第35話:アメリカ二人旅 4
ロサンゼルス5日目。
今日も文句なしの青天である。雲ひとつないきらきらの青い空。風も殆どなく、行楽日和だ。今日は、やっとディズニーランド・パークへと繰り出す事になった。
2日目に予定していたディズニーランド・パークであったが、結衣のあんた達も私のガイドについて来な。という半ば強引な誘いを断る事も出来ず、実際姉のガイド姿も見てみたい事もあり、そのツアーに参加する事になってしまった。2日目だけでは飽き足らず、3日目、4日目も強制的にツアーに参加させられてしまった。ツアー自体は、とても充実できる内容だったので、良かったが。
2日目は、市内観光。3日目はハリウッド、4日目は、ユニバーサルスタディオだった。
相変わらず忙しい結衣は仕事があるので、本日は辰弥と二人で出掛ける事となった。結衣が、仕事の前に車で送ってくれた。
中に入るとすぐに少し前を歩いていた辰弥が振り返り、由菜に手を差し伸べた。由菜にだってこれが何を意味するかなど分かっている。しかし、どうして良いか迷っていると、辰弥が強引に由菜の手を取って歩き出した。
「あの・・・、辰弥?」
と、小さく呟くと、
「こっちにいる間だけ。」
そして、覗き込んで、ダメ?と聞いてくる。そんな切なそうな顔をされたら、流石に嫌とは言えない。由菜は小さく頷いた。
少し汗ばんだ辰弥の大きな手に少し力が加わる。いや、汗ばんでいるのは、由菜の方かもしれない。手の汗を拭きたかったが、辰弥の力強い手で握られたそれを解く術はなかった。
ディズニーランド・パークはとにかく広く、沢山のアトラクションがあるので、ポイントを絞って行動する事にした。メインストリートを歩いて行くと、正面に眠れる森の美女の城が見えてくる。そこから右手に折れて、トゥモローランドへと向かう。トゥモローランドに着くまでに、色んなキャラクターに遭遇した。ミッキー、ミニー、ドナルド、シンデレラ、オーロラ姫。これらのキャラクターと一緒に写真を撮った。基本的には、由菜とキャラクターのツーショットで写真を撮ったが、ミッキーとドナルドとだけは、辰弥も一緒に写った。
トゥモローランドに着いた二人が最初に目指したアトラクションは、『ファインディング・ニモ・サブマリン・ヴォヤッジ』。その名の通り、ファインティング・ニモのアトラクションなのだが、黄色い潜水艦に乗り、水中の世界、ニモや仲間達の生活を覗き見てみようといったアトラクションだ。このアトラクションは、ロスのディズニーランドでしか体験する事の出来ないアトラクションの一つだ。
日本と違い、あまり待たずにアトラクションに乗る事が出来た。水中に入ると、窓からニモ達を見る事が出来た。そして、艦内のアナウンスからニモ達の会話が聞こえて来る。
次は一旦戻り、眠れる森の美女の城の近くにあるファンタジーランドへと足を運ぶ。次の目的地はファンタジーランドにある『マッターホーン・ボブスレー』というアトラクション。簡単に言うとジェットコースターである。細長いボブスレーで、雪山を高速滑降するわけだが、アルペン湖という湖を通過するときの水飛沫が凄まじそうである。由菜はコースター系が苦手なので、正直遠慮したいのだが、辰弥がどうしても乗りたいと粘るので、仕方なく承諾した。これもロスにしかないアトラクションなのだそうだ。こちらでも、たいして並ばず、乗る事が出来た。由菜的には、心の準備ってものがあるので、正直もう少し並んでいたかったのだが、そうは問屋が卸さないようだ。そして、感想としては、やはりジェットコースターとしか言いようがない。もし、由菜が小学生の低学年だったら絵日記にこう書くだろう。『水が沢山かかりました。でも楽しかったです。でも、怖いので、もう二度と乗らないと思います。』
「由菜?大丈夫?」
やつれた顔をした由菜に辰弥が優しく声をかける。
「う・・・ん、大丈夫だよ。何とか。」
引き攣った顔で何とか答えると、辰弥は、
「どこかで休もうか?お腹も空いてきたし、由菜ご飯食べれそう?」
「うん、どっかで休もう。ご飯は食べれるよ、大丈夫。ただちょっと怖かっただけ、気持ち悪いとかじゃないから。」
