寄り道
「久しぶりだな、大丈夫か? エリス」
『心配をかけたな、光太郎。今は落ち着いているし、何も問題ない』
「そっか、明後日にはレムリアに戻る」
『土産話を楽しみにしている。父上によろしく』
「ああ」
ビデオ通話を光太郎は切った。
宿屋からレムリアに連絡してみたら、画面にエリスが出てきて驚いた。
出がけの言葉を真に受けたわけではないが、イザベルから様子を聞き、情緒不安定になったのは察した。
治るのにはしばらくかかるものと思っていたが、話した感じは悪くない。
「どうやら、まともになったみたいだね」
『そうかー? 我には変わったようには思えんが……』
腕時計とのリンクで、外のエクリプスも会話を聞いていた。
自分を気遣うような言葉が、何かひっかかる。
今までのエリスだったら、絶対に言わない台詞だ。いつもは口を開けば愚痴オンリー。
エリスが光太郎に媚びてるように、エクリプスは感じた。
「まあ帰ってみたら、はっきりするね」
『そうだな』
「じゃーお休み」
光太郎はベットで寝た。
翌日、サイドカーは湾岸沿いをひた走る。
ムー大陸からレムリア大陸へと飛び、今は道路をツーリング。
右側には海、左側は丘陵があり、光太郎は交互に眺めて楽しむ。
満開の花が美しい。自然の花畑がどこまでも続いていた。
「どの国も風光明媚だったけど、レムリアも自然が美しいな」
「少し寄り道をしていくか? 近くに岬と灯台がある。そこから海を眺めるのもいいぞ」
「いいね、日本でも灯台に入ったことはないからね」
実のところ、光太郎は船も飛行機にも乗ったことがない。
修学旅行は鉄道とバスだったので、乗る機会が全くなかった。
人は自分の意志で動かないかぎり、海外旅行に行くことさえ一生ないものだ。
ただの物見遊山ではなく、本当の意味での外遊。
王国歴訪の旅は、光太郎の人生の中で有意義なものになった。
「おー! 絶景かな、絶景かな! 下を見ると恐いけど……」
潮風に煽られながら、光太郎は海を見ていた。
踊り場で手すりにつかまり、遠くの水平線を見て旅の思いをはせる。
旅をしたのは半月ほど、高速移動手段がなければ何か月もかかっただろう。
「終わってみればあっという間、世界はやっぱり広いなー……うう寒いや、もう降りよう」
青ジャージの薄着では、高い所の海風はこたえる。足早に螺旋階段を下りていった。
一つだけの出入り口から外にでると、異変が起きていた。
「どこだー!」
「探せー!」
「見つけろ!」
殺気だった大声が、遠くから聞こえてくる。
光太郎は警戒しながら辺りを見回すと、灯台小屋の内扉が少し開いてるのに気づく。
恐る恐る近づいて扉を開けると、座り込んで銃を構えている少女がいた。
見た目は十六歳ほどで、脂汗をかきながら光太郎を威嚇する。
ただ、銃を握った手は震え、狙いは定まっていない。
髪型はショートボブ、金髪と赤毛の混じったストロベリーブロンド色は珍しい。
黒のフィットネス水着の上に、袖をまくった軍用ジャケットを着ていた。
出で立ちから、一目で軍人と分かる。
星騎士には見えないとなれば、答えは一つだ。
「つ!」
少女は辛そうで、顔をしかめていた。
よく見ると片方の軍靴が脱がれて、横に転がっている。
捻挫だろう、美しい素足が赤く腫れ上がっていた。
(うわっ! 痛々しい。早く治療しないと!)
