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1cmの距離  作者: 海堂莉子
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第29話:動物園 2

動物園には、沢山の動物がいる。

彼らは、小さな檻の中から出る事が出来ずに、本当に幸せなのだろうか。檻の中で、小さな世界を飛ぶ事しか出来ない鳥。大空を夢見る事はないのだろうか。

世界最速で走る事が出来るチーター、風を切って走る事が出来ない事に不安はないのだろうか。今もし、彼らが、不幸と感じているのなら、その小さな檻の中で、小さな幸せを見つける事が出来たならどんなに良いか。ここにいる動物達が、皆幸せ探しの達人であれば良いと、由菜は願わずにはいられない。


由菜が小学生の頃に読んでいた物語。モンゴメリの『エミリー』。エミリーという少女は、どんな苦境の中にいても、幸せを探している。彼女の口癖、「なんて、幸せなの」。その言葉に、最初は「なんて馬鹿な子なんだ。そんな事が幸せだなんて馬鹿げている。」と言っていた周りも徐々に幸せを感じる事が出来るようになって行く。そんな素敵なストーリー、少女が大人を癒していく、そして自分をも幸せに導いていく。由菜は、幼心にこんな女の子になれたら良いなって思うようになった。周りを明るく幸せにする事が出来るような女の子に。

だからこそ、動物達が幸せである事を願う。



東園の動物を見終わり、加絵たちと合流した。

丁度昼時だったので、お昼を食べる事にする。西園に屋根のついたテーブル&椅子があるので、そこで食べる事にする。

加絵がおかず係で、由菜はおにぎり係。今日は、二人で分担して、お弁当を作ってきたのだ。由菜は早起きをして、さけ、たらこ、昆布、おかかのおにぎりを作った。由菜は、自分が嫌いな梅干のおにぎりは作らなかった。


「美味いなぁ。お前にこんな才能があるとは思わなかったよ。」


隼人が口に一杯頬張りながら、感嘆の声を漏らす。私へ・・・・・・ではなく、加絵に。玉子焼き。たこさんウィンナー。から揚げ。ブロッコリーのコンソメ煮。サツマイモの甘煮。その他にも色んなおかずが入っていた。それらが、綺麗に、色鮮やかに詰め込まれている。

美的センスが窺える。そして、お味が最高。薄くもなく、濃くもなく万人に受け入れられるように研究し尽くした味といっても過言ではない。


「由菜のおにぎりも美味しいよ。」


辰弥がフォローのつもりか、由菜を覗き込んでそう言った。


「美味しいかな。」


お伊達に乗って、へへへと照れ笑いなんかして。


「普通。」


隼人の声が無情にも聞こえる。は?と由菜が言うと、お前のは普通。と、ご丁寧に二度も同じ事を言ってのけた。腹が立った由菜は、


「ムキー。うるさい。隼人にはもうあげない。」


弁当箱を持ち上げて、隠そうとした。隼人は笑いながら冗談だよ、怒るなって。と、いかにも面白がっている様子が窺える。由菜は馬鹿らしくなって、弁当箱を下ろす。辰弥は、そんな二人を見て、寂しそうな顔で笑っていた。しかし、由菜はそんな辰弥に気付く事が出来なかった。



昼食も終わり、4人は、『こども動物園』に行く事となった。

基本ここは、その名の通り、子供ばかりだが、由菜のたっての希望だった。「なかよし広場」という可愛いネーミングがついているエリア。そこが目的地。そこでモルモットを抱っこする事が出来るのだ。

早速モルモットを抱いて、ホクホクの笑顔を見せている。由菜の手から伝わってくる体温がとっても暖かい。おとなしく、由菜の手の中にいる、小さな体がとってもラブリーなのである。それから、羊と山羊に餌をやったり、撫でたり、ウサギを抱っこしたり、ラマに洋服を引っ張られて焦ってみたり、とにかく動物好きの由菜は至福の時を過ごしていた。はたと気付くと辰弥がいなかった。


