第28話:動物園 1
翌日の土曜日。
駅前10時待ち合わせ。外は、まだ6月の初めだというのに、汗ばむような陽気。天気予報では、7月下旬頃の気温まで上がるとの事。
辰弥と由菜は、一緒に家を出た。今日は暑くなるという事なので、二人とも、Tシャツにジーンズ。本日の行く先は、動物園と決まっている。汚れてもよさそうなカジュアルスタイルでいざ出陣。辰弥は、朝から上機嫌だった。
「辰弥?隼人もいるのに良かったの?」
由菜はあの時のような辰弥の苦しそうな顔を見たくはなかった。その心配をよそに、辰弥は上機嫌のまま答える。
「平気だよ。由菜は誰にも渡さないもんね。二人きりになんてさせないしね。」
ね?と、由菜を安心させるように、首を傾げる。その仕草が可愛らしくて、心配するのも馬鹿らしくなってくる。
待ち合わせ場所に着いた時には、加絵も隼人も既に来ていた。遠目にも、二人が仲良さそうなのが分かる。早速二人と合流して、電車に乗り込むべく改札をくぐる。今日は、天気が良いという事だけあって、家族連れの姿が目立った。
当初の予定では、ディズニーランドに行く予定だったのだが、混んでいるだろう事と、隼人が実はジェットコースター系が嫌いで、遊園地は断固拒否という我が儘で、結局上野動物園に行く事となった。
由菜は小さい頃から大の動物園好きだった。動物園というよりも動物全般が好きだったわけだが、両親と姉と4人で遊びに来ては、1日中飽きる事無く動物を堪能していた。私たちは、いつも閉演時間ぎりぎりまで粘り、出口が閉められそうになった事、多数。実際に閉められてしまった事、若干数。いつも出口に向かって走るときは、競争になった。大抵は父と姉の一騎打ちで、その後ろに由菜、そしてその更に後ろに母がついて行くという感じだ。出口を出た時には、皆へとへとで、でも何だか楽しくて、笑っていた。とっても幸福な家族の記憶。そんな幸せな思い出を頭の中で回想し、自然と笑みがこぼれる。
入り口に着くと、大勢の人が並んでいた。長蛇の列とまではいかないが、まあ、赤ちゃん蛇くらい。それぞれ入園券を購入し、その赤ちゃん蛇の列の最後尾へと並ぶ。それなりに並んではいるが、流れの回転が良いのか、大して待つ事もなく、中へと入る事が出来た。
4人は、順路通りに動物を見ていく事にする。まず、東園から見て行く。上野動物園には、東園と西園とに分かれている。まず最初に登場するのは、キジ等の鳥類だ。鳥は、木の上にとまっていたりするので、探すのに苦労する。木の幹が邪魔をして、見えない時もある。次に現れた檻には、レッサーパンダがいた。レッサーパンダは、とにかく可愛い。もこもこのあの毛を一度で良いから触ってみたいものだ。それから、アジアゾウが見える。のっそりのっそりと歩く姿と、あのちょこんとある小さな目がとても愛らしい。小象がいるらしいが、中に引っ込んでいて見る事が出来ない。続いて見えて来たのは、カワウソである。最近、『天才志村動物園』で、よく青○さやかがカワウソを連れているが、泳ぐ姿も地上にいる姿も可愛い。餌時ならば、あの若干えぐくなる顔も見れただろうに。
そして、再度フクロウ、ワシ等の鳥類の檻が姿を見せる。お次は待ってました。猛獣エリアに突入である。
動物達は、そっぽを向いたり、人間の前を行ったり来たりしてみたり、動物は薄目を開けて人間を見ている。人間が動物を見ているのではなく、逆に動物に見られているのかもしれない。
由菜のテンションは、最初から極めて高く、「すごい、すごい」のオンパレード。一体何が凄いと言うのだ。実際この言葉には、何の意味もなく、ただ興奮して出てきた言葉が、それだったというところだ。まあ、確かに実際凄い動物がいたにはいたが。
