第31話:由菜の夢
2ヶ月という月日があっという間に過ぎた。
7月もあと少しで終わりを告げる。辛かった期末テストの勉強も終わり、夏休みへと突入した。その日、由菜は加絵さんと遊びに行って、夕方まで帰らないと言っていた。二人でウインドーショッピングをしたり、映画を見たり、スウィーツを食べたりするんだと、昨夜はしゃいでいた。
辰弥は、暇つぶしにTSUTAYAに行き、何かめぼしいDVDはないかと探していた。由菜と見るための洋画を。由菜は、基本的に洋画しか見ない。
辰弥は、店の中を見て回りながら、由菜の事を考えていた。最近の由菜は、辰弥が自惚れてしまうほど、優しい。由菜が辰弥に微笑むたびに抱きしめたくて仕方がなくなる。これでも、約80%くらいは、我慢しているのだ。まあ、あとの20%くらいは抱きしめてしまっているわけだが。ただ、最近気になっているのが、由菜が何かを言いたそうな目で見つめてくる事。それから、たまに寂しそうに微笑む事。初めから、それは感じていた事だった。由菜は、何かを隠していると・・・。初めは、気のせいかもしれないと思っていたのだが、ここ最近は、確信に変わりつつあった。由菜は何かを伝えようとしている。辰弥は待つ事にした。由菜が自ら話してくれるのを。
伝えたいと思っている事が、愛の告白ならば、どんなにか良いか。だが、辰弥はそんな類の話ではない事くらい分かっていた。
結局辰弥は、ウィル・スミス主演の『アイ・アム・レジェンド』とディズニーの『魔法をかけられて』のDVDを借りる事にした。それらを手に、辰弥は家へと戻った。
玄関の前で、ポストをチェックする。ダイレクトメールや不動産関係のチラシ、公共料金の請求書と共にその郵便物はあった。由菜あてのその郵便物。水色のA4サイズのその封筒は、辰弥の見てはいけないものだとすぐに気付くと共に、そして妙に納得した。ああ、これだったのかと。辰弥が、呆然と立ち尽くしていると、
「辰弥君?」
呼ばれて振り向くと、買い物袋を両腕に抱えた叔母さんが立っていた。何も言えず、ただ叔母さんの顔を見つめて立っていると、叔母さんは辰弥の持っていた郵便物に気付き、あぁと小さく溜め息のような声をあげた。
「叔母さん、これって。」
辰弥は、何とか声を出した。叔母さんは、少し困った顔をした後、
「とにかく、中に入りましょう。暑いし、それにお肉が駄目になっちゃう。」
辰弥は、その指示に大人しく従い、叔母さんの持っていた荷物を受け取った。買ってきた物を冷蔵庫の中に入れちゃうからちょっと待ってて。と、叔母さんは冷蔵庫の前で腰を屈めた。辰弥は、ダイニングのテーブルに座り、テーブルの上に置いたその水色の封書を眺めていた。
差出人は、「○×留学センター」。あて先の横に、「留学前スケジュール及び資料在中」と記されている。
叔母さんが、食材をしまい終わり、麦茶を二つ用意して、辰弥の正面に腰を下ろした。
叔母さんが観念したように、話し始めた、
「高校2年の春にね、辰弥君がうちに来る前ね、由菜が卒業後は、留学したいって言い出したの。うちは、お姉ちゃんがアメリカに留学しているから、お姉ちゃんのアパートに一緒に住まわしてもらって、1年間、向こうの大学に行きたいって。あの子将来英語関係の仕事に就くのが、夢だから。日本の短大は、受験するのよ。1年間休学して向こうに行く事になると思う。」
辰弥は、黙って叔母さんの話を聞いていた。叔母さんの話は更に続いた。
「あの子、去年の春から、もう好きな人は作らないって考えていたみたいなの。そんなに頑なになる必要なんてないって何度も言ってるんだけど、なにせあの子は、頑固だから。あの子は、辰弥君が好きなんだと思うわ。あの子辰弥君が来てから、凄く楽しそうだし、たまに寂しそうにしてるわ。やっぱり、あの子も離れたくないって思ってるんじゃないのかな。ごめんね、辰弥君。あの子、離れたら絶対に駄目になってしまうと思っているのよ。自分が傷つくのが怖いのね。だから、好きな人を作らないようにって考えてた。でも、辰弥君が来て、否がおうにも惹かれてしまった。だけど、あの子は、絶対にそれを告げずに行ってしまうと思うの。」
暫くの沈黙の後、辰弥は口を開いた。
「いつ、日本を発つんですか?」
「4月から大学に通う予定だから、3月の中旬から下旬くらいになると思う。もしかしたら、卒業後直ぐに発つかもしれない。」
叔母さんはそう言ってから、麦茶をぐいと飲んだ。辰弥は、静かに話し始めた。
「俺、今更改まって言う必要もないのかもしれないけど、本当に由菜が好きなんです。由菜に夢があるのなら、それを叶えて欲しいと思ってる。確かにアメリカは遠いし、近くにいれないのは、正直キツイです。だからって、由菜を好きなのを止めるなんて事は、考えられない。由菜に待つなって言われても、勝手に待っちゃいます。俺まだガキだけど、由菜以外の人はどうしても考えられないんです。由菜が何と言おうと俺は、好きでい続けます。なんせもう6年も片想いしてるんですから。」
叔母さんは辰弥を見て、満足そうに笑った。きっと、将来あなたは、由菜の旦那様ね。と、上品な笑みを称えて言った。そうなったら良いですけど。と、辰弥も軽く笑う。
ショックじゃないと言ったら嘘になるだろう。由菜は、ずっと日本にいると思っていたし、短大を受験すると聞いていた。もう少し傍にいれば、自分の気持ちにも答えてくれるんじゃないかって最近では、そんな期待さえ持っていた。
由菜がアメリカに行ってしまう。こんなに近くに、こんなに毎日一緒にいたのに。それが突然いなくなってしまうのだ。それを思えば、胸が切り裂けるんじゃないかと思うくらい苦しい。どんどん欲張りになっていった。初めて自分の恋心を知った日から、ずっと会いたいと思っていた。それが、去年に入って、同じ家で暮らす事が出来、最初は、冷たかった由菜も、今では、毎日のように一緒にいる。辰弥に色んな表情を見せてくれる。照れた顔も、脹れた顔も、寂しそうな顔も、笑った顔も、怯えた顔も。そんな色んな顔を見るのが、当たり前になってしまった辰弥にとって、留学はとても辛かった。たかだか1年なのかもしれない。
でも、辰弥にとっては、1年が永遠のように長いものにさえ感じる。
自分は、由菜がいない生活が出来るのだろうか・・・。
彼女なしの生活は、俺にとって何の意味があるのだろうか・・・。
俺は、こんなにも彼女に依存していたのだ。
それでも、自分は由菜の応援をするだろう。由菜が望む事なら。この身が滅びようとも、君のために出来る事なら何でもしよう。
いつもお越し頂き、有難うございます。
今日は、早い時間に投稿出来ました。
『由菜の夢』です。留学で別れるのは、このくらいの年の子達にとっては辛い事なのではないかと思って取り上げました。実際どうなんでしょ?
それでは、また明日までお元気で〜。