「あれ?辰弥は?」


加絵と隼人に尋ねた由菜は、急に不安な気持ちになった。辰弥の携帯へかけてみるが、無情な電子音と無機質な留守番電話のアナウンスのみ。泣き出したい気持ちをひた隠して、


「二人は、この辺適当に見てて。私、辰弥探してくる。」


走り出そうとした時、隼人が引きとめた。


「昼飯のとき、あいつ多分俺に嫉妬してたと思う。」


分かった。大丈夫。と、言って由菜は走り出した。辰弥を見つける事が出来るのは、自分しかいないと確信を持っていた。



先ほどまで、快晴だった空が、黒い雲に覆われようとしていた。何でこんなときに・・・。由菜は苦虫を噛んだ。雨が降ろうが、雷が鳴ろうが今は、辰弥を見つけなければならない。怖い心を小さな勇気に押し込めて、走り続けた。由菜には、思い当たる場所があった。

辰弥が行くとしたら、あそこしかないように思った。確信とも思えるその気持ちを胸に、由菜はそこへ向い、あらゆる動物の横を走り抜けていく。動物達の興味のなさそうな目が、由菜を追いかけてくる。そろそろ体力の限界に近づいてきた頃、ようやく目指していた檻が見えてきた。檻の前には、辰弥が腰を曲げて、柵に両腕を乗せ、更にその上に顎を乗せてぼんやりとその動物を見ていた。由菜は、歩をゆるめゆっくりと辰弥に近づいていった。

辰弥は、その足音に気付き顔を上げる。由菜。と、弱い声を出し、その端正な顔を困ったように歪めている。由菜は、辰弥の隣に立ちホワイトタイガーを見つめる。絶対ここにいると思った。と、由菜は独り言のように呟く。


「どうして、急にいなくなったりしたの?」


と、荒い息を何とか整えながら言った。ごめん。と、由菜に鹿聞こえないような小さな声で言う。


「隼人に嫉妬?」


由菜は、辰弥の顔を覗き込んだ。いつも辰弥がするように。ごめん。とまた同じ声音で言う。


「辰弥は、全然私の事信じてないの?」


わざと大きな声を出した。え?と、驚いたように目を開いている。


「私、隼人とは、ただの友達だと思ってる。冗談言ったり、話したりはするよ。だって、友達だもん。隼人に告白された時、正直困ったって思った。せっかく友達になったのに、これで友達ですらなくなっちゃうのかなって。私はね、隼人といても、心が騒がないよ。ドキドキしたり、嬉しくなったりしないよ。」


「由菜の事は、信じてるつもりだよ。問題は、俺自身にあるんだ。俺が、どんどん欲張りになって、由菜を独り占めにしたくてしようがなくなってしまう。気持ちが、抑えられなくなっていく。正直、怖いよ。由菜。自分が情けない。」


由菜には、辰弥の気持ちが痛いほどに分かる。由菜もまさに、そう思っていたのだから。

学校での辰弥と由菜は、あの放送以来確かに周知が認める公認の仲になっていた。それでも、女の子達は、辰弥の所に寄ってくる。由菜は辰弥の彼女ではない。彼女達と話す事をいやと言う権利はないのだ。彼女達は、辰弥と話し、笑い、そしてどさくさに紛れて腕を絡める。

その様子を、由菜はいつも見ているのだ。嫉妬しないわけがない。辰弥に触らないでと叫びたくなる。由菜だって怖い。いつか自分が抑えられなくなってしまうんじゃないかと。

そんな時、いつも辰弥は、由菜に微笑みかける。由菜の心のうちを、全て分かっているのではないかというタイミングで。そして、由菜は救われる。その笑顔に幸せを見つけてしまったから。


辰弥・・・。私の幸せは、あなたの笑顔だよ・・・。


どんなに辛い時でも、辰弥の笑顔を見れば、幸せになれるんだよ。小さいけれど大きな私の幸せ。


ねぇ、だから笑っていて。いつまでも、あなたの笑顔を絶やさないで・・・。


毎度どうも有り難うございます。

本日は更新が遅くなってしまいました。お待ちになっていた人がいるかは分りませんが、お待たせしてすみません。文中に出てくる『エミリー』シリーズは、私が短大の時に読んだ本です。なんで、説明があやふやですみません。大人になっても、昔読んでいた本を読み返すことがあります。昔では、気付けなかった事が発見できて面白いですよ。

それでは、また来週。

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