母と娘と
背丈、顔かたちは確かに有香で、黒のフォーマルドレスを着ていた。
しかし、よーく観察すれば違いはある。
右目の下に泣き黒子があり、有香にはない。
目の前にいる女性は別人だが、光太郎は気づかなかった。
「ちょーっと失礼しますね。こっちにいらっしゃい、お父さん」
「痛い! 痛い! お前、離せって」
十郎は耳を摘ままれたまま、部屋の外へと連れ出される。
しばらくしてから女性は戻り、椅子に座った。居住いも大人びていた。
「光、太郎さん。失礼しました」
「お話はよく分かりませんでしたが、大丈夫ですか?」
「有……私のことで少し暴走してしまったようです。お父さ……父が御迷惑をおかけしました」
「いえいえ、長い間離ればなれでしたから、色々あるとは思います。それで、これはプレゼントです」
贈り物を差し出そうとすると、慌てて止められた。
「光、太郎さん! すみません。もう少し後でいただけないでしょうか? お話の後で自室に持っていきたいので」
「はあ? わかりました」
(有香の代わりに受け取ったら、怒られてしまいますからね)
「ところで、今までの旅はどうでしたか?」
「日本とは違った面が見られて良かったです。自然環境を大事にして保護されてる所は、地球とは及びもつかないですね。技術面よりも、精神面が重要だとつくづく感じ入りました。あとは、どの国でも歓迎されて恐縮しましたよ。多少えらい目にも会いましたが、良い経験でした」
「女王達はどうでしたか? 気になる人はいませんでした?」
「こう言っちゃ失礼かもしれないですけど、若いうちから国防という重荷を背負わされて、大変だなーと思いました。日本で平和ボケしてる僕が、言えた義理ではないですね」
(あれ? 有香さん何か変わった?)
ここに来て何か引っかかるが、光太郎は分からない。
目の前にいる女性は、ニコニコと笑っているだけだった。
からかうような、感心してるような、そんな表情をしていた。
「ふむふむ、思慮深く人情も厚い。これなら申し分ないですね」
「は?」
「質問ばかりですみません。有……私のことはどう思っていますか?」
「それは……」
光太郎は言葉に詰まる。
知り合った女性が多すぎて、思いの整理が付かない。
答えられずに黙っていると、怒鳴り声が耳に轟く。
「お母さん! 何やってるの!」
「え――! 有香さんが二人!」
ここで本物が登場した。
青のフォーマルドレスを着て、腰にはウエストリボン。
肌の露出を抑えた装いだった。
長い黒髪はハーフアップされ、銀の髪飾りを付けている。
おめかしに時間をかけすぎたのは、最後まで悩んだからだ。
支度に遅れたせいで、父と母にちょっかいを出されてしまった。
光太郎の前だからこそ、余計本気で有香は怒る。
母親は笑っており、悪びれた様子はなく娘を冷やかす。
「お婿さんの品定めを……この方なら安心して任せられますね」
「もう、早く出て行って!」
「まって! まって! ちゃんと御挨拶してないんだから」
母親は、光太郎に向き直って名を告げた。
「初めまして、有香の母の伊知香です」
「神山光太郎です。それにしても、お顔がそっくりで驚きました。全く気づきませんでした」
「騙すような真似をしてすみません。有香のこと末永くお願いします」
伊知香は頭を深く下げる。光太郎は意味が分からないまま、生返事で返した。
「はあ? 分かりました」
「もう! お母さんは出て行って!」
有香は伊知香の背中を押しまくる。二人はじゃれ合う姉妹にしか見えなかった。
「えー! 私も一緒にいたっていいじゃない? 邪魔しないから、ねっ、いいでしょ?」
「光太郎さんと大事な話があるの! お母さんがいたら邪魔なの!」
「そんなー! つれないことを言わないでー有香」
「普通は『あとは若い二人に任せて』って言うもんでしょうがー!」
「お母さんも、まだまだ若いわよー」
押し問答を繰り返して、ようやく伊知香を部屋から追い出す。
「ぜーぜー、少々疲れました」
「でも有香さん、楽しそうで何よりです」
「何はともあれ、やっぱり親子なんだと思います」
有香がリクライニングチェアに座る前に、プレゼントを手渡す。
「改めて贈り物です」
「ありがとうございます」
平静に受け取ったものの、有香は大喜びしていた。
ひとまずプレゼントを調度品棚の上におき、光太郎のカップに紅茶を淹れた。
「光太郎さん、どうぞ」
「いただきます」
ようやく落ち着いて飲んでいると、ある物が目に入り気になった。
(あれは、何だろ?)
調度品棚に潰れたような物が乗っており、格調高い部屋の中で唯一不釣り合いである。
聞いて見ようかと思った矢先に、有香の方から話しかけてくる。
「光太郎さん、本当にお久しぶりです」
「直接会うのは何日ぶりかなー? エリスに出会ってから目まぐるしい毎日でしたから、記憶も曖昧です」
「私もそうです。思えば、光太郎さんとの出会いから、全てが始まりましたね」
「ですね。あの時公園で待ち合わせしなかったら、エリスと会うこともなかった。文吾さんの話では、エリスと有香さんが転移装置の近くに、同時刻にいたのがきっかけで装置が起動したそうです。潜在的な女王の力らしいですが、偶然とは不思議なものですね」
「はい、そのお陰で私はここに戻ってこられました。全ては何かの縁なのでしょう」
「僕もそう思います。人は見えない糸で繋がっている」
「ただ、陸奥市の父のことは気になりました。育てて下さった恩を忘れることはできません。そして実の両親にも愛情があります。陸奥市に戻るかどうかしばらく悩みました」
「でも、残ることに決めたんですよね?」
「ええ、決めた理由は幾つかあります。父や母やムー王国の人達も、私の帰還を待ち望んでいました。この思いを裏切るわけにはいきません。帰って来た時は国を挙げて大歓迎され、『陸奥市に帰りたい』とは口が裂けても言えませんでした。それでも、女王になるのだけは抵抗がありました」
有香は紅茶を飲んで一息いれた。
「アヴァロン星のことを知らず、ムー王国も知らない私が女王を継ぐのは、図々しく思えたのです。また国を背負うという覚悟もありませんでした。母は『急いで決めなくていい』と言ってくれたので、しばらくは甘えるつもりだったのですが……」
「何か心境の変化があったんですね?」
「きっかけは、エリスの戴冠式での出来事です」
「それってまさか! 僕とエリスのやりとり……漫才」
(あー嫌な思い出だ。あの生放送はお笑いにしかならなかった。思い出したくねー!)
