剣礼と幽霊
二人を捕らえた、種明かしをしよう。
まずスカーレットは、足の先から隼の爪を射出した。
鎖でつながれた爪描で、ワイヤレススピーカーが仕込んである。
下に向けて鎖を垂らし、スピーカーから光太郎の声で二人を誘った。
爪描を疑似餌にして揺らし、二人を突進させた。
楓と霞がぶつかりそうになった後で、スカーレットは小旋回を繰り返し、鎖を巻き付けた。
こうして、楓と霞は魚のごとく釣り上げられた。
二人は地上へと降ろされる。雷雲は去り、晴れ間がのぞいていた。
地上にはアトランティスの星騎士達と、メタル・ディヴァインが勢揃い。
数百人は、いるだろう。
輝夜が施設のセキュリティを回復させ、無線で援軍を呼んだのだ。
光太郎は時間が経てば助けが来ると思い、時間稼ぎをしたが無駄に終わる。
周りを取り囲む星騎士達の表情は険しい。
「無人機が相手とはいえ、あの二人を捕らえるなんて……うちの最強騎士なのに」
「しかも推進剤なしで、どうやって?」
「武装もないスカーレットで勝ったの? 信じられない……恐い、恐い」
ざわつき、驚き、様々な感情がうごめく。思いの大半は恐怖。
目の前で奇跡を見せられれば、無理からぬことだった。
もう一つ、星騎士達が暗い顔をしてる理由がある。
楓と霞が裁かれるからだ。この場で極刑が下されるのが目に見えていた。
二人は輝夜の前に、引っ立てられる。光太郎は輝夜の側に呼ばれた。
「光様、本当に申し訳ございませんでした」
輝夜と星騎士達が、一斉に頭を下げて詫びる。
「まあ無事だったので、気にしなくていいですよ」
「そうは参りません。お詫びをしなければ……ここは一つ、私が裸になってリード付首輪を付けて、光様に引っ張られながらアクロポリスを一周ですね! 犬のように四つん這いで!」
「そんな趣味はありません! そんなことをしたら僕が叩き殺されますよ!」
「非常に残念です。では、二人をどうしますか?」
冗談? はおいて、輝夜は真顔になる。
「まずは話をさせて下さい。楓さん、どうして僕を襲ったんですか?」
「おひい様の貞操と、アトランティス王国を守るためよ!」
楓は大声で叫び、霞は俯いていた。
「えーと、分からない。僕は本当に何もしてないんだけど?」
「これからするんでしょうがー! レムリア王家は全員籠絡されて淫蕩の毎日。パシフィス王国もルカ女王と側近を、毒牙にかけて手込めにした。ここまでの道中で襲った女は数知れず。そして、『おひい様を調教しよう』と、企んでいると聞いたわ。たとえ天が許しても、私がやりたい……じゃなくて、許さない!」
「…………」
光太郎は言いがかりをつけられ、絶句する。全く身に覚えのない話だ。
むしろイザベルやアンジェラが聞いたら、
「それなら、どれほど良かったことでしょうか? お部屋はいつも開けてますのに」
「光太郎殿はちっとも触ってくれませんから、体がうずきますー!」
とか言いかねないだろう。
「……あのー聞くけど、その情報元は?」
「ネット情報と、掲示板のコメントよ!」
「それ、真に受けるんですか? デマでしょう?」
(困ったな、頭が固いから信じてもらえそうもないな)
「そう……ですよ……ね?」
ここで、霞がおずおずと口を開いた。
「結局、私達は嫉妬に狂っただけです。よく考えれば分かることなのに、おひい様を独り占めしたかっただけ……主を思っての行動ではなく、己の欲が起こした暴走です」
「霞! 私達は義によって……」
「楓、それは都合の良い言い訳よ。光太郎様が本当に悪者であれば、討てたでしょう。でも、負けた……つまり私達の方が悪者だったのよ」
これに楓は黙る。
「おひい様、この上はいかなる御沙汰もお受けいたします。どうか罰をお与え下さい。今更ですが光太郎様、この命をもってお許し下さい」
「良い覚悟です」
輝夜は刀に手をかけた。光太郎は慌てて止めに入る。
「輝夜さん! 待ってください!」
「そうは参りません。国賓として招いた光様に手をだした以上、首を刎ねてレムリアに送らねば、国としてのけじめが付きません。もはや、国家間での問題なのです」
「では、襲撃はなかったことにして下さい。僕は訴えません!」
光太郎は本気で言った。