命の危険に晒されているのだが、お人好しの光太郎には関係ない。
とは言え、二人とも動けずにいた。
少女も銃声を立てて、位置を知られるわけにはいかなかった。
見つめ合ったまま、少しの時間がすぎる。
苦痛に耐えきれず、少女は銃を取り落とす。それと同時に、声と物音が近づいていた。
ドボン! と海に何かが落ちる音がした。
音に向かって、三機の無人機が駆け付けてくる。
機体名――ブラックパンサー。
豹型の無人機に、アトランティスのくノ一部隊が乗っていた。
小型で小回りが利き、探索や哨戒任務に適している。ただ、飛行能力はない。
「止まれ!」
灯台小屋の前で、リーダーが停止命令を出す。
忍者装束の甲冑を着た三人が、ブラックパンサーから降りた。
光太郎が小屋から出てくる。ドアは開けっ放しにされ、中には誰も居ないように見えた。
三人は敬礼する。
「初めまして光太郎様、我らは諜報部隊くノ一です。怪しい者を見かけませんでしたか?」
「見たよ、恐かったので小屋に隠れてた。女性だったかな?」
「そうですか、やはり海に飛び込んだようですね。よし、海沿いを探すぞ! それでは失礼いたします」
「ご苦労様です」
(ごめんなさい)
くノ一部隊は挨拶もそこそこに、去っていった。
光太郎はサイドカーに近づいて、救急箱を取り出した。
「エクリプス、黙っててくれないか?」
「……我は何も見てないし、何も言わん」
「ありがとう」
敵を匿えば利敵行為。しかし、地球人の光太郎が処罰されるのかは微妙だ。
エクリプスとしては、マゲイアにそれほど恨みがあるわけではない。
ここで一人見逃しても、状況に変わりはないだろう。だったら、光太郎に全てを任せてみる。
何らかの変化にエクリプスは期待していた。
すでにアヴァロン星は多大な影響を受けているのだから。
(光太郎なら、やってくれるだろう)
光太郎は小屋に戻って言った。
「もう、行ったよ」
少女はドアの陰に、隠れていたのだ。
海から聞こえてきた音は、光太郎が岩を投げ込んで立てた。
「……なぜ、助ける?」
「まずは治療をしようよ、話はそれからで。銃をおろしてくれないか?」
再び持った銃を、少女はゆっくりとジャケットにしまった。
「触るね、痛かったらごめん」 」
光太郎は治療を始めると、少女は歯を食いしばって呻き声ひとつ上げない。
くノ一が戻ってくる可能性を恐れ、やせ我慢してでも悲鳴を漏らすわけにはいかなかった。
(かなり痛いはずだけど、根性あるなー……女性でもやっぱり軍人なんだな)
サポーターで足を固定し、手当を終えた。
「少し経てば直ると思う。ナノマシンが細胞を修復するまでは、安静にしててね」
「…………」
痛みは治まっていたが、少女は黙ったままだった。
「僕は神山光太郎、君の名は? あー、軍事機密で言えないか……」
「……ミウ。さっきも聞いたが、なぜ私を突き出さない? マゲイアと分かっていながら、なぜ庇った?」
「話を聞きたかったからだよ。僕は地球人で恨みはないからね。まずはお知り合いになって、それから友達になれたら最高だね」
「なにをバカなことを! お前、我らの事を知らんのか?」
「輝夜さんに聞いたよ。それでも何かのきっかけで、状況が変わるかもしれない。僕はこの戦争を止めたいんだ」
「……阿呆だなお前。マゲイアとアヴァロン、どちらかが滅びるまで戦は終わらない。和平など絵空事、呆れるわ!」
「こうして出会えたのも奇跡だから、何とかなるんじゃないのかな?」
(……こいつ、諦めるということを知らんのか?)
ミウはおもわず苦笑する。笑い顔は可愛かった。
「手当をしてくれた礼だけは言っておく。だから、お前は戦場に来るな! 今度見つけたら容赦はできない……」
「残念だね、もしまた会えたら話をしよう」
傍から見たら口説いてるようにしか見えない。
光太郎は別れを告げ、名残惜しそうに小屋から出ていった。
扉が閉まってしばらくすると、ミウはわめいた。
「あー! もやもやする! なんなんだ? あの脳天気な男は? 地球人は頭が足りないのか?」
悪口雑言の独り言。
生まれて初めて他人から優しくされては、戸惑うしかなかった。
「光太郎とか言ったか……」
ミウはわからない感情を持てあまし、光太郎のことで頭が一杯になる。
そうしてるうちに夜になり、ミウは歩き出した。
治療の甲斐あって痛めた足は治り、味方との合流地点へと向かう。
「……停戦か、我らにそんな権利はない。『奴隷兵』は死ぬまで戦うだけだ」
マゲイアは遠くの星から、兵隊を送り込んでいた。
目的はアヴァロンの征服、主力となるのは無人機と奴隷兵。
二つとも命令のままに戦うだけで、死んでも回収されない使い捨ての兵器。
生物として人間としては扱われず、何の権利も持たない者達、それが奴隷兵。
マゲイアの支配者は交渉する気など更々なく、安全な高みから攻め滅ぼすように命令してるだけだった。
それを知ってもなお、光太郎は和平の道を探そうとしていた。
「……だけど、兄様だったらあるいは……」
ミウはマゲイア本星にいる兄を思った。




