第36話:アメリカ二人旅 5
ロサンゼルス6日目。
今日は、午後から大学を見学する事になっている。結衣は、やっと休みが取れたので、気合を入れて大学を案内すると張り切っていた。
早速昼食を食べ終えた三人は、結衣の車に乗り込んだ。本日も文句なしの良い天気である。ロサンゼルスのカラッとした暑さにも慣れた。
大学へは車で約10分ほどで着いた。車を降り、正門から中に入ると、まず目に付くのが、公園に来たのかと錯覚しそうなほど広く芝生が敷き詰められた広場。所々に白いベンチが置いてある。真ん中には泉があり、噴水が高く吹き上げ水飛沫を撒き散らしている。泉の廻りもまたベンチになっている。夏休み中であるのだが、ベンチに座って本を読む者、談笑する者、昼寝する者、サンドイッチを頬張っている者、犬の散歩をする者、スポーツをする者。老若男女様々な人々が寛いでいる。本当に、正門に大学名が記されていなければ、ここは公園と言っても相違ない。
「この大学には、大きな図書館があってね、一般開放されているから色んな人が来るの。敷地内が公園みたいな物だから、図書館に用がなくても散歩がてら立ち寄る人もいるみたい。」
結衣が、広場で寛ぐ人々を眩しそうに見ながら、そう説明した。
噴水を越えて、奥に進むと、大きな建物が見えてくる。赤煉瓦造りの建物で、白枠の小さな窓が規則正しく一定間隔に設えてある。向かって右側に聳え立つ大きな建物。それが、図書館である。何となく日本の国会議事堂の形に似た2階建ての建物である。一般の市民が出入りしているのが見える。
正面に見える5階建ての建物が、北部キャンパスに当たる。この他にも南部キャンパスがあり、学部によってキャンパスが別れている様だ。同じ敷地内に大学院のキャンパスが併設されている。それから、大きなホールや博物館など色々な建物がこの大きな敷地内に存在するのである。
三人は、北部キャンパスにまず、足を踏み入れる。そのキャンパスだけで、名所観光をしている気分にさせるそんな見事な建築物を見上げながら、各階を見て行く。所々で、結衣の説明が入るが、由菜はただただその大きな建物に圧倒するばかりで、説明も上の空で聞いていた。
「ここで・・・・・・だな。」
辰弥がぼそリと何かを呟いた。え、何?と、聞き取れなかった由菜は、辰弥に尋ねた。
「いや、何でもないよ。」
いつもの屈託のない笑顔を由菜に惜しみなく向ける。そう?と、由菜は納得のいかない気分で、そう答える。しかし、あの笑顔を見せられたらもう何も問いただせなくなる。ただその時の辰弥の悲しげな表情が、妙に気にかかった。
この時結衣は、辰弥の放った言葉をしっかりと耳に入れていた。そして、難しい顔で、二人の会話を聞いていた。
夏休み中でも建物の中には、勉強熱心な学生達と行き違う。行き交う学生達は皆挨拶を交わし、笑い合う。アットホームな雰囲気をひしひしと感じ、由菜は自分の留学生活に光を見出していた。ここならやって行けそう。
キャンパスを出て、三人は、国会議事堂に似た図書館へと足を向けた。この図書館には、800万冊以上の蔵書があり、兎にも角にも広い。館内に入ると、カビと埃の混ざったような匂いが鼻をかすめる。懐かしいような落ち着くその匂いを伴い、中に入っていく。アメリカ国内の本は勿論、それ以外の国の本も多数置いてある。日本の小説のコーナーに行ってみると、よしもとばなな、村上春樹、宮部みゆきなど著名な小説家の小説が並んでいた。もちろん英訳版である。よしもとばななの『キッチン』を試しに除いてみる。よしもとばななの独特な世界観を英訳できちんと表現出来ているのかと思うが、ほんの1、2文読んだだけでは、良し悪しも判断しかねる。
結衣が借りたい本があるからと、どこかに行ってしまったので、辰弥と由菜は適当に本を見ながら歩いていた。
「図書館って、落ち着くよね。日本でも世界でも同じなんだね。きっと。」
そうだね。と、辰弥が言う。先ほどから、辰弥の様子がおかしいように思う。
「辰弥?具合でも悪い?」
「え?違うよ。どうして?」
「何かさっきから元気がないからどうしたのかと思って。」
辰弥が驚いたように由菜を見、そのあと笑顔を作り、
「大丈夫、何でもないよ。ただ、明日には日本に帰るのかと思ったら、何か名残惜しくなったんだよね。」
そうなの?と、由菜は、辰弥の反応を見逃さないように凝視した。大丈夫だとはいってもやはり何処となく様子がおかしい。それでも、それ以上聞き出せないでいた。
その日の夕方。結衣の友人を交えてバーベキューをする事になった。
その中でも一際大きな家に住む友人宅の庭で催す事になっている。三人は、結衣が運転する車でそこへ向かう。由衣に教えて貰うまでもなく、誰にでも直ぐに検討が付く見事な豪邸だ。
ちびまるこちゃんに出てくる花輪君のお家の様な外観、庭は広く芝生がぎっしりと敷き詰められている。大きな犬が2匹、芝生の上をじゃれ合うようにして走り回っている。
庭に入ると、結衣の友人であり、その家の息子でもあるトムと呼ばれている青年が出迎えてくれた。姉と同じくらいの歳のトムは、結衣の頬に軽く挨拶のキスをして、由菜と辰弥に握手を求めた。気さくで感じの良い陽気な人である。金持ちの鼻にかけた感じが全くなく、好青年である。トムの横にいる少女は、トムの妹で、ジュディという名前の可愛い女の子。緩いウェーブがかかったブロンドの髪をポニーテールにして、大きな目は薄いブルー、表情には自信が満ち溢れていた。たけの短い淡い白色のワンパースが、体のラインを強調している。明らかにナイスバディなこの少女、辰弥と同い年だという。三人がここに来てから、辰弥の顔しか見ていない。辰弥に興味津々だという事を隠そうともしない。
「辰弥君、ジュディに気に入られちゃったわね。用心しなさいよ、あの子は狙った獲物は逃がさない。しつこいわよ。」
結衣が、由菜に耳打ちした。関係ないよ。と、由菜は結衣に言ってみせたが、心配ないわけがない。あんな可愛い女の子を前にして落ちない男なんていないように思われた。
今回参加した人数は由菜達を入れて10人。その中に結衣の彼氏も含まれていた。初めて会う姉の彼氏は、堂々と結衣にキスをしていた。日本育ちで間近でキスを見る事のない由菜は一人で赤くなっていた。結衣の彼の名前はデイビッド。結衣の勤務する旅行会社の上司に当たる。上司といっても年齢は3つ上の26歳。大して変わらない。落ち着いた物腰に、結衣を見る優しい眼差し。いかにもジェントルマンだ。背もすらっと高く、結衣と並ぶとお似合いのカップルだ。幸せそうな結衣を見て、ホッとする由菜であった。
いつもご贔屓にして頂き有難うございます。
一つ、結衣の友人のトム、ジュディ、デイビッドの話している言葉は英語です。その為彼らと話す時の由菜と辰弥は英語を用いています。
では、また明日。良かったら、評価・感想下さい。




