サイレンス
ルカの前方の海面に、巨大な黒い影が浮かび上がってくる。
それは、光太郎もルカとの対決前に見かけていた、不気味な影。
波をおこし水しぶきを上げて、巨体は浮上する。
現れたその姿は、機械の白鯨――名はサイレンス。
全長四百五十メートル、全幅百二十メートルの巨大兵器。
ヒナとメガラニカ軍を運んだのも、サイレンスである。
メガラニカ軍は密かに、首都シャングリラの地下トンネルを通り、海岸洞窟まで出る。
そこからサイレンスに乗りこみ、海を渡ってムー王国に駆け付けたのだ。
海中を進んだので、マゲイアに見つかることはなかった。
今はマゲイア脱出ポッドを迎撃するために、浮上したのだが……
「アレ撃つの? 姫。正確に狙いをつけるのは、面倒くさいんですけどー。待ってるだけでも、疲れたのにー。最低最悪、超つまんなーい!」
AIの性格は、面倒くさがり屋。ギャル口調で性格に難あり。
「うるさい! さっさと構えろ!」
「ウェーイ!」
サイレンスの大口が開き、上空へと向けられ脱出ポッドに狙いを定める。
口腔内に白い塊が現れ、みるみる大きくなっていく。圧縮プラズマだ。
「撃て、サイレンス! 塵一つ残すな!」
「神罰光輪!」
巨大なプラズマビームが放たれる。ルドルフの破滅の閃光より大きい。
効果範囲と破壊力は数倍はあるだろう。
ただ、ビーム発生装置の小型化に成功したのは、ルドルフだけであり特別だった。
他の機体は大型化せざるを得ず、エネルギー消費も激しい。
ぶっとい光が、天へと立ち昇る。
彗星が尾を引くように、青空が白く塗り替えられ、雲を突き破りビームは命中する。
全てを無に帰す裁きの光を浴び、脱出ポッドは影絵となって散っていく。
爆音と煙が空一面に広がり、脱出ポッドの破片が海に落ちて水しぶきを上げる。
「はん、楽勝ね。いい気味だわ」
「ちょっとルカ、よく見なさい」
「何よ……あっ!」
爆煙と破片に紛れて、小型艦が海に落ちようとしていた。
アバドンから脱出ポッドで逃げて、さらに小型艦に乗りこみ奴隷兵達は脱出したのだ。
ロシアのマトリョーシカ人形のようで、どんどん小さくなる。もっとも、これで最後だ。
小型艦は鳳仙花の種のように飛び散った。その数、六隻。
ルカは側近に連絡する。
「ちっ! しぶといわね。パウラ! カイラ!」
『はい、姫様。着水予測地点に部隊は展開ずみです。問題ありません』
「降伏勧告して、逃亡もしくは抵抗するなら、すぐに沈めなさい」
『了解しました』
「ホントだったら、この手で八つ裂きにしてやりたいわ!」
「光さんとの約束があるでしょ」
「うー……わかってるわよ。光太郎には従うわ」
マゲイアを憎むルカとしては、艦ごと海の藻屑に変えてやりたかった。
父のかたき、母のかたき、許せるわけがない! 皆殺しにしても、飽き足らない!
作戦会議で光太郎に頼まれなかったら、即座に実行していただろう。
「もし、マゲイア兵が降伏したら助けてやってください。殺さないでください! お願いします!」
光太郎は女王達に頭を下げたのだ。惚れた男に、こうまでされては嫌とは言えない。
捕虜にする理由も説明され、取りあえずは我慢する。
もっとも火だねは残ったままで、事あらばルカは鬼となるだろう。
『姫様、すみません!』
「どうかしたの?」
『一隻、取り逃がしました!』
小型艦は海に着水するやいなや、パシフィス軍にとり囲まれる。
海上にはセイレーン、海中にはアプサラスの大部隊。
そして星騎士達が完全に退路を塞いでおり、蟻……いやメダカが逃げる隙もない。
「武装を解除し、降伏しなさい!」
降伏勧告してる最中、一隻の小型艦が包囲網から逃げ出す。
味方艦の後ろに隠れ、急速潜行したのだ。
直ぐさまアプサラスが追いかけるが、爆雷をまき散らして水中で爆発させる。目くらましだ。
これでソナーが効かなくなり、小型艦は深海へと姿を消す。
「無駄なあがきね、逃がすわけないでしょうがー!」
ルカは声を張り上げ、指示を出した。
光も届かぬ暗い深海。逃げた小型艦は、深度三千メートルまで到達していた。
一度だけアクティブソナーを使用し、状況を確認する。
「ソナーに反応ありません。追っ手は振り切ったようです」
敵影はなし、ここまで潜れば攻撃される心配もない。
けれども、乗組員達の表情は暗かった。
「これからどうしますか? 艦長」
「…………」
食料は一ヶ月分しかなく、補給がなくては自滅する。
味方は壊滅状態、援軍は期待できそうもなかった。
もともと作戦があったわけではなく、必死で逃げてここまで来たのであり、後のことは考えていなかった。
(降伏するか……いや、司令官が来て下されば、何かのお役に立てるかもしれん。諜報活動くらいはやれる)
艦長は司令官に望みを託し、ギリギリまで隠れることにする。
「艦に異常はないか?」
「操舵室、航行に問題ありません。支障なし!」
「機関室および雷撃室、異常ありません!」
「よし、本艦はしばらくの間、隠密行動に――!」
小型艦が大きく揺れた。
「何事だ! 海底潮流か!?」
「いえ、何かにぶつかったようです!」
「岩礁か! 周囲には何もなかったはず! ソナー、スキャニング!」
艦内モニターに映し出されたのは、小型艦より巨大な影。
ぶつかってきたのは、サイレンスだった。
「これは! アヴァロンの兵器!」
サイレンスは遮音装置で自分の存在を隠しながら、追いかけていた。
マゲイア艦のソナー音をとらえ位置を掴むと、百ノットを超す速さで距離をつめる。
あとは接近して体当たりした。深海で武器は使えなくとも、ぶつけることは出来る。
そして、もう一つの攻撃方法は――
「あーん、いただきまーす! パックン!」
「うわ――――!」
大口を開けて小型艦を丸呑みにする。サイレンスはホントに食べたわけではない。
腹の中に大事に収めて、ゆうゆうと海上へ泳いでいく。




