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1cmの距離  作者: 海堂莉子
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第24話:本心

「由菜、俺の事怒ってる?」


「怒ってないよ。」


「本当に?」「本当だよ。」


そんな会話の後、良かったと言って辰弥は勢い良く抱きついてきた。


「ちょ・・・ちょっと。」


驚いた由菜は、辰弥の腕から逃れようとした。


「ごめん、由菜。しばらくこのままで・・・。」


由菜は観念して、コクンと頷いた。由菜はもちろん真っ赤な顔で、辰弥の腕の中に埋もれていた。久しぶりの辰弥の腕の中は、いつもの石鹸の香り、それからさっき走ったから少しだけ汗の匂い。そういえば、こんな風に辰弥に抱きしめられたのは、いつぶりだろう。恥ずかしいけど、安心する。


「由菜。さっき言ってたショックな事って何?もしかして、俺と早乙女さんを見たこと?加絵さんが由菜が泣いてたって言ってた。どうして?もしかして・・・由菜、俺の事好き・・・とか?」


由菜は両手で目一杯の力を込めて、辰弥を突き飛ばした。


「ち・・・違うよ。」


由菜は叫んでいた。辰弥は人差し指を口元で立てて、しーっと合図した。はっとして口を両手で塞ぐ由菜。忘れてはいけない。今は授業中だという事を。


「ねぇ、俺の事好きなの?」


もう一度辰弥がニヤニヤしながら聞いてくる。


「違うってば。」


辰弥の目を見ていられなくなって目を逸らした。


「本当?じゃあどうして泣いたの?俺の眼を見て言って。」


辰弥はこれでもかと畳み掛けてくる。


「わかんない・・・。分かんないよ。自分でも分かんないけど、辰弥が他の(ひと)といると胸がモヤモヤするの・・・。そんなの自分でも分かんないよ・・・。」


由菜は半ばやけくそにそう言った。この時由菜は『分からない』と言った。しかし、由菜は、自分の本心を認識していた。


私は辰弥が好きだ。


閉じ込めようとして来た・・・。でも、駄目だった。


どんなに足掻いても、どんなに逃れようとしても、どんなに自分の心に嘘をつこうとも誤魔化しきれない思い。


由菜が埋めたはずの小さな種が、芽となって出てきてしまった。もう、種に戻すことは出来ない。あとは、日々成長して花を咲かせることしか出来ない。辰弥という十分過ぎる栄養があるため、枯れる事はない。


これ以上、自分の気持ちを否定することは出来ない。


辰弥が好きだ・・・。胸が詰まるほどに・・・。




辰弥が由菜の顔を覗き込んで、ニコッと笑った。いつもの辰弥の笑顔。昨日までのあの不機嫌な顔はもう姿を消していた。


「今日はこれくらいにしておきますか。由菜がやきもち焼いてくれただけで、俺、超嬉しい。嬉し死にするかも。」


「死なれちゃ困るよ・・・。」由菜は辰弥に聞こえないようにぼそりと言った。


「え?何?聞こえなかった。もう一回言ってよ。」


「何でもないってば。」


何だと〜と言いながら、また辰弥に抱きしめられてしまった。辰弥に抱きしめられると、由菜は身動きが取れなくなる。思考停止。




「ねぇ、由菜。来月一緒に何処かに遊びに行かない?15日とか。」


え?と由菜が呟く。由菜は相変わらず、辰弥の腕の中にいる。


「由菜誕生日でしょ?俺なんかお祝いしたい。させてよ。」


由菜は驚いていた。確かに5月15日は由菜の誕生日だが、辰弥に教えた記憶まるではない。


「何で知ってるの?」


抱きしめられながら、辰弥の顔を見上げた。辰弥の顔がとても近くにあるので、由菜は顔を真っ赤にした。


「叔母さんに教えてもらったんだ。」


辰弥はニコッと笑ってそう言った。間近で見る辰弥の笑顔にコロッといきそうになるのを必死で我慢する。

うちの母と辰弥は以前も言った通り非常に仲が良い。辰弥は由菜の幼時代の恥ずかしい過去話を母から色々仕入れて来ては、由菜をからかう。小学生のガキんちょみたいに。由菜の誕生日だって聞いてて不思議はないだろう。


「でも、テスト前だよ。」


由菜の誕生日の翌週には、中間テストが控えている。受験生の由菜としては、気が抜けないところだ。辰弥にしても高校を入学して初めての試験である。


「俺なら大丈夫。普段からちゃんと勉強してるから。」


自信満々に辰弥は言う。


「辰弥が良くても、私は全然大丈夫じゃないよ。」


最近の由菜は、辰弥の事があって、授業中は常に上の空で、先生の話を全く聞いていなかった。


「じゃあさ、図書館デートに行こうよ。遊びに行くのはテスト終わってからにしよ。」


辰弥がそう言って、嬉しそうに笑っている。


「図書館デート・・・。それって、楽しいの?」


図書館で勉強してても、何の面白い事もない様に思うのだが。


「うん。由菜といられれば、何処でも俺は楽しいよ。」


まあ良いけどと由菜が言った時、5時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「そろそろ戻ろうか?」


辰弥はそう言った。なのに、抱きしめた腕を離そうとしないので、由菜は動くことが出来ない。


「辰弥?動けないんですけど・・・。」


「え〜。だって離したくないんだもん。6時間目もサボっちゃおうか?」


由菜は力づくで、辰弥の腕を離した。


「駄目。私テストやばいって言ったでしょ?今日からちゃんとやらないと駄目なんだから。」


ちぇっと辰弥が不貞腐れたような声で言っている。


「ほら、辰弥。早く行くよ。」


由菜は辰弥の手を取り、引っ張った。辰弥の顔を見ると、頬を赤らめて、嬉しそうに微笑んでいた。


毎度有難うございます。

今回は『本心』です。やっと由菜が自分の気持ちを認めました。本当は分かっているのに、懸命に隠し認めようとしないという感じを出したかったんですが、ちゃんと伝わりましたでしょうか?

土日はお休みします。また来週月曜日。では、また。

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