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1cmの距離  作者: 海堂莉子
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第15話:ピアノの調べ 2

ピアノを弾いているこの少年は本当にあの辰弥なのだろうか・・・。いつもの若干おちゃらけた感のある少年と同一人物であるとは考えにくかった。それほどピアノを弾いている時の辰弥は真剣で、そしてピアノを弾くという事を本当に楽しく思っているのだと・・・。


そんな事を考えているうちに曲が終わった。


「凄い・・・。辰弥、凄いね。もっと・・・もっと弾いて。」


辰弥はくすぐったそうに照れ笑いをしている。最初にピアノを弾くのを渋っていたのが、嘘の様である。


「じゃぁ、今度は由菜が聞きたい曲にしよう。」


辰弥が由菜にそういうので、由菜はどんな曲が良いか頭の中であれこれと考えた。聞きたい曲は山ほどある。でもそこから厳選するのが大変なのだ。『のだめ』の影響で、由菜はクラシックを聞くようにもなっていた。頭の中にはいくつか浮かんでいる曲があるにはある。例えば、ベートーヴェンの『月光』や『悲壮』、モーツァルトの『キラキラ星変奏曲』、ショパンの『ノクターン 作品9の2』や『革命のエチュード』、リストの『愛の夢』や『ラ・カンパネラ』・・・・・・・・。考え出したら好きな曲ばかりで決められなくなってきてしまった。これらの曲を辰弥がはたして弾けるかは分からないが・・・。この中にはかなり高度な技術をようする曲もある。辰弥はどの程度まで弾けるのか・・・。

由菜は再三考えて、一つの曲を思い出していた。


「ねぇ、辰弥。『Merry Christmas Mr.Lawrence(戦場のメリークリスマス)』弾ける?」


由菜は結局たっぷり10分くらい考えていた。そして辰弥にリクエストした曲がこの曲だった。『戦場のメリークリスマス』という映画の中で使われていた曲だ。作曲は坂○隆一が出掛けている。

確かアイススケートの選手がこの曲を使って演技をしていたんじゃないだろうか。○本隆一の代表曲の一つだろう。とても美しい曲だ。一度聞いたらその美しい旋律が耳に残る。


「うん。弾けるよ。俺もこの曲好きだったから練習したんだ。良い選曲だね。」


辰弥は由菜に微笑んでみせる。そして先ほどと同じように一呼吸置いてから弾き始める。

曲の始めは高音から始まる。辰弥はとても大きな手と長い指を持っている。ピアノ弾きにしては少し繊細そうな指。その大きな手で楽々と鍵盤をはじいて行く。中盤の激しい和音の所は、由菜の心をも激しく揺り動かすようだ。




「ピアノを弾く事の出来る男の子はそれだけで格好良いよね。」


いつだか親友の加絵とこんな話をした事があった。どんなに不細工な男の子でも、ピアノを弾けたら3割り増しで格好良く見えると加絵は力説していた。二人でそんな話で延々1時間くらい盛り上がった事がある。


「超難しい曲とかさらっーと弾いた日にゃ、私は即落ちるね。もう、顔なんかどうでも良いよ。」


加絵はけろっとこんな事まで言ってのけたのだ。


この時の二人の会話を辰弥の奏でる美しい音を聞きながら由菜は思い出していた。

辰弥は顔も男前だから、女の子はピアノを自分の為だけに弾いてくれた日にはハートを鷲掴みされちゃうな・・・。

今の状況が今まさにそれである事に由菜はハッと気付いた。


私ハート鷲掴みにされてる・・・?


確かに心臓はドキドキいってる・・・。


由菜の心臓は胸に手を当てなくても分かってしまうほど大きい。そして、由菜は辰弥がピアノを弾き始めてから目を逸らす事が出来ないでいた。辰弥の表情から、動き、言動。その全てを脳裏に焼き付けようと懸命に目を見開いていた。


『恋』・・・・・・?


由菜が今までの短い人生で初めて抱いたこの手の疑問。初めての鼓動。初めての気持ち。今まで由菜は男子生徒に軽く『好きだな。』などと言われても何も感じなかった。普通に話す事が出来たし、軽くあしらう事だって出来ていたのだ。こと辰弥の事になると違う・・・様な気がする。辰弥の一つ一つの言動や態度などにいちいち正直に反応する由菜の体。


これは確かに『恋』なのかもしれない・・・。


だがしかし、由菜はこれらの感情をすぐさま心の奥深へと押し込めた。


私は辰弥を、他の誰をも好きになっては行けない・・・。そう決めたではないか・・・。


由菜は自分の心に急ブレーキをかけた。今ならまだ大丈夫だろうと由菜は考えていた。


押し込めればすぐに消えるまだほんの小さな気持ちだと・・・。


作中で出てくる作曲家及び曲名は全て作者が好きなものです。皆さんにも分かりやすいようにメジャーな曲を選んでみました。

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