八つ当たり接待
黒の御料車に乗り、城へと向かう。
他国の城は城塞であったが、ムー王国の城は巨大な地下シェルターだった。
全国民が収容可能で、地下深くに何層も作られている。
核攻撃を受けたとしても、びくともしない。シャングリラ同様、エルドラドも難攻不落といえる。
とは言え、地下城が本格的に作られたのは前大戦の後で、元の城は地上にあった。
仕方なく作ったのであり、いずれは地上で生活したいと誰もが渇望していた。
有香は城内を案内した後、光太郎を応接間に招き入れた。
「それでは着替えてきますので、少々お待ちください。遅くなるかもしれません」
「分かりました。ごゆっくりどうぞ」
浮き浮きとした足取りで、有香は部屋を出て行った。
なぜか早紀は残り、光太郎の前に座っている。
無口で不機嫌そうな顔をして、無言の圧力をかけてくる。
(き、気まずい! 何とかしないと)
紅茶を飲みつつ、あることを思い出した。
「あっ! そうだ」
「?」
怪しがる早紀に、光太郎は内ポケットから手紙を差し出した。
封筒はなく一枚の便箋。
「樹里さんからの手紙です」
黙って受け取り、手紙を読むと直ぐさま握り潰した。
顔を強ばらせて、早紀は怒鳴る。
「余計なお世話よ、姉さん!」
「ひっ!」
大声に光太郎はビビるも、恐る恐る聞いてみた。
歴訪の旅に出る前に、理事長宅で樹里から頼まれていたのだ。
「光太郎さん。早紀の様子を見てきてはくれませんか?」と。
引き受けた光太郎は、責任を果たすつもりでいた。
「樹里さんは、早紀さんが全然連絡してこないから、心配してましたよ」
「私のことなんか、ほっとけばいいのよ!」
「何をそんなに怒ってるんですか? 有香さんと何かありましたか?」
「黙れ!」
早紀は立ち上がり、光太郎を掴み上げる。
「お前が、お前さえいなければ! 私のお嬢様は……ううっ」
胸ぐらを掴んでた手を離し、目頭をおさえながら泣いた。感情のままに涙を流す。
倒れるように椅子にすわり、早紀は泣き言を言い始める。
「ムー王国にきた時は良かった。お嬢様の御尊父・御母堂様は泣いて喜ばれ、民も帰還を祝って祭りがひらかれた。私も守ってきたことを感謝され、しばらくは有意義に過ごせた。だがな、お嬢様が女王になることを決心されると、全てが変わった。毎日が猛勉強の日々になり、さらに御母堂様からは戦闘を教えていただいている。お嬢様は寝る間もない」
聞いて光太郎は思った。
(有香さんは真面目すぎるからなー、体が心配だ)
「こうなってみて、私自身に何もないことを思い知らされた。武術ができても星騎士には劣り、知識はAIのアーサーに及ばない。料理すら作れない私は、お嬢様に何もしてあげられない……ただの役立たずだ! 何のために付いてきてしまったのか……」
(ああ、それで荒れてるんだ。自分に価値観がないと思ってる)
「それでもな、お嬢様は私に気を使って話をしてくれる。だが、その優しさが私を余計に苦しめる」
「分からないです。気遣ってもらってるのに、どうして?」
「話をする度に、貴様の名前がでるからだ!」
「えっ!」
「『光太郎さんは、いつ頃お見えになるかしら? お洋服はどうしましょう?』とか相談されてみろ! 本当に嬉しそうに話されては、私は何も言えない。陸奥市にいたときも、あんな笑顔を見せたことはなかった。ここ数日、貴様の話だけでうんざりだ! お嬢様にとって一番は貴様なのだ。私ではない!」
早紀は涙をぬぐう。思いの丈をぶつけ、すっきりした顔になった。
「じゃー、少しだけ言わせてください」
「私も言うだけ言った。好きなだけ罵れ、無能な私を!」
「もし、早紀さんが僕と二十四時間、三百六十五日、一年中、片時も離れず一緒に居るはめになったらどうしますか?」
「死んだ方がましだ! それか貴様を殺す!」
「……ですよねー、でも有香さんとだったら一緒にいたいですよね? ただ、そうなったらお互いに疲れませんか? いくら好きでも僕なら我慢できない」
「どういう意味だ?」
「飽きちゃうってことですよ。相思相愛でも『好きだ、愛してる』だけ繰り返し言ってたら、感動も感激もなくなります。言葉に重みはなくなり情熱も冷めると思います。すると、相手に誠実さを常に求めるようになって、気に入らないことがあれば憎しみに変わります」