「何故、庇われるのですか? 怒鳴られて当然なのに、当たろうともされない」
「それは、アヴァロンの人達にとって僕はまだ、怪物だからですよ」
この言葉に皆が静まりかえる。
「パシフィスに行った時に気づかされました。大半の方が僕を恐れていたんです。この星で役立つことは多少したかもしれませんが、それが却って人々の疑心暗鬼を招きました。目立つ人間がいれば、悪い方に思い込む人もいるんです。それは仕方がないことなんです!」
光太郎は激しい口調で言いまくる。
「会ってすぐに信頼関係を築けるなんて、まれです。時間をかけなきゃお互いに理解しあえない! だから、ちょっと僕に関わっただけで、死人がでるなんて嫌だ――――!」
この叫びに全員、胸が打たれた。
(ああ、まさに英雄だ)
ここで、光太郎の腕時計から声がする。
『話は終わりましたね』
「イザベルさん! 聞いてたんですね?」
『ええ、輝夜女王から連絡を受けて一部始終聞いておりました。レムリア王国としましては一切不問にいたします。何より、光太郎さんの意志が尊重されますから』
「ありがとうございます」
『いえいえ、光太郎さんのお言葉を聞いてシビれました! ますます惚れ直しましたわ。お早いお帰りをお待ちしてます。それでは』
「……あ、はい」
サラッとイザベルは好意を伝え通話を切った。
しかし、輝夜は納得していない。
「それでも、私の気が済みません。光様、何かお望みの物はありませんか? なんなりと」
「……今は特にありませんので、何かあった時にお願いをします」
「分かりました。では、楓と霞に沙汰を言い渡します」
「はい」
「貴女達の星騎士の身分を取り消します。今後は予備役扱いです」
ここまでは冷静だったが、感情が抑えきれなかった。
「……けじめとしては、やはり足りない。額に傷をつけ、罪人の証を刻みます」
「えっ!」
輝夜は刀を抜いて、二人に近づく。
「覚悟はいいですね」
「御存分に……」
「待って――!」
光太郎は輝夜を後から抱きついて止める。
「輝夜さん、それもやめて下さい! 血は見たくありません!」
「あの……その……はう!」
輝夜は茹で蛸のように、体全体が真っ赤になっていた。
刀を取り落とし、硬直状態になり息も荒い。
散々、光太郎を挑発してきたものの、輝夜は男慣れしておらず、しかも感じやすい体質だった。
触れてこなかった理由はここにある。こうなると、男をはね除ける力すらも出ない。
手を握られただけでも大変なのに、抱きしめられてしまっては腑抜けと化す。
そして……。
「あうぅー……私、我慢出来ない……もう、駄目……」
「おひい様!」
「輝夜さん、しっかり!」
輝夜は失神した。
しばらくしてから、輝夜は気がつき、寝かされていたシーツから起き上がる。
光太郎はいきなり抱きついた事を謝った。
「すみません、輝夜さん」
「いえ、光様が嫌がる行為をしようとした私が悪いのです。二人には危害を加えぬことを、お約束します」
「ありがとうございます」
光太郎はホットする。正直、女性が傷つけられるのは見てられなかった。
二人を庇ったことにより、光太郎の評判は高まる。
この後、襲われるようなことは二度となくなった。
「では、僕は行きます。お世話になりました」
「お名残惜しゅうございます。何のお構いもせず失礼いたしました」
「いえいえ、十分楽しかったです。それでは」
「全軍、光様に剣礼!」
来たときとは違い、今度は頭を下げない。
左右に分かれた星騎士達が一斉に抜剣し、剣を垂直に立てた。
一糸乱れず皆が真剣に剣礼を行う。
「これは壮観ですね」
光太郎は星騎士達の間を歩いて進み、停車していたサイドカーに跨がった。
エクリプスが走らせてその場を去る。光太郎が見えなくなるまで誰一人として動かない。
剣礼は最上級の敬礼であり、星騎士達は感謝の気持ちをこめていた。
光太郎が去った夜、輝夜は後始末を終えてから、秘密の大部屋にこもる。
広さは体育館ほどあるだろう。
一面真っ白な空間に、たくさんのカプセルが置いてある。
ゆりかごサイズのカプセルは、一つを除いて全ての透明カバーが開けられていた。
中は空っぽ、最後のカプセルを輝夜は撫でながら、<アーサー>からの報告を聞いていた。