加絵と隼人は異様な由菜のテンションに初めこそ驚きはしたが、そのうち慣れて適当にあしらう様になった。通り過ぎる小さな子供が、『あのお姉ちゃん僕よりはしゃいでるね』と無邪気に母親に話している。その母親は苦笑いで通り過ぎていく。
まあ、確かに高校生にもなって、こんなにはしゃいでいるのは珍しいのかもしれない。だが、面白いもんは面白いし、楽しいもんは楽しいのだ。何とでも言えば良い。
由菜の一つ一つの動物を見る時間が、あまりに長いので、加絵、隼人のご両人は、愛想を尽かし、先行ってどっかで休んでるよ。と、先に行ってしまった。辰弥は由菜の隣に常にいて、由菜が話す事を一々全部聞いてくれる。それがとても嬉しくて、
「今日、これて本当に嬉しい。」
気付くとそんな言葉が口からこぼれ出ていた。
「由菜のこんなに嬉しそうな顔が見れて、俺も嬉しい。」
辰弥の顔がとっても優しくて見つめていられなかった。
その優しい笑顔から逃れるように、由菜は動物に夢中なふりをした。ゆっくりゆっくりと二人で動物を見ながら、色んな発見をした。動物の目の色とか、爪の形、毛の色、鳴き声・・・。こんなに動物をじっくり見たのは、実に久しぶりだった。
幼い時は、両親と姉がいた、今は辰弥が隣にいる。こういうのもなんだか良い。また一つ小さな幸せを見つけた気がした。
チラッと辰弥を覗き込むと、辰弥も由菜を見ていたようで、目が合ってしまった。急に照れ臭くなって、由菜はしゃべるのをやめる。黙ってしまった由菜に辰弥が問い掛ける。
「どうした?」
「うん。なんか自分ばっかりはしゃいでて、恥ずかしくなった。」
何だそんな事か。と言って辰弥が笑った。
「誕生日の時のグラタンといい、今日の動物園でのはしゃぎようといい、案外由菜って子供っぽいとこあるよね。でも、そのギャップが良い。俺にとっては、憧れのお姉さんだったんだけどね。俺は、由菜を知れば知るほど好きになる。一体俺の知らない由菜はあとどれくらいいるの?」
こういう言葉を毎日のように聞かされている由菜ではあったが、未だに上手く対応できない。取り敢えず、あははと誤魔化し笑いをして、そそくさと次の檻へと移動した。
『ホワイトタイガー』。本日由菜が一番見たかった動物である。その動物に、由菜は吸い込まれた。何故ここまでに吸い込まれてしまうのかが分からない。ホワイトタイガーは、ようは白いトラなわけで、ただ色が違うだけなのだ。色が違うだけで、こんなにもちがうものなのか。
姿形は、トラのそれと同じである。ただ、普通のトラよりも美しさが一際目立っているような気がする。確かに、強く、逞しいのだろうが、それよりもまず美しいのだ。
これには、辰弥も感嘆の声を上げている。ホワイトタイガーは、檻の外の人間には興味もなさそうに、前足の上に顎を乗せ、薄く目を閉じている。プライドの高そうなその姿を、二人は言葉を発する事無くただただ見ていた。
こんにちは。読んで頂いて有難うございます。
本日は『動物園』です。高校時代の遠足で、動物園に行った事があります。その動物園には、遊園地も付いていて、殆どの人がそちらに行く中、私と友人はジェットコースターが苦手なので、動物園に一日中いたんです。丁度由菜の様に二人ではしゃいで、色んな話をしながら、動物を見ていました。あんなに動物について見、語った事は後にも先にもありません。動物園ってこんなに楽しかったんだねって、帰る時には二人で満足気に話してました。
なんと、ついつい私の思い出話になってしまいました、すみません。
それでは、また明日お会いしましょう!




