相談したら良いよ。」
「はい、有難う。」
トムは、由菜が心ここにあらずなのもお構い無しに、延々と話しかけている。適当に相槌を打つ由菜。心が痛い。辰弥はもてるから、こんな思いをいつもしなければならないのだ。自分に自信が持てない由菜にとって辰弥が自分の事を好きだという事は、幻のように儚いもののように感じる。辰弥の心がいつどこかへ行ってしまうのかという恐怖に苛まれていた。辰弥を好きだと自覚した時からずっと・・・。
やっとジュディの執拗なおしゃべりから開放された辰弥は、ホッと胸を撫で下ろした。結衣の友人だという事で、なんとか相手をしていたが、あまりのしつこさに手を焼いていた。勿論悪い子だとは思っていない。ただ、由菜が大好きな辰弥にとって、由菜以外の女の子は正直目に入らない。それよりも、ブランコに乗って、トムと二人で何かを話している由菜の事が気になって、どうしようもなかった。しかも、目が合ったのに、すぐに由菜から目を逸らされてしまったので、ショックだったのだ。
「由菜の事が好きなのね。」
さっきまで、デイビッドと一緒にいた結衣がいつの間に辰弥のもとにやって来ていた。はい。と、辰弥は素直に頷く。
「ごめんね。ジュディしつこかったでしょ。あの子は、自分が好きになった男の子は自分を好きになるまで、止めないのよ。」
辰弥は苦笑した。辰弥はジュディを好きになる事は、天地がひっくり返ったとしてもないだろう。
「君は知っているのね?由菜の留学の事。」
「はい。」
「君が今日大学を見ている時に『ここで由菜は勉強するんだな』と言ってるのを聞いてしまったのよ。」
あぁと、辰弥は納得した。あの時つい口をついて出た言葉を結衣は聞いていたのだ。
「留学には賛成なの?」
「賛成も何も、それは由菜が決めた事だから、俺がとやかく言える事じゃないですし。勿論、傍にいて欲しいと思うけど、由菜の夢なら叶えてもらいたいと思ってます。」
ふ〜ん。と、ビールを口に含んでから、結衣はまた口を開いた。
「君には?夢はないのかな?」
真っ先に浮かんだのは、由菜をお嫁さんにする事。だが、そんな乙女チックな事は流石に言えまい。
「今は、まだないです。」
そう。と、ビールの入っていたグラスをテーブルに置くと、辰弥を見た。
「由菜もね、一昨年ここに来た時には、まだ自分の夢をもっていなかったの。今の君と同じ年だね。よく、将来なりたいものは、大学行ってから決めれば良いって言ってる子を見かけるけど、違う気がするのよ。そういうのは、常に考えとくべきだと思うよ。早いなんて事は絶対にないと思う。由菜の傍にいられれば良いじゃなくて、お互いに成長できる存在になって欲しいって思ってるの。特に君は、将来由菜の旦那様になるかもしれないわけでしょ?夢のある男じゃないとうちの由菜はあげられないな。」
結衣の言葉は、辰弥の心に強く突き刺さった。由菜が夢を実現する為に親元を離れて勉強しようとしている。応援したいという気持ちと共にひそかに芽生えた気持ち。置いていかれるという焦りの気持ち。
「焦らなくて良いよ。」
ぎくりとした。自分の気持ちを見透かされたようで。
「自分に目標とか、夢がある人っていうのは自分に自信があるからどんな事でも動じなくなるもんだよ。君は、由菜とトムを見て、大いに動揺した。もう少し由菜を信頼しても良いんじゃないかな。これは、由菜にも言える事だけどね。まだ、由菜は自分に自信がないから気持ちが揺らぐ。由菜は君に好きだって言ったの?」
「いえ、言われてないです。由菜が俺の事好きかも分からないし。」
「ああ、好きなのは間違いないでしょ。でも、あの子は自分に自信が持てるようになるまで言わないかもしれないね。君は待てるかな?」
結衣は、辰弥を見つめてそう訪ねた。
「いくらでも待ちます。俺、6年間片思いだったんです。いつまでだって待てます。由菜以外の女の子を好きになる事は俺には考えられない事ですから。」
ふっと結衣は、笑顔を造る。
「良かった。由菜を好きになってくれた子が君で良かった。由菜は君に任せるよ。留学している間は、私に任せて。変な虫が付かないように私がしっかり見張ってたげる。」
結衣が右手を辰弥の前に出した。辰弥はその手を力強く握った。結衣は、母親のような笑顔だった。由菜の事を本当に心配していたのだ。
こんにちは。お読み頂いて有難うございます。
アメリカ二人旅あと1回で終わります。明日の途中からは、違う話に入っていく予定です。
では、また明日。ごきげんよう。