《スカーレットの飛行記録を解析した結果、『完全なる操縦』に近いことが判明しました》
「つまり、完璧な操縦技術ね」
《はい》
「それは誰でも訓練すれば、習得可能かしら?」
《不可能です。戦域全体での敵味方の動きを、読む必要があります。我らAIでも予測しきれません》
「じゃー光様はどうして出来るのでしょうか?」
《それは恐らく王の力かと》
「……でしょうね、それしかありえない。あんな動きは誰も真似できません」
すでに輝夜は、光太郎の力に気づいていた。
「でもそうなると、現状のメタル・ディヴァインでは光様のお力は生かせませんね。何とかして差し上げたいとこですが、これは難しい」
つまり光太郎が上手く動かせなかったのではなく、メタル・ディヴァインが操縦に、ついてこれないのだ。
「せめて体でお慰めしてあげたいとこですが、私はまだまだ生娘ですね。あの程度で体が反応するとは思いませんでした。ですが……光様に抱きしめられて気持ちが良かった」
火照った体を輝夜は自分で抱く。
もう一度、カプセルの中身を見て決意を新たにする。
「おほほほほほ! 今度こそ体を差し上げますわ光様。私が死ぬ前に!」
◇
真夜中の零時ちょうど、レムリア城内を徘徊する者がいた。
暗がりの中さまよう白い影は、ヒタヒタと歩きながら、あてどなくさまよう。
過去に無残な死を遂げた星騎士が、成仏できずに迷っているのか?
いや違う、幽霊はぐずり泣きはしない。
「びえぇ――――ん! 光太郎――――――――!」
正体は白いネグリジェを着たエリスだった。ただいま絶賛、夜泣き中。
耳障りでやかましい声は、王城内に響き渡る。
城内の灯りが一斉に灯った。
「またか!」
「女王うるせー! 安眠妨害だ!」
「こうなったら、消音スピーカー作ってやるー! 逆位相装置だ!」
技術者達は本気で作ろうとしていた。意欲こそが技術の発展に繋がる。
ただ作っても、イグ・ノーベル賞しかとれないだろう。
それでも、防音設備を超えたありえない騒音は迷惑で、ここ毎晩酷い。
光太郎が旅に出てから八日目、エリスの寂しさも限界を超える。
ちなみに、光太郎の方は泣いてはいない。
「ひっく! ひっく! ひっく!」
涙で濡れる両目を擦りながら、夢遊病者のように城内を素足で歩く。
ふと気がつけば、光太郎が使っていた部屋の前。
少し正気に戻るが、ある欲望を我慢できなくなった。
「うう、これをしたら変態女王輝夜と同じじゃないか……でも、私は私を抑えきれない!」
ドアを開けて部屋に入り、灯りをつけると……。
「なっ!」
ベッドシーツにくるまり蠢く者がいた。
シーツを引っぺがすと、ベッドに寝ていたのはアンジェラ。
「あらエリス、この部屋で寝たいの? いいわよ、じゃーねー」
アンジェラが部屋を出ていくと、エリスは大慌てでシーツ・ベッド・枕に鼻をつけて匂いをかいだ。
「くっさ! 臭! 姉上くさーい!」
エリスは鼻を曲げる。
「あううう……」
光太郎の残り香でも嗅ごうとしたのだが、部屋中アンジェラの匂いで充満していた。
部屋の外に出て落ち込むも、新たな光太郎の臭いを鼻が捕らえる。
今だけエリスの嗅覚は犬並みだ。
「クンクン、これは光太郎の汗の臭い! そう言えば洗濯物をため込んでいたはず、ここにはないとすると洗濯室か! 間に合えー!」
獣のように四つん這いになって、エリスは駆ける。メタル・ディヴァインより速い!
まあ、形相は見られたものではなかった。
洗濯室にたどりついたエリスの目には、最後の下着が洗濯機に放りこまれる瞬間が映った。
それは、スローモーションのように落ちていく。
手を伸ばすがあと一歩届かない。イザベルは洗濯機のボタンを押した。
エリスは膝から崩れ落ちる。
「どうしたのエリス? 今、入れ終わったところよ。貴女の下着は混ざってなかったはず」
そう言うイザベルは、ちゃっかりと光太郎の下着を隠し持っていた。
エリスの更生目的ではあったが、光太郎がいない影響は想像以上で、女達は変態行動に走ってしまう。
依存症までいかなくても、光太郎は女達の精神的な支えだった。
エリスは膝をついたまま嘆く。
「あんまりだ――――――――!」
第二話 終わり
二話の改稿2017年11月に完了しました。
評価など頂ければ幸いです。