「エリスが光太郎さんに抱きついた瞬間、私の中で何かが切れました。カッとなった私は、持っていたティーカップを握り潰してしまったのです」
「あれ? 割った、の間違いではないのですね?」
「そのティーカップのなれの果てが、戸棚にあるものです。物に当たった私は恥じました。作った方に申し訳なくて。ただその時、私は自分の王の力に目覚めました」
言いながら、有香がテーブルの上に人形を置く。
「これが『神樹妖精の硝子細工』です」
それは宝石で作られた、光太郎の立像。
柔らかい金属である金なら加工も容易だが、結晶体である宝石はカッティングか、削るしかない。
それで凹凸をつけ、彫刻を作るのは本来なら不可能。
しかし、目の前にある像は丸みをおびて、光り輝く人形だった。
光太郎は手に取り、目を見開いて驚嘆する。
「これは凄い!」
「この能力は無機物を、私の思い描くものに変える力です。ただ、一度変化させたものは二度と元には戻りません。何度か試しましたが、最後には壊れました」
「でもこれ、僕なんかの形でもったいないようなー……」
人形は手のひらほどの大きさがあった。
ダイヤモンドの値段で換算したら、幾らになるか想像もつかない。
「重力高圧によって作られた人工宝石ですので、価値はそれほどありません。天然物と見分けはつきませんが……光太郎さんの像にしたのは、私の思いが詰まっているからです」
有香は深呼吸して心を落ち着かせ、光太郎を真っ直ぐに見た。
「私は光太郎さんが好きです」
(まじか……)
有香の目は真剣そのもの、冗談を言う彼女でないことは重々承知している。
光太郎も事を茶化すような性格ではないので、真剣に悩む。
(参ったな、困ったな、どうしよう……)
絶句する光太郎に有香は言った。
「あの生放送のあと、私は『エリスに負けたくない』と強く思いました。ゆえに同じ舞台に立たねば勝負になりません。それで私は女王になる決心をしたのです。醜い女の争いですが、競うからこそ女なのです」
「……でも、僕なんかの為に二人が争う必要は……」
「光太郎さんは御自身を過小評価しすぎです。もっと自信を持たれても良いと思います。それと、好きに理由理屈はありません。出会って一緒にすごして惹かれた、ただそれだけです」
光太郎は一切反論できない。
「顔も取り柄もありません」と言ったら、
「それがどうかしましたか? 好きに何の問題があるのでしょう?」
と切りかえされたのと同じだ。
「エリスとはビデオ通話で何度も話をして、光太郎さんに告白することも言ってます。エリスはかなり動揺してましたが、止めようとはしませんでした。私は嬉しかったです。親友でライバルとは、得てしてそういうものなのでしょう」
「あーそうか、その代わり僕には『行くな』と言って、しつこかったのか」
「私に取られると思って心配したのでしょう。うふふ」
笑う有香に対し、光太郎は何と言っていいか分からなかった。
「光太郎さんご安心ください。今すぐお返事が欲しいわけではありません。マゲイアとの戦争が終わってから、じっくりとお考え下さい。それと好意を持っているのは、私やエリスだけではありませんよ」
「……マジですか?」
(ああ、嘘だと思いたい)
「女王会談で光太郎さんの話題が出なかったことは、一度もありません。少しだけお付き合いの長い私やエリスは、質問攻めにされて大変です。女王達は皆、光太郎さんに惹かれてます。女王会談にまた呼ばれるでしょう」
「…………」
(どうして、こうなった? 幾ら考えても理由がわからない。文吾さんが言ってたモテ期か? みんな錯覚か一時の熱病だと気づいてくれないかなー、それまでは屁理屈をつけて逃げよう)
この後におよんでも光太郎は信じようとはせず……いや、信じたくなくて逃げようとする。
絶食系なのにも理由がある。奥手なのは男の防衛本能が働いてるからだった。
(本当の僕を知ってがっかりしたら、手ひどく振られるんじゃないかな? そうなったら立ち直れないかも)
これが光太郎が一番恐れていることだった。
捨てられる恐怖、傷つけられる心の痛み、それらに耐えられる自分ではない。
深く考えすぎ、と言えばそれまでだが、人は誰しも思い悩んで生きている。
光太郎も例外ではなく、恋愛におびえていた。
「有香さん、分かりました。取りあえず保留ということで勘弁してください」
「私こそ謝らせて下さい。光太郎さんが苦しまれるのは十分承知していました。けれども、私の偽らざる思いだけは、お伝えしたかった。エリスとの張り合いに巻き込んでしまい、すみません」
有香は頭を下げる。
「この話はこれでお仕舞いにしましょう。明日は市内を御案内いたしますが、明後日には……」
「えーと、なにか?」
「光太郎さんにお願いしたいことがあります」
「僕にできることなら……」
「私と戦ってください」
またもや光太郎は、勝負を挑まれた。




