トラウマ
輝夜の企みは成功したかに見えたが、世の中そうはいかない。
その後、光太郎争奪杯と命名されて世間に知れ渡ると、大勢の参加希望者が殺到する。
「女王達だけなんてずるい!」と反発された。
光太郎を好きな女性は、他にも一杯いる。
英雄に憧れた一般人とイザベルを筆頭とした星騎士達が、署名つき嘆願書を提出した。
ネットで集まった署名者は、ゆうに百万人を超える。
「はあー……仕方ありませんね」
これを輝夜は拒否できず、しぶしぶ参加を認めるしかなかった。
話が大きくなりすぎたので、戦争終了後に改めて協議することとなった。
光太郎の意思は無視されており、素直に喜べるわけもなく頭を抱える。
「あーこれは夢だ。悪夢だ……何かの間違いだ」
五人の美人に求愛されるだけでもおかしいのに、さらに女性の数が増えるのは異常事態といえる。
もはや、目先のマゲイアよりも、将来の方が心配になってきていた。
レムリアでの仕事が一段落して、光太郎は一旦陸奥市に戻る。
まずは藤原理事長宅に向かい、有香と早紀の近況を知らせた。
「多少無理してるところもありますが、二人とも元気ですよ」
「そうか……良かった。光太郎君、ありがとう」
「光太郎さんありがとうございます。時どき、早紀を気にかけてやって下さい。むこうには友人もいないでしょうから」
「はい」
樹里から引き続き頼まれ、早紀との関係も深まる一方だった。
その後、大和ラボの一室を借りて、文吾に操縦問題を相談する。
メタル・ディヴァインの飛行記録と、操縦席視点からの記録データを元に、3D映像にして二人で見る。
文吾は途中から見るのを止め、腕を組んで唸っている。結論には直ぐにたどり着いていた。
動画が終わった所で、光太郎が状況を説明する。
「つまり、僕が移動したい場所に行こうとすると、メタル・ディヴァインがついてこられないんです。機体反応が今ひとつ、遅く感じるんです……」
「連続移動でだな?」
「はい」
「ダミー風船を避けるにしても、割るにしても移動速度が速すぎる。光太郎は風船の動きを見てから操縦してるんじゃない、動きを読んで操縦しているんだ」
「え?」
「これは王の力だ。光太郎、お前自身の特殊能力だぞ」
「…………僕の力」
ようやく自分の力に気づかされ、光太郎は絶句する。言われて思い当たる節はあった。
今までは勘が当たった程度にしか、思ってなかった。
「そもそもこんな動き、AIでもやれんぞ。ビデオを見りゃー直ぐに分かるもんだが……どうやら、みんな知ってて黙ってたようだな」
「先読みできるのは分かりました。けど問題は操縦なんで……」
「光太郎、自転車で道を曲がるとき、どうする?」
「それはブレーキをかけて、速度を落としてから曲がりますが……」
当たり前のことを聞く、文吾の意図が分からなかった。
「そうだなブレーキをかけずには曲がれない。しかし、ブレーキは利くまで時間がかかるし、速ければすぐには止まれない。光太郎の操縦は、アクセル全開で直角カーブを曲がるようなものだ。しかも減速なしの連続だ!」
「あっ、そうか! メタル・ディヴァインだったら、スラスターで逆噴射をかけて遅くしてから、ようやく別方向に進める。もし、オーバースピードだったら止まれない!」
「その通り、車は急に止まれないだ。慣性の法則は『動いている物体は、動き続けようとする』だ。このルールを変えることはできん。メタル・ディヴァインは戦闘機より運動性は高いが、急発進・急制動にも限界がある。結論を言おう、無理だ」
光太郎は実に単純なことに気づけなかった。
「……結局、僕が先を読んで早く動かそうとしても、すぐには向きを変えられない。慣性の法則がある限りは不可能。無理に動かしたらメタル・ディヴァインに負荷がかかって壊れてしまう……」
光太郎はショックで声が小さくなっていた。流石に打つ手が無いのを思い知る。
「皆、解決策がないと分かっていたから、お前には言わなかったんだろう。スラスターを強化すれば良い、という話ではないからな。今の光太郎に出来ることは……」
「それは?」
「ディヴァイナーを辞めることだ」
「そんな……」
非情な勧告に、光太郎は落ち込みうつむく。
フォローするように文吾は言った。
「そもそも、光太郎は一騎で百機を相手にするつもりか? 女王ならやれんこともないが、それは大将や参謀の仕事ではあるまい? 敵の動きを読める力は、味方を指揮するのに使うべきだ。その方がずっと役に立つだろう」
「…………」
(そうだよなー、操縦するより指揮した方が戦果は上げられる。犠牲者も出さずにすむと思う、けど……もし、エリスが敵に囲まれて窮地に陥った時、僕はいないので助けようがない。他のみんなの援護に、駆けつけることも出来なくなる……)
「うー……」
光太郎は悩み、慣性の法則を呪った。
文吾は弟子を気の毒に思い、助けてやりたいと思った。
(確かに物理法則は曲げられんが、対抗手段がないわけでもない。減速なしに曲がる方法はある。あの技術を使い装置を作ればいいだけだ。しかし、それをやるには……)
光太郎は気持ちを切り替え、顔を上げて文吾に頼む。
「文吾さん。これとは別件ですが、アヴァロン星に戻ってはくれませんか?」
「う! それは――」
文吾は思ったことを言い当てられ、ドキリとした。装置作りにはアヴァロンに戻る必要があったからだ。
残念ながら大和ラボの開発環境では無理で、文吾が故郷に帰って作るしかない。
「どの王国も人手は足りません。それでも技術者は必死で頑張ってます。文吾さんの力が必要なんです!」
「分かった……考えておく、少し時間をくれ光太郎」
(小玉の件があるからなー、無理強いはできない)
「はい、では失礼します」
光太郎は挨拶して、大和ラボを後にした。残された文吾も、頭を抱えて悩む。
前大戦から逃げて、娘を置き去りにしたことを誰も責めてはいない。小玉本人も。
当時はやむにやまれぬ事情があり、有香はそれで死なずにすんだのだから。
それでも文吾は、自分自身を責め苛む。
再び故国に危機が迫っており、尽忠報国の志があっても心は立ちすくむ。
他人から見ればつまらないことだが、当人にすれば心的外傷だ。
水が怖い、火が怖い、人が怖い……人それぞれの恐怖症を克服するのは容易ではない。
苦しんだ十五年の歳月は長く、文吾は罪悪感を募らせていた。
「翠、俺はどうすればいい?」
文吾は妻の名を口にした。