辰弥は、由菜の普段よりもさらに遅い歩く速度に、合わせて隣を心配気に歩いている。ゆっくりと歩いて行くうちに徐々に、恐怖は消えていった。ホットドックを売っているお店を見つけ、そこでホットドックを買い、そこに設えてあるパラソル付きのテーブルに座って食べる事にする。食べ始めた頃には、すっかり恐怖も消えて普段の由菜に戻っていた。巨大と思われるそのホットドック(日本のそれの倍はあるかと思われる)を大口を開いて齧り付いていると、幼稚園生くらいの小さな男の子が二人の元へと近づいてきた。色白で、ブロンドの髪は少し天然パーマがかかっている。くりくりの大きな瞳は美しい海色に輝いている。
とても愛らしい顔をしているその男の子は、由菜と辰弥を凝視していた。あまりに真剣に見つめてくるので、流石に食べづらい。辰弥が食べるのを中断して、ハーイと、声をかけてみた。Hiと、恥ずかしそうに男の子ももじもじしながら答えた。
「どうしたの?お父さんとお母さんは?」
と、辰弥は滑らかな英語で尋ねた。辰弥の見事な発音に由菜は驚きを隠せなかった。男の子はある一方向を指差した。そこには30代くらいの若い夫婦がおり、二人を見て嬉しそうに微笑み、手を振っている。
由菜と辰弥も同じように笑顔で手を振り返した。その男の子を見ると、自分の両親と由菜達を交互に見て、嬉しそうにしている。
「二人は恋人同士なの?」
男の子は舌たらずな声で、そのような大それた事を聞いてきた。
「そうだよ。」
しかし、辰弥はそんなことは当然とばかりに、事も無げにそう答える。その答えを聞いたその男の子は、赤い顔をして俯いてしまった由菜を見て、ふ〜ん、残念。と言って、自分の家族の元へ戻って行ってしまった。
「あの子は、由菜をナンパでもしたかったのかもしれないね。」
「え〜、あんなに小さいのに?」
そんな事は有り得ないとそう言うと、こっちの子は凄くませてるからね。と、辰弥が可笑しそうに由菜を見て笑っている。
「さっきの・・・」
え?と、辰弥が首を傾げる。
「さっきの」
由菜は、さっきより幾分大きな声で言った。
「あぁ、さっき俺が恋人って言った事?気悪くした?ごめんね、由菜。」
そっと辰弥を覗き見ると、やはりしょんぼりとした顔をしている。まるで叱られた犬のように。とすると、私って飼い主?と由菜は考えていた。
「別に怒ってないよ。でも、あれを日本で言われたら、ちょっと困ったかもしれないけど。」
怒ってなどいない。ただ、嬉しくて、恥かしいだけだ。
「本当に怒ってないの?」、「うん、怒ってない。」、「本当?」、「うん、でも、それ以上言ったら怒るからね。」
分かったと言って、辰弥はホットドックを食べ始めた。美味しそうに。
この笑顔にいつもやられているんだな。と、由菜は一人考えに耽っていた。
食べ終えた二人は、パレード『ウォルト・ディズニー・パレード・オブ・ドリーム』を見た。沢山の観客が道の両脇にいて、良い場所を取れたわけではなかったが、それでも、パレードは見えたし、多くのキャラクターが登場した。パレードを見るとなぜあんなに興奮してしまうのか、由菜はキャラクターが出てくるたびにきゃーという奇声を発していた。日本のパレードで出てくるプリンセスも可愛いが、また本場のプリンセスも可愛くドレスがとても似合っていた。タキシードを着たプリンスもまたとても格好良くて、見ほれてしまうほどだ。辰弥はというと、パレードというよりも騒いでいる由菜を見ているようで、こちらを何度も見ては笑っている。
私なんか見ないで、パレード見てよと言っても、取り合うつもりはないようだ。夢のような時間とは、何ともあっけなく終わってしまうものである。いっそのことパレードの後をついて行ってしまおうかしらと思う気持ちを何とか沈め、辰弥と次なるアトラクションを見るために歩き始めた。
すっかり夕日も傾き、夜も始まろうとしている頃、由菜と辰弥は結衣を待っていた。
その後も、日本にある同じみのものから、ここにしかない物まで、二人は十二分に楽しんだ。
そして、お土産をしこたま買い、二人の両手には、沢山の荷物がぶら下がっている。辰弥が持っている袋の半分は由菜の物である。あまりに買い込みすぎ、持てなくなっている由菜に辰弥が愛の手を差し伸べてくれたのだ。
由菜は、沈み行く夕日を見ながら、辰弥と過ごした一生に一度しか味わえないこの幸福をかみ締めていた。勿論、また辰弥とこうしてここを訪れるかもしれない。でもそれは今この時とはまた違った幸福なのだ。
今しか味わう事の出来ないこの幸福を二度と忘れないように、由菜は大切に胸のアルバムに仕舞った。