光太郎は続けた。
「ようは『私がこれだけ尽くしてるのだから、あなたはもっと私に返しなさい』と損得勘定になるんですよ。早紀さんは有香さんに、何を求めてるんですか?」
「わ、私はお嬢様に何も求めてなんか……いない、お世話をしたい……ただ、それだけ……」
「本当に? 自己満足だけでは人は生きられません。やはり他人から見てもらいたい、認めてもらいたいと誰もが思っています。仕事であっても、勉強であっても褒められれば嬉しいでしょ? 早紀さんの望みは何ですか?」
「私はお嬢様が喜んでくれれば、それで良か――はっ!」
早紀は気づいた。有香の笑顔を求めていたことに。
赤ん坊の笑顔を楽しむ母のように、それが早紀の幸せだった。
しかしそれは、自分の奉仕による成果でなければならない。
自分以外の者が、行うことは許さない。そう、結局は自分のエゴなのだ。
奉仕の押し売り――身勝手な自分に気づかされ、早紀は打ちのめされた。
「あと仮にですけど、有香さんが結婚したら一緒には居られないと思いますよ。邪魔者になるし、旦那さんと間違いがあったらまずい。死ぬまで一緒とは行かないんじゃないですか? 将来を考えておく必要はあると思います。でも今はまだ、早紀さんにやれる事があるんじゃないですか?」
「…………」
(こいつは……これだけ言えばお嬢様の好意に気づくものだが、分からない振りをしてるのか? いや違うな、私には心に刺さることを言っておきながら、自分の置かれた状況は分かっていない。灯台下暗しだな)
「ふっ、年下のくせに言いたい放題。何でも見透かして小賢しい奴だな」
「すみません」
「だが礼を言う。お陰で私は吹っ切れた。今、出来ることを私はやることにしよう」
「はい、ではこれをどうぞ」
「なんだ、それは!?」
「余ったプレゼントです。いらなかったら捨ててください」
本当は早紀用に買っておいた物だ。
会話の糸口にしようと思っていたが、話は終わってしまった。
「……一つ、聞きたい。私は貴様を投げ飛ばしたのだぞ? 恨んでないのか?」
「あの時は、仕方なかったと思います。理由はどうあれセクハラしたので、殴られても文句は言えません。確かにぶん投げられましたが、早紀さん手加減してくれたでしょ? 大怪我もしなかったので恨んでません」
「……そうか、なら有り難く受け取ろう」
「はい」
有香に心酔する気持ちに変わりはないが、早紀は光太郎を好敵手として認めたのだ。
裏を返すと憎みながらも相手を思う、歪んだ愛情の始まりでもあった。
話が終わるとノック音がする。早紀が立ち上がり、ドアへと向かった。
通路に出て、誰かと話をしている。
光太郎の耳に男の声が聞こえてきた。早紀と入れ替わりに、声の主が部屋に入ってくる。
「失礼する」
「えっ、理事長! 何でここに?」
「有香の父、十郎だ」
「失礼しました」
(顔は理事長そっくりだ。けど若い)
十郎は険しい顔つきで、光太郎を睨む。
今にも殴りかかってきそうな雰囲気だった。
「俺は認めんぞ!」
「えーと、なにか?」
「もう娘には会えないものと諦め、日々嘆いていた。その有香が十五年ぶりに戻ってきたのだ! 絶対、嫁にはやらん!」
「えー! 有香さん、誰かと結婚するんですか!?」
「貴様ー! ヌケヌケとー!」
これほどかみ合ってない会話もないだろう。
まず、前提条件が十郎の思い込みなのだから、仕方がない。
有香の思い人=光太郎=結婚相手、の想像図式が念頭にある十郎にとって、光太郎は娘を拐かそうとしてる悪党だった。
飛躍しすぎた妄想で責められるのは、光太郎にとっては災難。
もっとも、娘を持った父親からすれば、寄ってくる男は皆敵なのだ。
頭に血が上った十郎は、光太郎に襲いかかる。
「いててててて!」
悲鳴を上げたのは十郎の方だった。
「駄目よー、お父さん。お客様に失礼なことしちゃー」
「お、お前いつのまに!」
「そんなことをしてると、嫌われますよ」
十郎の耳を引っ張っていたのは有香。
しかし、何か雰囲気が違っていた。




