第30話:動物園 3
「別に情けなくなんかないよ。やきもちなんて誰でも焼くし。普通だよ。お母さんがね、この間こう言ってた。『あなたはまだ高校生でしょ?まだ感情が未熟だから、すぐに面に出ちゃう。大人になったらそういうの器用に隠す事が出来るようになるけど、実際感じてる事は大人も子供も大して変わらないのよ。あなたはまだ幼いから不器用にありのままに感情が外に出てしまうけど、それは別に間違った事じゃないのよ。あなたがまだ純粋だって事なのよ』って。だから、あまり気にしないで。」
全部私が言われた事だけど。と恥ずかしくなって笑った。
「由菜もやきもち焼いて叔母さんに相談したりしたの?」
さあね。と、意味深な表情を辰弥に見せる。それから、辰弥に聞こえないような声で、
「私だって、辰弥の周りにいる女の子に、やきもち焼く事だってあるよ。」
辰弥に聞こえない様に出した小さな声だったはずなのに、しっかりと聞こえていたようで、満面に笑みを湛え、由菜を見ていた。しまったと思ったが、今日のところは、出血大サービスという事で・・・。
「そろそろ、二人のところに戻ろう。」
と二人並んで歩き出した時、辺りに電気がついたように光った。そう、とうとう雷が。うきゃっと変な叫び声をあげて、辰弥に勢い良く抱きつく。咄嗟の事で、条件反射のように辰弥に抱きついてしまい、慌てて離れようとした。それなのに辰弥は、由菜を離してくれない。
「怖いんでしょ。こうやっていれば怖くないから。ね?」
辰弥の胸に顔を埋めたままなすがままに。ただ、いつもの辰弥に戻っている事に嬉しさを感じて。
「由菜。加絵さんに電話だけかけて。どこにいるか。もしもう帰るなら・・・、そうだな象の前で落ち合う事にしよう。」
早速由菜は、電話をかける。辰弥の腕の中で、空を極力見ないようにして。二人は今、西園にいた。雨が降りそうだから帰ろうという事になり、辰弥のいった象の前で落ち合う事になった。
辰弥は、由菜を離してはくれなかったので、そのまま歩き始めた。由菜は辰弥の左側の肩に顔を埋め、雷の光が見えないように目をつぶり、辰弥のTシャツを両手で強く掴む。(後日Tシャツが伸びたと文句を言われたのは言うまでも無い)辰弥の腕は、由菜の肩に回され、すっぽりと守られている。さっきまで、あんなに落ち込んでたのに、この変わりようは何なんだと、言ってやりたい気持ちがあったが、とにかく雷が怖いから、目を開ける事すら出来なかった。この体勢のまま、歩くと足が縺れそうになるので、ゆっくりゆっくりと歩を進めて行く。
由菜が目を硬くつぶっているのは、もちろん雷が怖いからであるのだが、それよりも、至近距離で辰弥を見上げる事の方が更に怖かった。近くで見つめられたら、由菜の気持ちまでもが、露見してしまいそうで。辰弥の心臓の音が、由菜のそれと交互に聞こえる。心臓の音って皆一緒だと思っていたが、そうでもないらしい。由菜のがソプラノだとしたら、辰弥のはアルトといったとこだろう。一定のリズムで刻まれるメロディが、まるで子守唄のようだ。辰弥の誘導で、歩いてはいるが、脳は眠りを欲しているようだ。そういえば今日は、おにぎりを作るために、早起きをしたんだった。道理で眠いわけだ。ゆらゆらと揺られるゆりかごの様に、本格的に眠りの世界へと落ちていく。
「由菜・・・。由菜。」
加絵の声が遠くで聞こえる。
「こら、由菜!」
今度は、声の大きい鋭い声にびっくりして目を開けた。直ぐには、ここがどこかは分からなかったが、後ろにいる象を見て、徐々に脳が覚醒していく。由菜は、辰弥とベンチに座り、辰弥の胸を借りて、眠りほうけていた様だ。
「あれ?動物園?雷は?」
由菜はまだ完全には目覚めていない脳に、情報を送り込むためにそう聞いた。
「うん、動物園だよ。もう帰るよ。由菜、お土産は?」
うん、見たい。と、小さく欠伸をし、目を擦りながら、寝起きのかすれた声で言う。空を見上げると黒い雲は、一つもなく、青空が広がっている。辰弥が、由菜にペットボトルの水を渡してくれた。ありがと。と、受け取ると一気に半分くらいのどを鳴らして飲んでしまった。それから、やっと立ち上がり、辰弥とともに、土産物屋に行き、家族へのお土産を買い、それから自分に今日の記念として、携帯ストラップを買う。由菜はペンギン。辰弥はキリンのストラップ。店から出ると、4人は動物園を出、待ち合わせをした駅で別れた。由菜と辰弥は夕方の少し慌しい町をゆっくりと歩いている。
「私、どれくらい寝てたの?」
「う〜ん、30分くらいかな。」
どうして起こしてくれなかったのよ。と、言うと、起きたら由菜離れちゃうでしょ?と、当たり前の事の様に言う。
「先輩と少し話したかったしね。由菜が起きてたら出来ない話。」
何それ?と聞くが、辰弥はにやりと笑って、男同士の秘密と言った。何よそれ。気持ち悪い。と由菜がぼそリと言うと、気分を害した様子もなく、はははと軽快に笑った。一つ由菜には、気になっていることがあった。
「あのさ、象の所に行く時、私、目つぶってたから分からなかったけど、実は殆ど雷鳴ってなかったんじゃないかな?」
「そんなわけないじゃん。ちょ〜う鳴ってたよ。」
としたり顔で笑った。騙したんでしょ。と、詰め寄ってもただひたすら笑うだけで、答えようとしない。
「良いよ。もう、加絵に後で教えてもらうから。」
まだ、ケタケタ笑っている辰弥を睨み付けて由菜は、先を歩く。辰弥は、その後を追いかけて、隣に並ぶ。
そんな二人の背中を、夕日が照らし出していた。
毎度有難うございます。
本日投稿するのが、とっても遅くなってしまいました。午前中忙しかったんです。すみません。
本日までで、動物園はおしまいです。明日からは、ちょっと辰弥目線で書きます。多分2話くらい。
それでは、また。




